第20話『ひとで君』
外神田でのチェンソー少女の一件以降、黒パーカーの少年の都市伝説はなりを潜め、新しく生みだされていく都市伝説の中に埋もれ、誰もその噂を語らなくなった。都市伝説には明確に旬があり、時代に応じて移り変わっていくものである。
その端的な例が『AIババア』である。その噂はこういうものだる。学校のパソコンを放課後周りに人がいない時に、起動すると、見慣れないアイコンが表示されており、このアイコンをクリックするとディスプレイに醜い顔をしたババアが映し出され、そのまま画面に引きずりこまれてしまうという都市伝説である。
この都市伝説の普及の背景に、AIの普及と、小学校でのプログラミング教育の開始といったように、実際の世の中の出来事とリンクするのがこの都市伝説現象の一つの特徴である。
「ミーム。最近、”ひとで君”っていうゆるキャラが流行ってるのか?」
「うん。流行っているみたいなの」
「へぇ。そのゆるキャラ、いったいどういう奴らに人気なんだ?」
「老若男女に人気なの」
「すげーな」
「すごいなの。最初は情報感度の高い女子高生の間で流行って、そのあとは小学生から大人まで幅広くって感じなの。キャラグッズとかもいっぱい売れてるなの」
「ほー。んで、どんなグッズが売っているんだ?」
「一番人気なのはひとで君のキーホルダーなの」
「ふむふむ」
「ひとで君のキーホルダーはガチャガチャでしか手に入らなくて、しかも100種類もあるなの。厳密にはシークレットも含めると101個なの」
「へー。ガチャポン会館前の人混みが凄かったから、てっきりポケモンGOのレアモンスターでも登場してたのかと思ったけど、その、ひとで君とやらのせいだったのか」
最近ちまたで流行っている『ひとで君』。形状は端的にいうならば、一つ目のヒトデのマスコットキャラクターである。ハンドスピナーや、ふなっしー、タピオカドリンクのように、何が理由で流行ったのかよく分からないが、市民権を得ることに成功した類のキャラクターである。
銀星と虚子の目の前のディスプレイにひとで君の被りものをしたゆるキャラたちが、くまもんや、他のご当地キャラクターとわちゃわちゃと騒がしくたわむれている姿が映し出される。バラエティー番組ではよく見る光景だ。
「つまんないなの」
ピッと、虚子はテレビを消した。今日は虚子は完全にオフ日のため、銀星を抱き枕がわりにしながら、テレビを見ていたのだ。銀星の方は、虚子の髪を指ですくいながら髪であやとりをしていたら、髪が堅結びになってしまって内心穏やかではない様子である。銀星がいま頭の中で考えていることは、二つである。気づかれないようにあやとりで結んでしまった髪を解くことと、素直に謝罪することだ。
「ミーム、髪の毛ちょっと伸びてきたよね。毛先だけ切ってあげようか?」
どうやら、銀星は素直に謝るよりも誤魔化す方を選んだようだ。銀星が素直に謝れば、虚子は許してくれるのだが、そのあとで枕に顔を埋めて涙を隠しながら泣くので、その罪悪感と天秤にかけて嘘をつく方を選んだのであった。
「いいけど、かーちんに髪切ってもらったのって、一昨日だったなの」
「いやさ、前切るときに、少し切り方があまかったかなぁ、なんて。あはは」
「かーちん、なんかあやしぃ……」
「あははははは。いや、さっきのバラエティー番組の思い出し笑いだよ。あひっ」
真っ赤な嘘である。抱き枕にされていた銀星は、銀髪をいじる事に夢中でテレビの音声と映像は情報としては入ってきてはいたものの、関心を引くものではなかった。
「いいなの。それじゃーお言葉に甘えて切ってもらうなの」
「了解」
銀星は、お姫様だっこで虚子を抱え、スツールに座らせる。背もたれのないスツールは虚子にとって負担が大きく、髪を切るときの背もたれは銀星が代わりになってやっている。
銀星は、霧吹きで何度か水をかけた後に櫛で優しく虚子の銀髪をまるでガラス細工でもあつかのごとく繊細さでとかしていく。——本当に銀星が繊細ならば、虚子の後ろ髪が綾取りみたいになったりはしないのだが。
あやうく櫛が、綾取りの球になっている部分にぶつかりそうになったのでその部分を回避しながら、髪全体をとかしていく。美容師もかくやというほどの完璧な櫛さばきである。
虚子の髪は、腰の長さまである超ロングヘアーである。だから、銀星がするのは髪を切るというよりも、整えるということである。銀星がロングヘアーが好きなことを知っている虚子は、銀星の好みにあわせて伸ばしているのであった。
銀星は手際よく、虚子の髪を整える。さすがは手慣れたものである。虚子の背もたれになりながら、1メートル近い髪を整える技術を持つ美容師もそうはいないだろう。銀星はやりきった表情で、虚子の肩や服についた毛をパッパと払っていく。
「髪を切ってくれて、とってもありがとうなの。かーちん」
「どういいたしまして、見目麗しいお嬢様」
「あのね……。一つだけ、かーちんに聞きたい事があるんだけど良いなの?」
「どうぞ、何なりと。——お嬢様」
銀星は上機嫌で、一人執事プレイを続けながら喋る。銀星は上機嫌になると一人で執事プレイをするのであった。そして、虚子には仕立ての良い生地で作られたオーダーメイドの——メイド服を着せている。もちろん、虚子の体に負担が少ないように服自体は極力軽い生地で作られている。
「あのね、ボクの足元にある……銀色の東京タワー。これ、一体、何なの?」
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