第22話『赤眼と白髪』

 東京都足立区某所の団地の一室——元住人が夜逃げした部屋。白髪の少年と、赤眼の少女は隠れるように生きていた。理性を持つ都市伝説の怪異が、虚構から現実に近づくと、あるジレンマに陥る。それは、自己同一性の喪失である。いままさに、赤眼の少女と、白髪の少年がぶち当たっている問題である。


 虚構存在都市伝説としての怪異は、ある種、単一的な機能である。例えば『カシマレイコ』の機能は、遭遇した相手の体の一部を奪うことであり、『怪人赤マント』の機能は、『赤いマント青いマントどっちがいい?』と質問し、赤と答えればナイフで背中を刺され、血濡れた服が赤マントのようになり、青といえば水場に引きづり込まれて水死体にする。——そういった、単一の機能を全うする装置のようなものでもある。


 虚構から現実へ孵化シフトした怪異は、自分自身のアイデンティティーの喪失に苦しむ。思考が複雑化し、人間と近い感情を持つようになる。自分自身の生まれた意味を考えてしまうのだ。都市伝説から概念から実体に近くなることによって、戦闘によって受けた損傷の回復も遅くなるのだった。


「チェン子、足の調子はどうだ」


「ぃたい うごかな」


「そう、か」


 白髪の少年は、便宜上、赤眼の少女の名前が分からないのでチェン子と呼んでいる。チェーンソーを使う少女だからチェン子。なんとも、安易なネーミングセンスである。白髪の少年も、赤眼の少女に確認したようではあるが、本人も自分自身の名前を覚えていないようである。赤眼の少女の足は動かず、現在は車椅子で屋内で過ごしている。


「それじゃ、仕事行ってくる」


「うん」


 そもそも、この二人がここまで現実に近づいた直接の原因は、外神田の無数のネットワークにつながったカメラによる観測を受けたからである。映像を見ている側には、視覚情報として彼らの姿が認識されることはないが、無意識下に情報が植えつけられ、それによってその存在力が補強されることになる。


 虚子の虚構反応レーダーで探知できるのは、孵化シフトする前の都市伝説に限る。今の彼らは、自殺志願者等と同じく、あの世とこの世の中間に位置する存在であり、銀星と同じように、話しかければ相手に言葉が通じるが、普段生活していても認識されることがない。


 白髪の少年が行っている仕事は——復讐代行。相手は、明らかな悪人に限るが、生身の人間が対象である。新宿の歌舞伎町や、墨田区、板橋、足立区の電柱や裏路地の自販機に、連絡先を書いたビラを貼り付け、依頼をする際は、お金と依頼文を書いたノートを封筒に入れて施工不良で強制的に無人となった足立区のほぼ廃墟となった神社に設置された赤ポストに入れさせるというものである。基本的に復讐を依頼する側は貧しい人間が多いため、彼らが得られる報酬も雀の涙である。成功報酬も得られないので、前受け金がイコール彼らの得られる賃金となる。


 白髪の少年がこのようなまどろっこしい方法で復讐代行の依頼を募るのにも理由がある。それは『黒パーカーの男』の都市伝説と関連性を持たせないようにするためである。依頼者と直接対面せず、極力人目を避けて闇討ちすれば、都市伝説として扱われる可能性は少ない。ゴロツキや、反社のサイドビジネス程度に思ってくれるはずである。金銭の対価を受益する依頼であることからも、即物的であり、都市伝説化する可能性が低いと考えての仕事でもある。


 ここまで、慎重に行動するのは、白髪の少年が虚子の存在を恐れているからに他ならない。虚子のネットの探知に引っかからないよう、と偽装して仕事を請け負っている。白髪の少年は基本的な記録情報を、銀星から受け継いでおり、ネット上に姿を晒せば虚子に探知されるというリスクを十二分に理解している。


 ただ、それはあくまでも感情のともなわないただの『記録』の継承であり、感情のともなった『記憶』ではない。例えば、この白髪の少年は、虚子の存在を脅威だと感じこそはすれ、好意の対象とは考えてはいない。身体構造、基本的な知識情報を引き継ぎつつも、銀星のいう通りコピーではないのだ。


「チェン子、お前って腹とかすくのか」


「おなか へる さいきん、 ふしぎ」


 空腹、怪我、現実化のデメリットである。ドラキュラなどの吸血系の怪異は、生存した人間の生き血を糧とするが、基本的に都市伝説の怪異は人間の魂を餌とし、実際のカロリーを必要としているわけではない。白髪の少年が、復讐代行をするのも、生きるためだ。


「焼きめし、作ったぞ。食うか」


「うん」


 赤眼の少女は、外見的には中学生くらいであるが、話してみるとその年齢にしてはあまりにも何も知らなすぎる。まるで20歳まで狼に育てられたという狼少女のように社会を理解していない。怪異化による、知識の消失、単純化なども影響しているのであろうが、あまりにも幼い。


「うまいか」


「あちち」


「そうか」


「うん」


 白髪の少年と、赤眼の少女は黙々と目の前の焼き飯を食べる。醤油を少し焦がして、香ばしさを出して作るのが彼のこだわりである。具材は、卵と、冷蔵庫に余っている具材と、いかにも侘しいが、彼らにとっては特に苦ではないようだ。彼らの食事中に、その後ろの方で、テレビの音声が流れている。都内で人気急増の『ひとで君』についてである。彼らが、銀星との一件以外で、更に存在力が急速に成長しだしたのも、この『ひとで君』が流行り出した時期と符合する。


「あれ——」


「ん、どうした。たまごの殻でも入ってたか?」


「きけん とても、」


 赤眼の少女は無表情にテレビに映し出される『ひとで君』を指さしていたのであった。

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