第9話『チェーンソー少女』

「うらあああああぁあっ!!」


 銀星は、虚構顕現メタファライザーによって現出させた鉛バットにて、扉を破壊する。樫の木で出来た白い扉はスラッグ弾が直撃したかのように、爆発し爆ぜ跳ぶ。


《かーちん、ホームランなの》


「それにしても随分と手ごたえのない扉だったぜ」


 この空き家は長い間野ざらしにされていたので、扉自体も雨風や虫食いによって脆くなっていたという理由もあるにしても、普通は爆散させることはできない。細身に見える体躯に関わらず、銀星が内に秘めた膂力は相当なものであることが分かる。


《流石かーちん。扉を破壊したのは良い判断なの》


「過去に対峙した怪異に、出入り口の扉を固定化されて、退路を防がれてヤバかったことがあるからな。……まぁ、対峙たいじした怪異はすべて退治たいじしたがな!」


《かーちん。たまたま韻を踏んだからって、後から言い直さなくてもいいなの》


 扉の破壊という行為は、銀星の暴力衝動によるものではない。この『白い家』のように、家そのものが都市伝説の舞台装置となっている場合は、扉が物理的な扉としての機能以外の意味を持つことがある。例えば、扉を手で開くこと自体が、スイッチとなって怪異が発動することもあるのだ。


「それじゃ、ミーム。中に入るぞ」


《了解なの。ボクが、ドローンで周囲を照らすなの》


 屋敷の内部は今しがた銀星が破壊した扉を除けば、経年による劣化以外に荒らされた痕跡はみあたらなかった。


「依頼者からの報告によれば、怪異にでくわしたのは2階って話だったよね。1階は調べなくても大丈夫かな?」


《優先度は低いなの。2階を調べてからでも遅くはないなの》


「おーけー」


 銀星と、虚子のドローンは階段を登り、報告にあった2階の部屋を目指す。暗闇の中で銀星の鉄板入れり作業靴の音のみがこだまする。廊下を突き当たりまで歩くと、外鍵仕様の扉がみつかった。


「この扉か」


 銀星は、扉の確認のために何度か部屋の扉の開閉を試みる。扉の外観は普通の樫でできた扉だが、銀星は何度か開閉して違和感を感じていた。


「ミーム、この扉。結構な重量があるぞ。外鍵だけじゃない……この扉自体、鉄板入りの特注仕様のドアだ。よほどこの部屋の人間を外に出したくなかったんだろうな」


《かーちん。気を付けるなの》


「臨戦態勢。虚構顕現メタファライザーで鉛バットを頼む」


《了解なの》


 銀星の右手に、もとからそこにあったかのように鉛バットが現出する。銀星は取り回しの良さ、破壊力の高さ、盾としての用途として使えることからもこの、鉛バットを愛用している。


「おし、それじゃ入るぞ」


 銀星は外鍵式の扉を開き、例の部屋の中に踏み入る。


「まるで台風が直撃したかのようなとっちらかりぶりだな……。家具は床にネジ止めされているから、ギリギリそれがもとは何だったのか分かる形状を保っているが、ボロボロもいいところだ」


《家具のネジ止めによる固定。まるでこの部屋は――留置所の中なの》


「だな」


 虚子と銀星が話していると、階段を登ってくる何者かの足音と、まるで草刈り機のような機械音が館内に響き渡る。


「この機械音、電動式ではないな。リコイルスタートタイプのエンジン式チェーンソーか。この音の大きさはは木を切るタイプの獲物だだ。食らったらただじゃすまねぇな……」


 銀星はそう呟くと、自分の腹を拳骨でコンコンと叩く。銀星が季節感もなく1年中だぶっとした黒いパーカーを着ているのには理由がある。まず一つは、いま確認した護身用の鉄板を隠すため。


 もう一つは、虚構顕現メタファライザーが間に合わない咄嗟の対処に対応できる、実物の暗器を収納するためのものだ。悪目立ちする格好ではあるが、銀星は自分から相手に話しかけない限りは存在が認識されない人間なので、悪目立ちすることもないのだ。


《敵怪異、かーちんの数メートル先にいるなの》


「ああ――分かっているぜ。さあ、死合の時間だ」


 ドアが勢いよく開き、真っ赤に染まったワンピースを着た――仮面の少女が部屋に侵入するやいなや――チェーンソーを横薙ぎに振るう。胴体の両断を狙った即死の一撃。この怪異は、侵入者に対して一切の躊躇がない。


 横薙ぎの一閃が胴体を捉える前に、銀星は胴体の前に鉛バットを構えこの即死の一撃を凌ぎきる。――鉄と鉄との激しいぶつかり合いによって、火花が飛び散る。


「がっ……手首に響くぜっ!」


 銀星は、チェンソー自体の重量と、慣性の法則によって生み出される運動エネルギーにより、意図せず二歩後ろずさる。チェンソーの少女は、深紅のワンピースをはためかせ、上段から銀星の頭頂部に一文字に切り結ぶ。鉛バットを盾にして、頭頂部の直撃を避けることを避けるが、衝撃により床に叩きつけられる。


「……っ!! ならぁ!!」


 銀星は倒れた格好のままで、黒パーカーの内ポケットに隠し持つ暗器の一つ、スタングレネードのピンを抜き、女に向かって投げつける。通常のスタングレネードは起爆までに1.5秒の時間を要するが、この特殊仕様の小型スタンの起爆は、わずか0.73秒――。


 大音響と、眩い光にチェーンソー女は、一瞬筋肉の強張りを見せる。銀星は、スタングレネードの光を直視しないように目をつぶりながら50㎏の超重量の鉛バットを振り抜く。――バットの芯に当たり、確かなフィードバックを得る。


 深紅のワンピースの少女は、鉛バットの直撃を受け、部屋の床を何回かバウンドして吹き飛ばされる。


「少女をぶっ飛ばす趣味はねーが、てめぇは別ああっ!!! 脳天ぶちわれらぁああああああああっ!!!」


 床に転がった少女を追撃するために、銀星は駆け出し上段からバットを鉄槌のように振り下ろす。銀星もスタングレネードによって三半規管の影響か、わずかに体のバランスを崩し、少女の仮面に鉛バットをかすめる事に成功するも、致命傷には至らない。


 銀星のバットにより、少女の被っていた仮面が割れ、――仮面の下の顔が表れる。アルビノ、赤眼の少女。銀星は、そのアルビノの少女に向け、鉄プレートの埋め込まれた安全靴による追撃の前蹴りを繰り出す。


 銀星の靴底が少女の腹部に直撃し、安全靴が肉にくっきりとめり込み、その衝撃で少女はきりもみ状に後方に吹き飛ばされ、窓側に追いやられる。


「……顔ヲミタ、――ユルサナイ、ワタシ」


 赤眼の少女はそう銀星に告げると、鉄格子の外れた窓から飛び降り、闇夜の森の中に消えていった。

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