第15話『くねくね』

 東京と一言でいっても、全てが23区内の都市のように栄えているわけではない。実は以外に、地方都市よりももっと何もない農村地帯も多い。銀星と虚子は、ウェブ上での怪異目撃談を元に、その真偽を確かめるためにその農村で聞き込み調査を行っていた。


「この辺りで、白いくねくねした物が見えるって噂で聞いたんですけど本当ですか?」


「村の若い衆の間でそんな噂が流行っているっているみたいんだぁなぁ。恒男さんの家の奥さんが最初に『白いくねくねを見た』とか半狂乱になって言い出してっから、同じようなことを言い出す奴が増えてきたんだなぁ」


「その恒男さんという方の、奥さんはその後どうされたんですか?」


「詳しくは知んネッけど、実家に帰っていったとかっていう話だわなぁ。まぁ、あの狂いっぷりを見っと、おらぁ、狐憑き精神疾患じゃねーかなぁとか思ってっけど」


「そうですか、ありがとうございます」


 銀星は、自分から相手に話しかけた時のみ認識されるが、会話が終わった後は相手には銀星と話した記憶は残らない。MIB(メンインブラック)のように記憶を消す装置を使う必要すらない。そして、質問をした相手は半分催眠状態のような状態になっているので、意図的に隠したい情報でない限り、質問をすれば必ず答えを返す。


 銀星の存在が希薄過ぎるという欠点は、聞き込みに関しては非常に有効に機能する。非常に探偵向きの——欠点だ。実際に探偵業を始めても、そもそも認知されないので依頼がこず、実際に仕事としては成り立たないが。


《噂の内容も漠然としているなの》


「だね。聞き込み情報では、まだ死者は出てなさそうだけど」


《実害が出る前に対処が必要なの》


「そうだね」


 村の農村地帯を、村外の若者がきて聞き込みを行う。——しかも少年の後ろには、自動追尾のドローンまで飛んでいる。本来は、これ以上にない悪目立ちであるが、ここまで目立つ姿でも誰にも認識されない。


 まるで、世界が銀星を『無視』しているかのような状況である。クラスや職場で『無視』されることによって被る精神的なストレスによって自害を選ぶ人間も多い。それが世界規模で銀星に対して行われている。世界規模の苛めである。


 しばらく、農道を歩いていると、前の方から女子高生が若干興奮した様子で小走りで駆けている。その女性に銀星は声をかける。


「どうされましたか、急ぎでなければ話を聞いてもいいですか?」


「えっと。田んぼの向こうの方に白いくねくねしたモノが居たんすよ……。んで、恒男さん家の奥さんが言っていたモノじゃないかなって、だから逃げてたんですよ」


「白いくねくね……。それは人ですか、動物ですか?」


「うーん。見間違えかもしれないけど、あれはな~。なんだろなぁ、陽炎だったのかなぁ? コンクリートの地面が熱せられて、蜃気楼を作り出す的な。うーん」


「幽霊、とかじゃないですか?」


「くねくねくねくねくね」


 その言葉を最後に、話を最後にまるで銀星が認識できなくなったかのように走り去って行った。


「……。田んぼの向こうの方に何か居るらしい。とりあえず、あの女子高生が走ってきた方角に向かって歩くよ」


《了解なの》


 農道をしばらく歩いていると、遥かかなたに白いモヤのようなものが蠢いているような気がした。


「ミーム。この距離からだと見えない——近づくぞ」


《……なの》


「おい、ミーム……?」


《くねく……、かーちん……危ない。アレから、逃げて。距離をとって》


「了解。大丈夫か? 体弱いんだから横になってろ。すぐにで家に帰るから。やばそうなら救急車呼ぶんだぞ? いいな?」


《……分かった、なの》


 虚子のドローンの望遠性能は、銀星の肉眼よりも遠くを見通すことができる。普段は、銀星のサポートを行うのに大いに役に立っているのだが、今回はそれが仇となった。虚子の操るドローンは、軍隊用の特殊仕様であり望遠性能も民生品よりは優れている。とはいっても限度はある。それが今回は幸いしたとも言える。


 銀星は、調査を途中で切り上げ、駅前の駐車場に預けていた黒塗りのジープに乗り急いで家路につく。家に帰った時には、ベットに高熱を出しながら横になっている虚子が居た。虚子の意識は朦朧としており、余裕がないことを理解した銀星は救急車を呼び、救急車の中で虚子に付き添い病院に向かった。


 虚子が目を覚ましたのは、大病院の個室部屋。顔をあげると、銀星が心配そうに虚子の顔を覗き込んでいた。


「かーちん、心配かけてごめんなの」


「そんなことは、いいよ。それよりも、体弱いんだから無理するな。俺が家から着替えの服とか下着とか持ってきているから、病院でゆっくり静養しろ」


「ごめんなの」


「目を覚ましてくれて本当に良かった。——虚子」


 個室のテレビから臨時速報のニュースが流れてくる。東京の奥多摩の農村地帯で、錯乱した男性が村民を十数名刺殺したというニュースであった。


「俺が、行ったあの村……」


「かーちんのせいじゃない。ボクが倒れたせいなの」


 虚子は銀星の手を握り告げる。銀星も虚子も手は熱を持ち汗ばんでいた。二人の後ろでは、ニュースキャスターが事件の報告を続けている。聞いている間にも、どんどん心肺停止の被害者の人数は増えていき、今やその数は20名を超えていると報道されている。


「ミーム。アレを……。見たのか?」


「ボクもドローンのカメラ越しで、ぼんやりとしか見えなかった、なの……」


「そうか。それなら、良かった」


「だけど……アレは見てはいけない存在、そう強く感じたなの」


「知っている……怪異なのか?」


「あれは怪異ではない存在、なの。あれはきっと、——」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る