第23話『ミッション・ポッシブル』
銀星は、都内の大手玩具会社の本社に潜入していた。潜入先の企業は『ひとで君』のキーホルダーなどの商品の製造、販売を手掛けている会社である。潜入と言っても、堂々と玄関から入館している。社員証兼磁気式IDバッジである偽装入館証は、虚子が作ったお手製の物である。銀星は、白昼堂々企業へ参入することに成功していた。銀星の、存在が認識されないという欠点を利用した作戦である。
虚子の情報収集能力は、ネットワークに接続されているデバイスという条件さえクリアしていれば、参照・改竄できない情報はないが、万能ではない。例えば、物理的にネットワークと隔絶されたデバイスに格納されたデータなどにはアクセスすることができないのである。そのような、ネットワークから隔絶された情報を盗み出すのが銀星の仕事である。
「ミーム。サーバールームの前まで来た。暗証番号を教えてくれ」
《了解なの。いま送ったからスマホ見て欲しいなの》
銀星のヘッドセット越しに、虚子の声が聞こえている。銀星のスマホには12桁の乱数が表示される。OTP(ワンタイムパスワード)式のパスワード。30秒ごとにパスワードが自動的に変換されるものである。虚子は、ネットワーク経由でこの会社のOTPのプログラムはエミュレート済みである。銀星はスマホの画面を見ながら、表示された12桁の番号を入力する。
「暗証番号入力完了! 開けゴマっと」
《お疲れ様なの。あとは、ネットワークスイッチに接続されていないサーバーを見つけたら、渡したUSBメモリを挿し込んでなの》
「了解」
昨今は、中小企業でも、従業員数100名を超える企業であれば、AWSやAzureなどのクラウドサービスを利用することがほとんどである。クラウド利用が予算的に厳しい場合は、データセンターに自社サーバーを置くなり、データセンターが独自で提供しているレンタルサーバーを利用する。
一昔前は、社内でも情報システム部門の発言力は強く、稟議書をあげれば予算を多めに貰える時代もあった。だが、VMwareなどの普及でサーバーの仮想化が進み、物理サーバーの数は減少、更にクラウドの普及により社内でのポジションはより厳しい物となってしまった。
情報システム部門に採用され20年以上勤めあげたベテラン社員が、クラウド化にともなう情シス部門の撤廃により、経験のない営業部隊に回され、慣れない客先営業をさせられ、メンタルを病み退職に至る等——現実は残酷である。
現在のようにクラウドが普及した時代に、自社保有(オンプレミス)でサーバーを持つ会社はざっくりと二つに分けられる。AWSなどのクラウドを利用するほどの予算が無くまた、クラウドに適応できるだけのITスキルやノウハウをもたない零細企業か、社外に絶対に持ち出されたら困るような機密情報を抱える大企業などである。——今回、銀星が潜入しているのは、後者の大企業である。
「LANケーブルっていうのは青いケーブルのことだったっけ?」
《黄色や、緑色、赤色などもあるなの。基本的にネットワークスイッチに接続されているケーブルはLANだと考えていいなの》
実際は、ケーブルにもファイバーチャネルやインフィニバンドなどの規格の違いがあるのだが、違いを説明してもまったく意味はないので、虚子はざっくり『LAN』と銀星に伝えているのだ。技術に詳しくない銀星でも、ネットワークスイッチは一目で見て分かるほど見間違いのない形状をしているので見誤ることはない。
「おっ見つけたぞ」
《さすが、かーちんなの。それじゃあUSBを挿してみるなの》
「おーけー」
虚子から渡されたUSBをサーバー前面のポートに挿し込むと、自動的にサーバーが再起動し、ブルースクリーンの画面に移行、あとはUSBに仕込まれたプログラムによって自動的にサーバー内部の情報を収集していく。ブルースクリーンの画面には、進捗状況を表示するデータバーが表示され、作業の進捗状況が確認できるようになっている。この表記が100%になればミッションコンプリートである。
「機密情報を盗む産業スパイか。なんかミッションインポッシブルみたいな感じでわくわくするな」
《かーちんは和製イーサン・ハントなの》
「ジェイソン・ボーンと呼んでくれてもいいぜ!」
正々堂々と偽装入館証を使い入り込み、特に隠れる必要もなくそのままサーバールームに侵入しているのだから、実際はあまり凄くはない。あくまで虚子の銀星への評価は身内びいきもいいところである。
「おっ、ミーム、ディスプレイのバーの表示が100%になっているけど、もうUSBメモリは抜いても大丈夫か?」
《おけなの》
「ほいさ。それじゃ、俺は撤収するぞ」
《お疲れ様。ボクは、偽装入館証を使ったログを消すためにもう一仕事頑張るなの》
「部屋の出入りや入退館の情報まで管理されるとは、サラリーマンというのもシンドイねぇ」
銀星は、USBをポケットにしまい、ゆっくりとサーバールームから退出し、堂々と正門から出て行ったのであった。
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