第16話『黒パーカーの少年①:新たなる噂』

「かーちん、『黒パーカーの男』っていう都市伝説を知ってる?」


「いや、初めて聞いた」


 都市伝説は秒単位で生まれ、そして人知れず死んでいく。今回の都市伝説は都内の千代田区の周辺で集中して目撃されている都市伝説だ。その都市伝説はこうだ。


 黒いパーカーを着た高校生くらいの少年が夜な夜な鉄バット片手に悪人を叩き潰している。——そして、その少年の後ろにはドローンが飛んでいるというのだ。


「……それって、つまり俺のこと?」


「ボクもまず最初に、その可能性を考えたなの」


 銀星は、一年中だぶだぶの黒パーカーを着ている。それは、怪異との戦闘時に使うための暗器類やドローンのバッテリーなどの小物を隠すためと、中に鉄板を仕込むためのものだ。


 ちなみに、背面には静音性が非常に高いNoctua製のカスタマイズされた冷却ファンが備わっており、小型でありながら冷却性能は抜群という代物を搭載している。むしろ、夏場にジャケットを羽織って営業をしているサラリーマンの方が銀星よりも大変である。銀星は依頼がないオフ日は家から一歩も出ることなく虚子の家のクーラーのよく効いた部屋で快適に過ごしているのだから。


 銀星の存在は、周りに認識はされないが、物理的にそこに存在していないわけではない。視覚情報として脳に入るタイミングで、まるで意味の無い無機物や、背景と同じカテゴリーで処理されるのだ。


 虚子がまず最初に可能性として疑ったのは、銀星の存在が人々の無意識になんらかの影響を与え、それがきっかけとなってこの『黒パーカーの男』という都市伝説を作るきっかけになったのではないか、と考察しているのだ。


「でも、俺は怪異以外をバットで殴ったことなんて一度たりともねーぞ」


「それは一緒に住んでいるボクがよく知っているなの」


「反社会的な人間であっても、人様のことをケガさせるような外道にはなるつもりはないよ。んで、実際どういった人間がそのバット男の犠牲になってんだ?」


「反社の人たちなの」


「ハチ・キュー・サンの人とかか?」


「それだけに留まらないなの。チンピラや、薬の売人、詐欺師。とにかく、悪人と思われる人々が次々に病院送りにされているなの」


「警察は動かないのか?」


「被害者には全員、後ろ暗いところのあるなの。だから、警察には相談できないし、した人間は別件の罪状で拘留されているなの」


「義賊、なのか?」


「——でも過剰なの。被害にあった人たちは、何らかの後遺症を残している。中には失明した人もいると報告されているなの」


 被害にあった人間たちは、全員、都市伝説や怪異とはまったく関係のない人間。社会に益をもたらさない悪人とはいえ、だからといってバットで半殺しにして良いという事にはならない。警察につきだし、然るべき法の裁きを受けさせるべきである、というのが虚子の考えである。


「後遺症が残るほどバットで殴るていうのは、ちぃとやり過ぎだな」


「それに……警戒すべきは、この都市伝説はその有益性から、かなりの速度で人から人へ感染しているなの」


上書孵化、か」


「そうなの。都市伝説を超えて、実在するヒーローになってしまったら、それこそ、虚構から現実側の存在に形而化されてしまうなの」


「そうなってしまったら——俺たちは手出しが出来なくなるっていうわけだな」


「そうなの。生れ落ちてしまったモノには手出しができないなの」


「おし……それなら、善は急げとも言いますし、いっちょ今夜にでもその偽物くんとやらを撲殺してきますかね」


 銀星は、左手で右肩をおさえながら、ぐるんぐるんと腕を振り回し、戦闘に備えて自分を鼓舞するのであった。

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