第18話『黒パーカーの少年③:月夜のシアイ』

「ミーム、虚構顕現メタファライザー。鉛バット」


《了解、なの》


 銀星の右手に50㎏の超重量の鉛バットが顕現。鉛バットが完全に具象化されるのをまたずに、黒パーカーの少年に向かって駆けると同時に、その勢いを殺さぬままに上段から振りぬく。


「っ! 挨拶もなしに殺しにくるとは、随分じゃないか——ホンモノっ!」


 銀星の渾身の一撃を、同じ鉛バットを盾代わりにして受けきる。だが受けきった反動で、少年は数歩後ろずさる。


「おめぇが誰だか知らねぇが、お前ここが終着点だ——白髪」


 銀星は、基本的に好意をもつ相手の髪を銀髪と認める傾向がある。例えば、ご注文はうさぎですかのチノの髪の色は何かと聞かれたら、ゼロコンマ1秒で『銀髪』と答える。気に入った金髪キャラも、『金髪も銀髪と同じ漢字に”金”の字が入っているので実質的に銀髪』などというほどの銀髪至上主義だ。


 その銀星が、銀髪の相手に向かって『白髪』呼ばわりするということは、銀星にとって、目の前の自分に姿かたちがよくにた少年を明確な敵認定をしているということに他ならない。


「っらぁっ!」


 銀星は鉄のプレートを仕込んだ特注の安全靴で前蹴りを放つ。靴底が黒パーカーの少年をとらえるが腕に妨げられ、銀星の靴底は内臓にまでは届かず、致命傷にはいたらない。


 目の前の少年は、身体能力、反射能力もオリジナルである銀星と完全なるコピーである。黒パーカーの少年は、追撃を避けるため巨大なジャングルジムを背にして、銀星の靴底によって骨がひび割れたであろう左腕をかばいながら後退する。


「おい、ホンモノ。殺しあう前に一つだけ聞かせろ。なぜ、俺の邪魔をする」


「……。お前が、世界の——人間の敵だからだ」


「ははっ、皮肉にもなってねぇよ。俺が、半殺しにしているのは明らかに社会に害をなすクズだけだ。俺は世界に——人間にとって、益なす存在だろぉがよぉ?!」


「——」


「例えば、いまこの公園で半死に中のこの野郎共は何をしているか知っているか?」


「……俺がそんな事を知る必要など、ない」


「まぁ聞けよ、ホンモノ。地面に転がっている半死にの肉塊どもは、女を薬漬けにして体を売らせて、その金を掠め取って生きているような寄生虫共だ。おまけに、風営法に引っかからないように洗体サービスの裏オプションとしてあくまでも体を秘密裏に売らせているクズ連中だ。おい、おまえはそんなクズは生きてる価値あると思うか?」


「…………っ」


「そうだろぉ? 俺はお前がベースになっている都市伝説だ。お前の考えは、俺には手に取るように分かるぜぇ。ひひっ」


 銀星は、臨戦態勢は崩さずに息を整えて鉛バットを中断に構える。相手が、自分と同じなのであれば、いまこの会話の瞬間も命を奪うタイミングを見計らっているはずなのだ。銀星が気をそらした瞬間に殺しにくることであろうことは容易に想像がつく。


「怪異の俺は悪人どもを半殺しにして社会をより良くする。お前はお前で、社会に害なす都市伝説どもを撲殺していく。——俺たちはお互いがお互いにとって社会にとって有益な存在じゃねぇか。俺たちのどこに争う必要があるっていうんだぁ? ひひっ」


「——白髪。お前は、俺のコピーだと言ったな」


「あぁん……?」


「それは、嘘だ」


「てめぇっ……一体、何を言ってんだ」


「結論のみを言うのはアンフェアだな、言葉を訂正しよう。確かに——お前の言う考えは、俺の中にある考えと同じだ。ミームとは違って、法ですべての悪人を裁けると思っているわけではねぇし、善人に害なす悪人を倒す英雄が居たらと夢想した事が無かったとも言わない。——つまり、俺はお前の行動の是非を問うつもりはない」


「ああっ?!——んなら、なんでてめぇは俺の邪魔をするんだ」


「行動の起点が、違う。俺は本質的には社会や、世界のために行動しているんじゃねぇ。そこが、俺とお前との根本の違いだ」


「……っ! 意味わっかんねぇんだよぉ。クソがぁっ!」


「白髪。かつて、お前と同じように世の中のと呼ばれる者を殺す都市伝説がいやがった——」


「それが、どうした?」


「やはり……お前は知らないか。存在の根本が違うのであれば、やっぱりお前は俺のコピーなんかじゃねぇ。てめぇは相容れねぇ、俺の偽物ですらねぇ、もはや別物だ。——肉片を飛び散らせながら死ね! 白髪野郎っ!!!」


「ひゃぁあっ!! しゃらくせぇんだよ——ホンモノぉっ!!!」


 最初に動いたのは黒パーカーの少年だった。目の前の敵を見据えて、砂利の地面をまるで蹴るようにして跳び、銀星との距離を詰める。両手でバットのグリップを握りしめ、上段から袈裟懸けに振り抜く。必然——対する銀星は、黒パーカーの少年の後塵を拝することになる。


 銀星は、その場を動かず黒パーカーの少年をまるで、真剣の居合を構えるような姿で迎え撃つ。目の前の敵のバットが振り下ろされるよりもわずかに早く、左下段からまるで居合の抜刀をするかのごとく、50kgの鉛バットを右上段へ振り上げる。


 ——が、バットは鼻先を掠めるもクリーンヒットには至らない。だが、そんな絶好の機会にも関わらず黒パーカーの少年のバットが銀星の頭上に叩きつけられることはなかった。


「ぐがあっ! くっ、てめぇ……っ!!」


 銀星の目的は——公園の砂利による目潰し。 芳林公園の土は、一般的な小規模な公園にあるような自然な土ではない。綺麗に、固く整地されており固い。その土の上にある砂利も人工的な砂利というよりも、大きさの整った小石である。そんな無数の小石が高速で眼球にぶつかれば、失明は免れない。


 人間は、目に何かしらの異物が飛んできた場合、脳を介さず脊髄で眼を防御する習性がある。銀星が狙ったのはこれだ。——目に向かう砂利を体の反射で、防いでしまった黒パーカーの少年は、自らの腕で自身の視界をふさいでしまうこととなる。そして、この脊髄を通さない一瞬の反射行動が致命的な隙を作ることになる。


 銀星は左下段から、右上段へ振り抜いた鉛バットを慣性の力を殺さぬまま、まるでその場で踊るかのように遠心力で、身を翻す——相手が目を塞いでいなければ無防備な背中を相手に曝け出す自殺行為である。だが、少年は目を守るために銀星の姿を見失っている。


 そして、銀星は鍛え上げた上体をぐるりと勢いよく捻り、左から横一線に鉛バットで相手の脇腹を——内臓を破壊すべく振り抜く。黒パーカーの少年は肋骨と、内臓を鉛バットで蹂躙され、右方向にきりもみじょうに吹き飛ばされる。


「問答は終わりだ、死ね——白髪野郎」


「ひひひひひっ! ひゃはっはっはっははああぁ……」


「——狂ったか」


 何が面白いのか黒パーカーの少年は口から、ごぽりと泡状の血を吐き出しながら、地面に仰向けになり夜空の満月を見つめながら、嗤いだす。


「ひひゃっ……死ぬのぁてめぇだぁ——ホンモノぉっ!」


 闇夜の公園にはあまりにも不釣り合いな生理的な不快感を引き起こす——聞き忘れようもないあのいやな機械音がこだまする。


 黒パーカーの少年の見据えるその先にいる、チェンソーを担いだ仮面の少女が満月を背にして、今まさに銀星の頭上に死をもたらさんと舞い降りていた

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