第7話『復讐代行.net』

「かーちん。依頼がきたなの」


「おー。ネットの依頼か」


「そうなの」


 虚子は、都市伝説にまつわる怪異の情報を収集するために、ネット上に20の異なるサイトを作り運営している。そのほとんどが、噂の回収を目的としたオカルト愛好者向けの掲示板や、小説投稿サイト、SNS等である。


 その中の一つに、『復讐代行.net』がある。一定の金銭を対価に、法では裁けない存在に対して呪術による復讐を代行するという趣旨のサイトだ。既に、有償で呪いを代行するサイト自体は日本だけでも10サイト以上存在する。中には、実際の神社とコラボしてたり、ゴシップ雑誌のインタビューを受けていたり、YouTubeチャンネルを運営している商売っ気の強いサイトもある。だが、人ならざる者に対しての呪い代行を看板に掲げているのは、虚子のサイトくらいのものであろう。


 諭吉を子供銀行券のように自由に錬成できる虚子にとって、本来はそのような依頼料などは一切不要なのであるが、金銭を対価とすることで、興味半分や悪戯での依頼を99%以上の確率で弾くことができるため、高性能なフィルターとして採用している。


 なお、怪異以外の実在する人物を呪殺してくれという依頼には、『あなたの復讐福請け負います』とのみ返信し、あとは放置している。人間の人生は山あり谷ありなので、ほっておいても勝手に相手は不幸になったりする。依頼した人間は自分が復讐代行.netに依頼したからだとかってに解釈するため、依頼者からクレームが来ることはほぼない。


 また、クレームを送ってくるような依頼主には、事務的なメールで、今後一切の依頼を引き受けないことを確約させたうえで、支払った金額の三倍の金額を返金するため、お金を騙し取られたというような理由で私怨をもたれることもない。……もっとも今のところ、クレーマーの数はまだ片手に納まる程度だ。


「それで、どこからきた依頼なんだ?」


 虚子は無言で銀星にモニターの前に来るようにと手招きをする。腕立てをしていた銀星は、立ち上がり、虚子が覗いている12のディスプレイのうちの1つに目を向ける。


「ここなの」


「へー。都内では無く、地方都市からの依頼か」


「そうなの。かーちんには車でそこに直接行ってもらって、現地調査と、必要があれば怪異の討伐をお願いしたいなの」


「おーけー。それにしても、このRIKAという依頼者からの依頼文を読む限り、俺じゃなくて、警察組織が対応すべき事案のような気がしないでもないけど。で、ミームは今回の依頼の裏はどこまで取れてる?」


「説明するなの。まずIPから遡って、この依頼者について調べたなの。この依頼者のRIKAという女性は、理桂という名前の実在する人物である事は分かっているなの」


「ふむ」


「ただ……この依頼書に書かれている、富江、昭子という人物の情報は戸籍情報が管理されているデータベースを照会しても、見つけることができなかったなの」


「うん……。どういう事?」


「警察のデータベースを照会した情報では、今回の依頼者の理桂という女性が警察署にきて、この件について事情聴取をしたという履歴は残っていたなの。でも、そもそも被害者が実在しない人物ということで、『いたずら』という事で処理されているの。つまり、この件では警察は動いていないなの」


「警察としても、そもそも被害者が存在しないのであれば、捜査しようもないから、依頼者には申し訳ないけども、いたずらとおもわれても仕方ない面もあるかもしれないな。……それで、今回の依頼者はその後どうなったの?」


「彼女の親が娘の話があまりにも意味不明だったので、薬物乱用か精神疾患を疑って、救急車で閉鎖病棟に強制入院させられているなの。病院の電子カルテを照会したところ、現在は統合失調症ということで、病院で薬物療法を受けて入院中とのことなの」


「……妄想、想像上の友達の可能性は?」


「都市伝説や、怪異とは関係のない精神を病んだ依頼者からの依頼も過去にあったから、まずはボクもそれを疑って調べてみたなの。だけど、いろいろと妄想で済ませるには、今回の一件は違和感がありすぎるなの」


「たとえば?」


「富江さんのご両親と思われる方の家は簡単に特定できたなの。確かに戸籍上は、もともと夫婦は婚姻関係はあるものの、子供はいないということになってるの。だけど、それだといろいろとおかしいなの」


「おかしいって、どういうこと?」


「ご両親の過去のクレジットカード情報を調べると、まるで子供がいたかのように、電動式の揺りかごとか、ランドセルとか、勉強机とか、買っていた形跡があるなの」


「……もう一人の方は」


「昭子さんの方は、使われていない子供部屋、両親は全く楽器が扱えないのに関わらず家に置かれているグランドピアノ……」


「人々の記憶から消えても存在した痕跡は残っているという事か……」


「そうなの。『無かったことにされた』という虚構を、現実の上に乱暴に書き換えたせいでいくつかの矛盾が生じてきているなの。両親と思われる方や、親しかった人間の精神状況も不安定な状況になっているなの」


「いなかった事にされる……あまりに残酷な話だな」


 戸籍上は存在するものの、その存在の希薄さゆえに人々に認知されない銀星にとっては、自分のことのように痛みとしてその辛さを理解できる話であった。この世界でも、自分のこととして想像できるのは、銀星をおいて他にいないのかもしれない。


「……過去の事例を見る限り、今は歪さや違和感を感じられる程度の乱れはあるけど、時間が経つうちに世界の修正力によって現実が虚構に完全に上書きされてしまうなの」


「だから、俺たちがいち早く動かなければいけないということだな」


「そうなの」


「それじゃ、久しぶりに地方出張行ってきますかね」


銀星はそういうと、荷造りの準備に取り掛かった。

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