第19話『黒パーカーの少年④ / 赤眼のチェンソー少女』
《かーちん、危な——》
空から舞い落ちる
銀星の頭上から、この戦いの観測と、鉛バットの
剛性の高いカーボンナノチューブを用いて作られたとはいえ、あくまでも小型のドローンにしては強度が高いというレベルである。チェンソー少女の怪力と、チェンソーの重量に耐えられるほどの強度は持っていない。軍用のドローンとはいえ、このあたりが実運用可能な範囲での強度限界である。
《か—ん—ザザッ——》
虚子のドローンによる観測がなくなったことにより、銀星の50kgの超重量の鉛バットは元よりそこに無かったかのように虚空へ還る。仮面の少女は自ら仮面をはぎ取り、アルビノ特有の白肌と生来の色素の薄さにより小麦色になった金髪、赤眼を銀星の前に自ら晒し——告げる。
「——そのオモチャが、ワタシの思った、力のカラクリだった、やっぱり、通り」
文法が破壊された言葉で、赤眼の少女は意思表示をする。顔の表情筋がないかのように無表情な少女は、真っ赤なワンピースについた土を手でぱっぱと払い、銀星の双眸を見据える。
蛇に睨まれたカエルのように銀星はその場から動けない。まるで、銀星の周囲だけ地球の重量が重くなったような錯覚を覚えるほどの、明確なる死の予感。無手の銀星は、チェンソー女に背を向け、芳林公園の門をくぐり外へと駆ける。
「逃がさない。ふ ふ ふ もう、ワタシを見た、あなたを——」
銀星の100メートル走の最高記録は9秒5.3。日本高校陸上であれば、優勝できるだけの健脚の持ち主だ。相手が怪異であったとしても、遅れを取ることはない。だが、いま後ろから近寄る
裏路地のカフェユーロを過ぎた辺りで、背中に巨大な鈍器で殴られたような鈍い痛み。パーカーの裏地に鉄板を縫い付けていなければ、致命傷になりかねない一撃であった。銀星は、パーカーの内ポケットに隠し持ったスタングレネードの信管を抜き、走りながら地面に落とす。
——スタングレネードは地面に触れた瞬間に、後方で爆音と眩い光が広がる。使用者にも危険が及ぶ可能性があるわずか0.75秒で起動する即効型のスタングレネード。だが、屋内では非常に有効な兵器ではあるが、屋外では音も光も拡散するため、期待するような効果は得られない。
また、この暗器は一度使った方法であった物であり、使用を想定している相手に対しては、ほとんどの効果は得られない。——銀星もそれを理解して使っている。
「狩ぁって嬉しい ハナイチモンメ 負けぇて苦しい ハナイチモンメ」
銀星の後ろで、ケタケタと笑いながら歌を口ずさむ少女。まるで、楽しい狩りを楽しみたいから殺せるのにあえて殺さないような余裕すら感じる。銀星の心臓が早鐘のように鳴り響き、銀星の頭の中にはとにかく前へ前へ駆けることいがいの一切の思考や感情は失われ、恐怖すらなくなっていた。
——いま、裏路地のケバブ屋の前を駆け抜けた。大通りまであと50メートルほど。いま、銀星は人生で最も長い100メートルを走っている。
「ねぇ ふふふ お兄ちゃん 追いつかれちゃうよ? もっと早く走らないと、」
後ろから聞こえる少女の声は、もはや銀星の脳には届いていない。最大最速のパフォーマンスを出すために、全身の血液を心臓から脚部に集中して送り届けているため、脳に酸素を十分に供給できるだけの余裕はないのだ。
銀星はリバティーとエクセルシオールの間を抜けた瞬間、まるで100メートル走のテープを抜けきったかのように前のめりに倒れ——る瞬間に、黒パーカーの内側に隠し持っていた暗器の一つ、鈍色に煌めくスローイングナイフを背後の少女に向かって勢いよく投擲する。この飛び礫を、まるで小石でも払うようにチェンソーで払いのける。
「——ですの? おしまい これで、ふふふ あなたも」
まるで、目の前の獲物を狩るのが惜しいのかのように、少女はエンジン式のチェンソーのスターターを引っ張る。——ズドン
「?! なにを」
少女の手元で、チェンソーが爆ぜる。銀星が投げたスローイングナイフは二本。一つは、目立つように暗闇でも目立つ銀色のいかにもナイフという形状のナイフ。もう一つは、闇色で小型で安全用の鍔もついていないクナイのような形状のナイフ。
この二本目のナイフが外部に露出したイグニッションモジュールに突き刺さり、少女がスターターを起動させたと同時にチェンソー内部のガソリンに着火、そしてチェンソーはまるで小型爆弾のように爆発四散したのであった。
「壊した おもちゃは ……なぜ? あなたの」
銀星は——道路に横たわりながら、何も無い空を指さす。
「この外神田にどれだけの監視カメラがあるかご存じない? 許認可のない隠しカメラや、ライブカメラなんかも含めて大小問わずに数えれば、この限定されたエリアだけでネットワークに繋がれたカメラは裕に1万を超える。そして——」
《——カメラで観測できる場所であれば、ボクたちは無敵なの》
虚子は、銀星の黒パーカーのフード部分に備えつかられている、無線式のステレオマイクから音声を発する。
「——ぃたい、よぉ」
爆発しかける寸前にチェンソーを咄嗟に、手から離した赤眼の少女は即死を免れたものの、足元に爆発の際に飛び散った鉄片が脚部にまるで無数のガラス片が突き刺さり、まるで少女の脚部はハリネズミのような様相であった。怪異と言えど、とても自立して立てないことは、明らかであった。
「足止めには成功した。さあ、ミーム。トドメだ。
《——合点なの!》
まるで少女を取り囲むかのように、少女を中心として巨大な鏡の壁がせりあがり、鏡の牢獄が出来上がる。悪魔を封じ込めるために使われたと言われる
だがこの少女にとってはそのような儀式的・魔術的な効果などなくても、自分の姿を見る鏡の機能さえあれば追い詰めることは可能である。自分の両親に産まれてから死ぬまで×××と言われ、死ぬまで鍵付きの仮面を強制的に付けさせられ続けた少女にとっては、自分の顔をみる事自体が耐えられない拷問なのだ。
「まま ぱぱ ごめんぁさぃ わたし いいこに するから だして……」
《……かーちん、あの子という都市伝説の存在を砕く
その
「それが、魔法?……狂ってる——。呪われてる、全て、が」
《なの……》
銀星は目の前の自分を殺そうとした少女の脅威を忘れているわけではない。殺し損なえば次がないことも理解している。そして、この
銀星は——。喉元まで、その言葉を出そうとしている——前頭葉では『自分がなさなければいけないならないことを理解している』だけど、その言葉があまりに——で、言葉に出すことができない。
——バリィン
赤眼の少女を包囲していた
「ひひっ。数分ぶりだなぁ——ホンモノ。もう、俺はてめぇの顔は見飽きたぜぇ。俺はここらでお暇させてもらうぜ」
銀髪の少年は、
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