第8話『物語が先か怪異が先か』
銀星は、ジープ グランドチェロキー トラックホークに乗り、地方都市に向かっていた。民生用の車としては700馬力の超馬力の車である。実務面として、小規模な拠点としての機能を持たせるためにはある程度大型の機材の運搬が不可欠なため、それが実現可能な車種が必要なのだ。
特に、虚子の扱う電子機器類の電力を支えるバッテリーの鉛が厄介で。馬力の弱い車だと、走行に支障がでるほどの重量であり、燃費の良さと軽量性を重視した日本車では実運用が難しいという問題もあった。
虚子の駆使するダークウェブ経由で、軍用の特殊車両などを手配することも可能だが、秘匿性に欠けるのと、メンテナンスを考えると、車種は民生用のものから選ぶのが良かろうという結論に至ったのだ。
《かーちんって、今回のような仕事以外の時も、公共交通機関あまり使わないけど、車の運転好き、なの?》
「なんかゴミゴミしてるから公共交通機関が嫌いなのは事実だけど、運転自体が好きかと言われると微秒かな」
《ボクも公共交通機関は苦手なの。車椅子だとかーちんにも負担かけるし、周りの人にも迷惑をかけることが多いなの》
「俺にはまったく迷惑かかってないし、周りの人もそこまで気にしてないと思うぞ。というか、基本的に都内の人間は他人に無関心だからな。奇声でも発しない限りは、認識すらされないかもな。――存在感の薄い俺じゃなくても」
《コンクリートジャングルなの。東京砂漠なの》
「ミーム、言語センスがおよそ二元号くらい遡ってるぞ」
《最近のボクのマイブームはバブル時代なの。かーちんって運転好き。なの?》
「うーん。移動する引き籠り部屋という観点では好き。ただ、願わくば、早く自動運転機能が普及してくれればなあ、とは思うけどね。ふあぁ……」
《かーちん、大丈夫。あくびして眠そうなの》
「ミームが話しかけてくれないと、寝ちゃうかもしれないから、道中つきあってくれると嬉しいぞ」
《元よりボクはそのつもりなの》
「冗談冗談。ただの移動だから、眠くなったら好きな時に寝ていいよ。俺も眠気ヤバい時はサービスエリアで仮眠取るし。運転は安全重視だから安心しなさい!」
《かーちん、意外に安定した運転するよね》
「スピード狂ではないからね」
《バトってる時のテンションとは大違いなの》
「常時あのテンションだったら、それはミームとの共同生活も成り立たんじゃろ。そりゃ、こっちも命がけだからアドレナリンとか出てるからね」
《どっちのかーちんもボクは好きなの》
「こら。返しの難しい返答をしない」
《てへぺろ、なの》
「かわいいな、おい。そういや、前回の事件は、結局はどういうことだったんだ?」
《まずは端的に結論からいってもいい。なの?》
「あんまり頭良くないから、その方が助かる」
《あれは、複数の都市伝説が融合した怪異だったなの》
「過去にそんな事あったっけ?」
《ボクたちが経験したのは、前回が初めてなの》
「ふーむ……」
《なのなの》
「そういやさ、前回の都市伝説もそうだったけど……都市伝説って登場人物が死んで終わるパターンも多いじゃん。あれって語り手が死んでるわけでさ、本来は伝わるはずのない物語でしょ。それなのに、何で信ぴょう性もっちゃうんだろうね?」
「ボクは、先に都市伝説の物語があって、そのあとに都市伝説の怪異が生まれると考えているなの」
「
「そうなの」
「でも、そのたまごとなる『
「例えば、ちょっと前にかーちんがバットで脳天をぶち抜いたカシマレイコ――」
「うん」
「あの都市伝説は、あれは実際の事件をモチーフに作られた『
「ただ?」
「――そうとも断言できないものもある、なの」
「例えば?」
「かーちんが、ちょっと前に体験した異界都市」
「あそこが?」
《あそこは、
「物語という依り代無しに、怪異という存在が先に『いる』ということか?」
《可能性は、ゼロではないなの。あくまでも、仮説なの》
「混乱するけど、面白い仮説だよ。さすが銀髪のいう事は一味違うぜ」
《かーちんの根拠不明の銀髪信仰は凄いなの》
「正確に言えば、銀髪ロリ信仰な」
《……》
「そっ、そういえばさ、東京結界の一連の儀式ってあれなんだったんだ? あの鉄格子下の盛塩蹴ったり、米粒ばら撒いたりしたやつ」
《あれは怪異なの、特定の条件を満たす人間を狩る、怪異なの》
「その条件はなんだ?」
《一言で言うと、存在が虚ろであること、なの》
「存在が虚ろ?」
《直接的な表現で言うならば、半分あの世に片足を突っ込んでいる人間がこの都市伝説の被害者となる条件なの》
「自殺志願者ってこと?」
《そこまで具体的な考えでは無くても、意識的か無意識的かは問わず、自分自身の死を心のどこかで望んでいる人が、あの都市伝説に魅入られるようなの》
「なるほど。確かに、この都市伝説はリスクとリターンが全く釣り合ってないもんな。だって、もともとこの都市伝説、成功した人間が死ぬか、失踪するという話だからな」
《そうなの。この都市伝説、実践者に何らメリットを得られない物語なの》
「リスクしかないのに、そんなことする奴は確かに危ういな。具体的にはどんな感じの人間が多いんだ?
《例えば、会社に生きたくない死にたい、とか、学校に行きたくない、死にたいとかそういうことを考えている人がこの都市伝説の餌食になりやすいなの。……ふらっと、電車のプラットフォームに引き寄せられてしまう人たちが格好の餌食なの》
「そんなプラットフォームから落ちようとしている人たちを捕まえるのが、俺とミームってわけだ」
《そうなの。ボクたち、キャッチャーインザプラットホームなの》
「理屈は分かった。でもさ、興味半分で実践してみようという人もいるんじゃない?」
《――そもそもそういう人には鉄格子の下の盛塩は見えない》
「でも……実際に俺には盛塩が見えたぞ?」
《それはかーちんが、》
「――だよな。俺、半分死んでいるようなものだもんな」
《……なの。だから、ボクはいち早くかーちんの魂を戻してあげたいなの》
「俺のことは良いよ。ミームがいれば大丈夫。まじめな話は、疲れるからシリトリ
しようぜ。最初に、ぎんぱつ」
《ついんてーる》
「ルリルリ」
高速道路の道中、虚子と銀星はいつもの特に目的のないくだらない話で楽しく過ごしていた。
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