第24話『終末論と三眼教』

「かーちんが取ってきたデータの解析が終わったなの」


 USBメモリに入っていたデータは暗号化されていた。データの暗号化自体は特に珍しいことではない。一般的な企業でも情報漏洩対策として市販の暗号化ソフトを使って情報流出の対策をしていたりする。


 だが、今回の暗号化は自社内製のソフトであり、通常であれば複合化に相当な時間を要するものである。だが、虚子にかかればデータの複合化などは朝飯前である。


「お疲れ様」


 銀星はミスタードーナッツで購入してきたドーナッツポップ8個入りと、淹れたてのホットコーヒーをマグカップに入れて、虚子の作業机にそっと置く。虚子は甘いものには目がない。特に、複雑な作業や考え事をする時に甘いものを食べたがる。


 甘いものが好きな虚子の中でも特にお気に入りなのがドーナッツポップである。丸くて小さくて更に8種類の別々の味が楽しめるということもあり、虚子の大好物になっている。


 何より、赤い二つ割れのプラスチックフォークで食べられるので、キーボードを油やカスで汚さくて住むのが良い。銀星は、虚子が甘い物を欲しくなるタイミングを一緒に暮らして長い銀星は心得ているのだ。体を鍛えることくらいしか趣味のない銀星にとって、唯一の幸福を得られるのが虚子の世話をしている時なのである。特に髪をなでたり、自分の好きな服を着せるときが銀星にとって至福の時間となっている。


「データを調べて分かったなの。あの『ひとで君』のキーホルダー。この地上に神を降ろす触媒だったなの」


「神って、怪異と同じように概念上——つまり虚構の存在?」


「基本的にその理解であっているなの。だけど、信じている人にとっては真実足りえる存在でもある、なの」


「神が地上に降りてきたらマズいのか? 何か、ハッピーになりそうな感じもするけど」


「世界のコトワリが変わる、なの。とーっても、まずいことなの」


「で——、一体どんな神を降ろそうとしているんだ?」


「いわゆる邪神の類なの」


「どうして、また邪神なんてものを。なんの益ももたらさないだろうに」


「不思議なことではないなの。例えば、年収100万円以下の人ってどれくらいの人数か知っている、なの?


「5%くらいかな」


「2017年の国税庁の調査時点で、22%なの。いまはそれよりも増加して30%を超えるなの」


「意外と、多いな……」


「そうなの。それで、100万円未満の貧困層から、300万円のマイルド貧困層をあわせると70%。2017年の国税庁の調査結果では55%くらいだったから急激に増加しているなの」


「金だけじゃないとはいえ、なあ……きついよなぁ……あはっは」


「かーちん、引きこもりの数って知ってる?」


 ドーナッツポップのストロベリー味を口に放りながら、虚子は言った。


「うーん。10万人くらいかな」


「惜しいなの。ゼロが一つ足りないなの。少し古いデータだけど、2019年の3月に内閣府が初めて調査した引き籠りの実態調査の結果報告書によると15歳から39歳までの引き籠りが54万人。40歳から65歳までの引き籠りが61万人。つまり合計115万人いるなの」


「でも、過去のデータだろ?——いまはどうなんだ? 減ってたりしないのか?」


「内閣府の情報ではないから情報の信用度は劣るけど、民間の大手シンクタンクの情報によると250万人から300万人程度。つまり倍増しているなの。特に、中高年の引き籠りの人数が増加しているという報告なの。」


「どうりで、暗い都市伝説が増えるわけだよな。俺を食わせてくれて、ありがとうなミーム。きっと魂半分奪われてなくても、ちょっと一人で生きていくのは難しかったかもしれんわ」


「ボクの方こそ、かーちんに身の回りの世話とか、迷惑をかけて申し訳ないと思っているなの」


「ミームにはいつも世話になっているし、今度新しいお嬢様風のワンピースプレゼントするよ」


 なお、資金源は銀星が虚子からお小遣いとしてもらっているお金からである。


「ありがとう、かーちん。楽しみなの。日本に住む多くの人が、本音では『もうこの世界が終わって欲しい』と願っているなの。異世界転生が流行っているのも、この時代の閉そく感が一因でもあるなの」


「終末論の復権か」


「そうなの。正確には、終末、待望論。でも、終末をもたらすには善性を持つ既存の神では駄目。だから、人々が作り出す人造の神が必要なの」


「世界を破壊して、革命のように、ゼロスタートさせるための邪神か」


「そうなの。ガラガラポンでゼロからやり直したいという考えが根底にあるなの。もう、政治や個人の努力ではどうにもならないという、諦めムードが人々の意識の根底にあるなの。だから、この『現在の世界』を破壊する邪神が求められているなの」


「でも、それがなんで『ひとで君』と繋がってくるんだ?」


「あの『ひとで君』は、人々の感情を吸収する触媒なの」


「吸収?」


「——そう吸収。普通は感情エネルギーは、揮発性のもので、戦場や、廃墟などの負の感情が蓄積するような場所ではないと溜まる事はなく、自然消滅するものなの」


「それを吸収している、と」


「まるで蓄電池のように、感情をそのまま蓄えるなの」


「その溜まった感情は——?」


「神を、この世界に降ろすための贄として捧げられるなの」


「その活動を指揮している奴は?」


「10年前に設立された新興宗教団体——三眼教」

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