第12話『異世界転生オンライン:カダス山頂決戦』

 ここは、カダスの山の山頂。まるで天国を再現したかのような美しいフィールドであった。山頂には色とりどりの美しい花々が咲き乱れ、樹々が生い茂ってていた。一言で表現するならばこのフィールドは、他のフィールドとはが異なる。風の質感や、草木の揺らぎ、空気感を感じることができるフィールド。


 銀星も虚子ももちろん、ここが現実ではなく、ゲームの世界なのだということを理解しつつも、その目の前に広がる光景に心を奪われ、思わず言葉を失ってしまう。


 そして、その花園の中央には、まるで現実のものと感じるほどの存在感を感じさせる、双子の塔を構えた、古城が建っていた。


 ドリームランドの王城も確かに絢爛豪華でまさに『異世界転生オンライン』の始まりの城としては相応しい場所ではあったが、いささかゲームの城といったような外観であったのに対し、この山頂の古城は年月の経過などは感じさせるが、それが逆に城に威厳のようなものをもたせていた。


 銀星だけではなく、CGで作られたものであればいかなる美しいものであっても心を強く動かすことがない虚子ですら、目の前の古城に見惚れていた。古城には双子塔がそびえ立ち、その塔の先端は天にも届かんとする威容であった。


「こんな立派な城をなんで山頂に登るまで気づかなかったんだろ」


「7合目あたりから、カダスの山は微妙に空間が歪曲しているなの。だから、この古城の双子塔も決して山の麓からは見えないなの」


「この世界はゲームだから何でもありだな。オープンワールド系のゲームだと、序盤のエリアと最終エリアの直進距離は実は近いのに、理不尽に強い敵や、濃い霧によって、終盤になるまでは通行することができないみたいな感じだな」


「まさにそうなの。かーちんとボクが倒した7合目の目玉がたくさん浮いたゲル状の化物は、本来はこのゲームを終盤まで遊んだ人じゃないと倒せない敵だったなの」


「どーりで序盤のボスにしては、外見がグロいし強すぎると思ったよ。スタータスマックスに改造していなければ、普通にやられていた敵だな。ファイナルファンタジー12の序盤の砂漠でゲームの後半にならないと絶対に倒せない強さの恐竜が出てきて、実質のエリア制限しているみたいな現象か」


「そうなの。Falloutのデスクロー群生地のようなものなの」


「なるほどね、ゲームを最後まで遊んだ人に向けたエンドコンテンツか。ドラゴンクエストシリーズとかも終盤で手に入る最後の鍵とかで、最初の村で開けることが謎の扉を開けて、中に入るとラスボスより強いモンスターと戦えたりするんだよな」


「まさに、ここがそうなの。――花園の中心に立つと、このゲームの隠しボスが登場するなの」


「ほー。そりゃ面白い」


 花園の中央に立つと、上空から真っ白な巨大なペンギン状のモンスターが現われる。皮膚の表面はぬらぬらと妖しく艶めいていて薄い粘液状の液体が皮膚にまとわりついている。本来眼球があるべき場所には何もなく、まるでのっぺらぼう然と異形の化物であった。ペンギンはまるで天を仰ぐかのように首を掲げ、金切り声を発する


「KIRRRRRRRIIIII!!!」


「超音波――ミーム、状態異常無効の魔法を展開しろ!」


「メンタルブロック! サステナブルオールステータス! なの」


 ――パニックシャウト。このゲームに設定されている隠しステータス『精神値』を大幅に削る事実上の即死魔法。虚子と、銀星の前に緑色の障壁と、青色の障壁が展開し、敵のパニックシャウトの無効化に成功したことを確認する。


「ビゲスト・ヘイター! エンチャント・ヘキサ・アクセル!!」


 魔法使いであり、車椅子の制約により自力でその場から動けない虚子に攻撃が向かわないように敵のヘイトを集める。『グレーターヘイトニング』はこの異世界転生オンラインにおいては、タンク役が習得可能な最高レベルの技である。なおかつ、身体速度を6倍に加速し、急速に化物に接近し、上段から頭頂部を砕かんと全体重を乗せた一撃が振り下ろされる。


「……なに?!」


 顔面にバットがめり込んではいるが、まるでゴムを殴ったかのように衝撃が吸収されダメージを与えることが叶わない。


「エンチャント・オクタ・アクセルッ!!!」


 8倍速の加速。本作では前衛職が習得できる究極の技。その場に踏みとどまり、バットで滅多打ちに叩きつける。


「かーちん。無駄なの、そいつ打撃の衝撃を全て足から地面に流しているなの」


「くそっ! 道理で硬いと思ったぜ」


 ペンギンは顎の関節が外れるほど開き、その口から粘液で球状にした酸弾を高速で放つ――。


「……あつぃ、なの」


 ペンギンの化物は、銀星ではなく虚子にぶつかり、衝撃で車椅子ごと倒れ花園に強かに体を打ち付ける。防御結界の魔法によって、直撃は避けられたが、装備アバターは腐食し、掠めた部分の服が溶解する。


「ミーム大丈夫か……っ! ヘイトチャージが効いてないだと?!」


「っ……。ぎりぎりなの。この敵の攻撃、ウェポンブレイクとアーマーブレイクの特性がエンチャントされているなの。しかも、この球状の酸弾はレアリティー補正を無視した、無条件のアイテム破壊スキル。ユニークアイテムやレジェンダリーアイテムでもまともに食らえばデータごと破壊されるスキルなの」


「ちっ。ガチャでゲットした課金アイテムとかでもロストさせるクソ仕様か……。チート使っている俺たちが言うセリフではねーけど、それは……運営、やりすぎだ!」


 地面に伏した虚子の前に仁王立ちし、鉛バットで打ち抜く。バットの芯に当たった瞬間に球状の粘液は爆ぜ飛び、銀星の後ろの花畑を一瞬で腐食させる。その瞬間、鉛バットがウェポンブレイクによってデータロストするので、すぐさまインベントリーから代わりの鉛バットを抜き出し、飛んでくる酸弾を撃ち抜く。――防戦一方である


「ミーム。最上位魔法の詠唱を!!! 奴には物理攻撃は効かねぇ!」


「了解なの。詠唱開始っ!」


 幼少時のネトゲの世界で、虚子にとって銀星はまさに自分を守ってくれるナイトであった。銀星にとっても虚子は、前衛職の自分を最大限にサポートしてくれる親友であった。銀星はその当時の経験を思い出しトレースする。


 だが、無情にもペンギンによる酸弾は、弾速を増し――。


「うがあっ!!」


 銀星の左腕にぶち当たり、左腕を溶解ロストさせた。左腕の……データロスト。ウェポンブレイクやアーマーブレイクによってアイテムがロストする事はあるが、破壊不可能指定項目アンブレイカブルオブジェクトであるアバターである本体の体の一部が欠損ロストすることなどあり得ない。――だが現実に起きている。


「待たせたなの! フォーマルハウンド・エア・バスター!!」


 白色ペンギンの直下に超巨大な五芒星の魔法陣が現出。五芒星の魔法陣からまるでマグマが噴出するかのように漆黒の火柱が現出し、白色のペンギンを飲み込み。ドロドロに溶解していく。


「KER――SLEEEEEEEDIII!!!」


 表皮が溶けてその下の筋肉と骨格が露わになる。本来はCERO-A、全年齢対応のこの異世界転生オンラインにおいてゴア表現は規制の対象だ。敵は死ねばその場から消滅するだけである。なのに、このペンギンはそうはならない。


 肉と骨をむき出しの状態で黒柱の中から、這いずりでようとするも叶わず叫び声もやがて小さくなっていった。そしてついに、意思を持ったかのような黒い炎が巨大な白色ペンギンを食い尽くすと、黒柱は五芒星の中に戻り魔法陣ごと消滅した。


「随分と手強いというか、グロい敵だったな。ネトゲで共闘していた昔を思い出したぜ。それにしても強かった」


「チートでステータ最強に改竄しているのに苦戦する敵が出てくるとは思わなかったなの……あの双子塔、あそこが今回の異世界転生オンラインの都市伝説の舞台となった場所っていうわけか」

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