第25話『三眼教という組織』

 都内某所通称、三眼教の本部ビルの前に銀星は立っている。新興宗教は1995年の地下鉄サリン事件を機に、新たに入会する信者が少なくなっており、銀星は『三眼教』と呼ぶが、厳密にはこの施設は、宗教団体ではなくひきこもりの自立支援組織『社会参画目指してがんばるぞい!教室』が正式名称である。


 それを宗教団体風に略して、三眼教などと呼ばれることもある。日本において、かなり大規模なコミュニティーの一つとなっている。その規模を鑑みるならば、一つの街と表現した方が適切かもしれない。


 この『社会参画目指してがんばるぞい!教室』がここまで大きな組織になるには理由があった。一つは厚生労働省の推進する、ひきこもり対策推進事業にがっちりと協調して、作られた組織であるという事。つまり国のお墨付きの組織という事である。

 

 国や都の施策や方針と協調し、15歳から65歳までの幅広い年齢のひきこもりの就労支援、社会復帰支援を請け負う施設。当時、最も大きな民間のひきこもりの自立支援施設は、月額料金15万円から30万円と、ひきこもりの子を持つ親にかかる負担が非常に大きく、事実上都内でもある程度の富裕層しか利用することができなかった。


 また、施設内での人道を無視した対応に耐えきれず脱走者などもあらわれ一時期ニュースに取り上げられることもあった。また、相部屋で外出にも許可が必要であり、一種の収容所と言い換えても差し支えの無い程度の施設であった。


 そのような時世に彗星のようにあらわれたのが『社会参画目指してがんばるぞい!教室』なんと、月額料金5万円。ゆるふわな名前と、SNSやYouTubeなどを活用した、双方向の対話型の広告活動、また実際の施設内の様子をライブストリーミングで、公開するような斬新な手法。なおかつ設立当時は引きこもり問題が深刻化している時期でもあり、ニュース番組にも多く取り上げられ、一気に認知されるようになった。


 もちろん、都内でひきこもり支援施設を運営するのに、5万円の会費で運営できるはずもなく、厚生労働省の補助金と、都の補助金、企業からの協賛金などを得て運営していた。財務諸表も大企業並みに精度の高いものをウェブ上に公開し、組織の健全性を外部に公開することにも余念がなかった。


 『社会参画目指してがんばるぞい!教室』では、入居者に必要な衣食住を提供し、パソコンやネット環境も完備、個室部屋まで提供するという破格の対応である、それ以前の姥捨て山、ならぬ『子捨て山』といったようなひきこもり支援施設のイメージからは一新。ひきこもりの人間が自ら、入居を親に希望するといった当時では珍しい現象が起きるほどの話題性を持っていた。


 就労支援をメインとはしてはいるものの、入居者には、社会参画を焦らさえない。人と極力関わらずにでもできる、オンライン上だけで完結する仕事、プログラミングなどの教育を行い、クラウドソーシングの仕事を請け負えるようにゆっくりと教育していった。


 当初は、ひきこもりの自立支援施設として入居した彼らも、月額5万円という料金設定と、自宅で引きこもるようりも快適な、施設内での生活に馴染み、いつか彼らの居場所となっていっていた。


 入居者の年齢層も幅広い。20代から50代まで。中には60代の入居者もいた。社会に適応することが困難な者同士にとっての、最後の拠り所『社会参画目指してがんばるぞい!教室』入居者が増えるごとに、施設は充実していった。臨床心理士が常駐し、メンタルヘルスの状況を確認心療内科なども併設され、精神疾患などに苦しむ引き籠りの入居者にとっても、過ごしやすい環境になっていた。


 設立から、5年の年月を経る頃には『ひきこもり自立支援施設』はコミュニティーから一つの街になった。施設内では同じような境遇の男女が結婚し、子供を産み育てるようなケースも増えてきていた。もちろん、それにともない育児施設なども併設され、人口が増えれば当然、飲食店や食料雑貨店なども併設されるようになっていった。


 ここまでこの施設が拡大したのは、雇用の流動化と、企業が正社員を雇える体力がなくなったことによるクラウドソーシング型の仕事の普及が背景にある。プログラミングや、イラスト作成、デザイン作成といった、オンライン上で完結する仕事を、『社会参画目指してがんばるぞい!教室』の入居者が格安で請け負い、かつそこそこのクオリティーの成果物を提出していた。


 依頼者からの評判も良いことから、『社会参画目指してがんばるぞい!教室』の入居者へクラウドソーシング会社を経由して、依頼する企業が増え、『社会参画目指してがんばるぞい!教室』の入居者であることは、ある種のステータスにすらなっていった。一部のフリーランスの人間は、ひきこもり当事者でもないのに入居しようとして、トラブルを起こすといったような本末転倒な事件が起きたこともあるほどであった。


 更に5年、つまり設立から10年。この施設は拡大の一途であるが、テロを始めとした社会を脅かす事件を起こしているわけではない。入居者も、特定の教義にそまっているわけではない。だが——、それでもやはり今のこの都内の異変の原因は、この組織がおおもとにあることは間違いはないのである。


 いま、銀星は三眼教のビルの自動扉を潜り、この都内の歪みの原因を取り除くための行動を起こさんとしていた。

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