第6話『CASE 01:白い家』

 好奇心は猫を殺すと言われるが、好奇心に殺されるのは何も猫だけだとは限らない。とある海沿いの地方都市。3人の少女が、高校の最後の年の思い出作りにと、学校で噂になっている願いの叶う霊鏡が置かれているという『白い家』に訪れていた。


 海岸沿いの、ちょっとした丘状の傾斜地に建てられている白い外壁の廃屋。それがいままさに3人の少女が立ち入ろうとしている……その噂の白い家だ。


理佳りかさん、本当にここが――例の願いの叶う鏡があるという噂の白い家ですの?」


「えぇ、昭子しょうこここで間違いない……と思う。クラスメイトから聞いた話だとシーサイドラインのこの辺りに白い家があるって話だった。それにこんな特徴的な家なんて、ここ以外ありえない」


「それにしてもぉ、なーんでぇ、こーんなびっみょーな海岸沿いの傾斜地にこんな立派なお屋敷を建てたのかねぇ?」


「確かにそうですわね、富江とみえ。塩害で自転車や車はすぐ錆びるし、防砂林のための松の花粉とか酷いから、地元民はこんな海沿いに家を建てないわ。あまり土地勘のない県外の方が建てた家かもしれませんわね」


「ありそ。……んでまぁ、実際に住んでみたら酷さに耐えられなくなって、家を捨てて引っ越したと。そんなところかねぇ?」


「でも……こんな立派な家を建てた人が取り壊しもせず、引っ越すなんてことある?」


「うーん。確かに珍しいかもしれぇーけどさ、別に無くはねぇーんじゃね? 例えば、会社が潰れて夜逃げしたとかさっ」


 3人の少女は、廃屋に入るという緊張感よりも、高校最後の親友との思いで作りの高揚感が勝っていた。卒業後の進路が異なる彼女たちにとっては、彼女達にとってはちょっとだけ刺激的な肝試し。それが、今回の廃屋巡りであった。


「それじゃ、ドア……開けるよ」


「ひひっ。中からおっさんとか出てきたら超ウケるなっ!」


「ふふ、いやですわ。こんな廃屋に人が住んでるはずないじゃないですか。それこそ幽霊よりもよっぽど」


 理桂が錆の入ったノブを回すと、家がぎぃっと、小さい音をあげ扉は開く。3人の少女は靴を履いたままで家に入る。彼経年劣化のためか床の踏みならす音がみしり、みしり、みしりという音が暗闇の中にこだまする。


「おっ?いま後ろのほうでなんか、足音みてーの聞こえなかったか?」


「富江、こんなところで冗談はやめて」


「リカごめん。いやっ、あたいの勘違いかな。はは、柄にもなくびびってるのかもしれねぇ。無駄にびびらしちまったな」


 古ぼけた外観に反して、屋内は誰かに荒らされた様子はなく、人気は無いが整然としていた。地元の都市伝説で有名な『白い家』、好奇心旺盛な小中学生の遊び場になっていてもおかしくはない場所のはずである。


 海岸沿いのシーサイドラインから、ちょっと山道に入った中にぽつんとある白い家。山奥ならいざ知らず、立ち入ることはそれほど難しくはないはずだ。


「富江さん、理桂さん、どうやらここから二階に登れそうですわよ?」


「おう昭ちん、ナイス。それじゃ、お宝さがしに行きますかね」


「確か、鏡があるのは2階って話だったからね」


「足元が腐っているかもしれませんので、スマホのライトで照らしながらゆっくりと登りますわよ」


 3人は、スマホのライトを頼りに、老朽化のせいか、それともあまりにも静かすぎて、音が大きく聞こえるせいか、階段を一段一段登るたびに、みしりみしりと嫌な音がこだます。緊張のせいか、3人は黙りこくりながら階段を登る。3人にとって、時間が引き延ばされたかのように、延々に続くような時間であったが、やがて終わりはくる。


「どうやら、ここが2階みたいだぜ。なんか、たかだか階段登っただけで、100メートル走ったみたいに、すっげー疲れたぜ」


「仕方ないですわ富江さん。スマホのライト照らしながら一歩一歩だったので、私も疲れましたわ」


二階で道なりにあるくと、扉が半開きになっている部屋が見つかった。


「それじゃ、開けるよ」


ぎぃっ……と音をたてて、扉が開く。


「なあ……。普通さぁ、部屋の限って内鍵だよな? 外鍵って、閉鎖病棟とか、そういうところに使われるものじゃね」


「富江さんの言う通り、確かに不気味ですわね……。それに、この扉、何故か異様に重いですわ」


「わり。なんか、あたい、ぶっちゃけ、びびっちまってるみてーだわ。帰らね? もう肝試しには十分だろ。さっきから、膝が笑って止まらねぇ」


「そうね。私も富江の意見に賛成。昭子もいいよね?」


「ええ、私としましても思い出作りには十分過ぎると思っていたところですわ。それでは、おいとましましょうか」


 3人が扉の前で、一連のやりとりの後に、階下に降りようとした時、廊下の下でみしり、みしりと音が聞こえてくる。


「ねぇ……今、下で、何か音がした……よね?」


「誰か、他に肝試しにきた人がいらっしゃったのでしょう……かね?」


「きっ、気のせいじゃねーの。はは」


「そうですわよ、ね……」


 みしりみしりというその音は近づき、今は階段を登るような音に変わっている。ゆっくりと、ゆっくりと階段を登る足音が近づいてくる。今では、足音だけではなくエンジン式チェーンソーの独特な殺意の籠った機械音がこだまする。


「……気のせいじゃねぇな。それに、この音チェーンソーだろ? 話して分かるような奴でもなさそうだ」


「ど……、どうしよう。この部屋、外鍵。中から、鍵を閉められない」


「はは。覚悟を決めるよ……。女は度胸!」


 扉を塞ぐための、遮蔽物を探すために、スマホのライトで部屋の中を照らすとこの部屋の中だけは、他の部屋とは異なり、まるで嵐が通りすがったように荒れていた。


「くっそ……! タンスとか、イスとか全部、ネジで固定されてて動かせねぇ」


「……。万事休すですわ」


 階段を登るみしりみしりという足音は、今は扉の向こうの2階の廊下から聞こえている。彼女たちは部屋の中を探さしても、扉を塞げるようなちょうどのよい家具は見つからなかった。


 というよりも、動かそうとしてもそれぞれの家具が、金具で固定されており、動かすことができないといった方が正しい。逃げ場は、部屋の窓からしかない。窓ガラスの下には、元はこの部屋の主を閉じ込めるための格子だったものが落ちていた。高さは、5メートル程度。


 足場が不安定といえど、飛び降りれない距離ではない。ひたりひたりと、足音は近づき今や、扉のすぐ近く。


「この中で運動部はあたいだけ。あたいが、この扉を押さえているから……あんた達! 先に窓から逃げて!」


 理桂と、昭子はそれでも富江を手伝おうとするが、手を払い早く逃げるように鬼気迫る表情で伝える。二人は格子を外された窓から飛び降りようと窓辺に近寄ると、後方でチェーンソーが振り下ろされた音と、富江の小さい悲鳴が聞こえた。


――二人は、今後ろを振り返ったらだめだと直感で理解した。


 昭子は、部屋の中に侵入した何者かに、強い力で服を捕まれたせいで飛び降りる際にバランスを崩したまま地面に落ち、足首があらぬ方向にへし折れ、膝小僧からは折れた骨が突き出している。


「はは……。私も……もうだめみたい、ですわ。理桂さんだけでも……逃げ……て」


「昭子を残して、私だけ逃げるなんて……!」


「理桂、あなたは逃げるのではないですわ。助けを……、富江さんと、私を助けるために、助けを呼びにいくのですわ。アイツに……追いつかれる前に、早くっ!!」


 その言葉を聞き届けたのを最後に、里佳は、走って雑木林をぬけ海岸通りの道路まで駆けて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る