第5話『きさらぎ駅②』
銀星は伊佐貫の真っ暗闇なトンネルの中を、虚子の操るドローンのライトを頼りにマウンテンバイクで疾走する。ドローンのライトの光量は2万ルーメン。トンネルの中を照らすぶんには十分すぎる光量だ。――そして、しばらくすると前方に光が見え、伊佐貫トンネルの出口がそこであることが分かった。
「トンネルを抜けるとそこは……」
《雪国ではなかった、なの》
「太鼓も錫杖の鈴の音も聞こえない。俺たちは――逃げきれたのか?!」
《かーちん。この状況で死亡フラグ的なセリフは慎むなの》
「俺……この戦いが終わったら、ミームと結婚するんだ」
《///……なの》
もちろん銀星的にはいつもの意味の無いノリツッコミの意味の無い冗談のつもりで言ったのだが、虚子の微妙な反応に、背中がむずがゆくなったような感じがした。
そんなしょうもないやり取りをしていると、向こう側から一台の車が銀星の前に車を止めていた。若干の年季を感じるが、車種はごくいたって普通のコスパの良い車、ホンダのフィットだ。50代くらいに見える親切そうな男が、心配そうな顔をして車から出てくる。
「こんなところでどうされましたか? 道に迷われましたか? この炎天下の中、大変でしたでしょう。私の車で途中までお連れしますよ」
車掌や、駅前の人間と違って表情は豊かで生身の人間のようなリアリティーがあった。
《分かっていると思うけど、かーちんを認識できるという事はこいつも怪異なの》
「で、この怪異はどうする? 撲殺? 殴殺? 絞殺? 刺殺?」
《かーちん、思考が物騒なの。とりあえず、そいつの車に乗るなの》
「知らない人の車には乗っちゃダメだって誰かが言っていたような」
《ボクが一緒だから大丈夫なの。虎穴に侵入ゲットタイガーの精神なの》
「そこの気味、ずっと、独り言を話されているようですが、どうされましたか? こんな所に居たら干からびてしまいますよ。車に乗って公共交通機関のあるところまでお連れします」
「あ、はい。ありがとうございます。では、お言葉に甘えて乗車させていただきます」
銀星は、車に乗る前に虚子の操るドローンをバックパックの中の充電装置にガチリとマウントする。いざという時に、通信が途絶えたらアウトである。親切そうな男の車の中はクーラーがキンキンに冷えていて、快適というより、汗をかいていた銀星にとってはむしろ寒いとすら感じるほどであった。
「こんなところで道に迷ってどうされたんですか?」
「親と喧嘩してマウンテンバイクで家出していたら道に迷いました」
「ははは。家出ですか。私も子供のころにはよくしたものです」
「家出、子供の頃によくしたんですか?」
「はい、私の子供の頃は親も手を焼くくらいのやんちゃで蟹叩きと同じくらい、家出をしてよく親を困らせたものですよ」
「蟹叩、き?」
「ご存じありませんか。蟹叩き? 最近の若い人にはあまり馴染みがないかもしれませんね。ほら、あれですよ返し鬼と同じような遊びですよ」
「はぁ……」
「そうなんですよねぇ……。返し鬼ではいつも山中くんがビリで、毎回、花地獄の刑にあってましたね。あぁ……ちなみに山中くんというのは、私の小学校の頃の級友です」
「その山中くんは今は元気にしているんですか?」
「人の事を山中くんとは何様ですか!? あなた本当に失礼ですね! あなたはいったいなんなんですか、若いからと言って許される事と許されないことがありますよ」
「……すみません」
「良いんです。誰しも間違いはあります。犬も棒に当たれば百叩きという諺もありますし、間違いから学んで人は成長するのです」
「あの……ところで、この山を登ってもバスとか電車とかの公共交通機関があるとはとても思えないんですが?」
「決めつけは良くないですよ! バスや電車が無くても、飛行機や船はあるかもしれないじゃないですか。駄目ですよそんなことじゃ。試す前から可能性を捨てるなんて若いのに情けないですよ。私の若い頃はやんちゃでよく山中くんの手を焼いたものです。めらめらと」
「……滑走路とか、川とかありそうにないんですけど?」
「あー確かに、川中くんはいつも先生のいう事を聞かなかったからカンカン叩きの刑にあってましたね。あれは楽しかったなぁカンカンって。はは。ほら、私も昔は若かったじゃないですか?」
「……」
「どうしたんですか急に黙りこくって。沈黙は金と言いますが、金は半導体などにも使われる非常に有益な物質です。それを駄目じゃないですかそれをふりかけにしてご飯を食べちゃあ。よく焼いたものですカンカンって山中くんを」
徐々に話があらぬ方向に行くので、銀星は助けを求め、両手に抱えているバックパックに顔をうずめて、親切そうな男に、声を聞かれないように充電中のバックパックの中の虚子に向かって話しかける。
「……おい、ミーム、なんかやばそうだぞ……」
《聞こえてるなの。ボクも聞いてるだけで頭がおかしくなりそうなの。とりあえず、適当に話をあわせつつ目的地を聞いてみてなの。怒らせないように気をつけるなの》
何がトリガーとなって怒り出すのかは、銀星にとってもさっぱり見当がつかなかったが、とりあえず極力ぼろが出ないように言葉を発しないように努めた。
「あの、いま向かっている先には何があるんですか?」
「山頂には遊園地があります」
唐突に明快な答えが出たことに銀星は驚きを隠せない。
「遊園地?」
「かわいいおサルさんと会えますよ。以前車から無断下車した梓美さんという方が居たのですがね。結局は今では楽しく遊園地で遊んでいるようです。おサルさんと」
「行ったことあるんですか遊園地?」
「決まっているじゃないですか、もちろんですよ。物まねしていいですか?」
「……? どうぞ」
「次はァ、かたす駅いぃ。かたす駅ぃ。えぐりだし~えぐりだし~。ひきにく~ひきにくぅ~。どうです結構似ているでしょ?」
《かーちん――今すぐバッグを開くなの!》
虚子はバック越しでも声が聞こえるように大声で伝える。
「おう」
《
「応っ!」
銀星の両拳に明らかに殺傷能力が高そうな鉄製のメリケンサックが装着される。銀星はハンドルを握っているその親切そうな男の無防備な顔面を力の限り殴りつける。鼻骨骨折、殴った箇所が露骨に拳状にへこんでいるが、致命打には至らずもう一撃顔面に一撃を食らわせる。
「げだげだげだげだぁ! びぃにぐぅ~あぐぃだじぃ~」
「うおおっ! ちぃぇすとおおおおおおおぉっ!!」
顎部粉砕骨折。顎を支える骨が砕け、かつて口だった物が、だらりとだらしなく垂れ下がる。だが、顔は笑顔のような表情を維持し続けている。銀星は、速度感知のセーフティー用の二重ロックを解除し、ドアノブを掴み走行中の運転席の扉を開き強烈な横蹴りで、『親切そうな男』を車外へ強制下車させた。
《かーちん、運転は任せたの。とにかく下山しつつ光のある方向をこの車で走り続けるなの》
「了解!」
銀星は山頂の遊園地に向かう道をUターンし下山する。下山中に強制下車させた男が立ち上がり路面を塞いでいたので、アクセルを踏み急加速で車ごとぶつけて轢く。衝突の後にボンネットでワンバウンドした後は、ごろごろと回転しながら車の後方へ消え去って行った。
《とってもしぶとい怪異なの》
「やっぱり怪異って、怖いね」
下山した後は、伊佐貫トンネルとは逆方面に車を走らせ、虚子のナビに従いつつ、道なりに車を走らせていたら、途中でまばゆい光に包まれ、そこで銀星は意識を失った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます