第3話 無敵の特攻スキル

 桐生光佑きりゅうこうすけは抱きかかえていた鬼子姫きしきを地面に下ろす。


 魔物の攻撃を避け切れるか光佑は不安だったが鬼子姫が思うより軽かったので、なんとか二人共無傷で窮地を脱することができた。


「ありがとうございます。おかげで命拾いしました」


「う、うん。よかったよ、ぎりぎり間に合ってさ」


 光佑は鬼子姫の顔を見ないでそう口にした。


 想定外といえば軽さだけではなく抱きかかえた女神の身体は神様というにはあまりにも熱っぽく、また柔らかかった。


 人間の女性となんら代わりはないために多少意識してしまうのも詮無きことだった。


「何だお前は」


 魔神のすぐ傍にいる阿久津雅人あくつまさとが光佑に声をかける。


「アイツが俺と同じ転生者ってことか」


「そうです。そしてこの村を襲ってる魔物の元凶でもあります」


 二人の会話を聞いて、阿久津はにやりと笑みを浮かべた。


「お前……転生者なのか。そうか森に偵察用に放った魔物の信号が途絶えたのはお前の仕業だな」


「魔物を止めてくれ! 大勢の村の人たちが危険にさらされてるんだ」


「く、くく、甘ちゃんだな。死んだはずの俺達がなぜ力を持ったのかよく考えろ。これは志半ばで死んだ俺たちへのご褒美なんだよ。今度こそ自分の望みを叶えろってな」


「それじゃあ尚のこと貴方が村の方たちを襲う理由なんかないじゃないですか」


「この世界ではな俺たち人間は疎まれ、蔑まれ、泥を投げられるんだ。たかが頭に耳が生えてないだけでまともに物も売ってもらえやしねえ」


「違うでしょう。あなたの情報をスキルで閲覧しましたがあなたは前の世界でも……」


「何だそんなこともわかんのか。ああそうだどこに行ってもどいつも俺を見下しやがる! だから俺は俺を馬鹿にした連中にこの力で鉄槌を下すと決めた。そして魔物を従え、魔王にでもなってやろう。この世界の連中に恐怖を教えてやるよ」


 全ての魔物を従わせる効果を持つ『魔心掌握』のスキルを持っている阿久津にはこの世界の魔王になることも可能だろう。


「そのために俺は神に選ばれたんだッ!」


 阿久津は両手を広げ、全知全能の神様にでもなったかのように自信満々に咆哮する。


 空気がピりりと張り詰める。今にも阿久津は号令を出して、光佑たちに向けて魔神を繰り出そうとしている。


「来ます、光佑さん。村の人たちを守るためにも戦ってください!」


「でも俺にそんな力は」


「信じてください。あなたはあの魔神にも負けない力を持っています」


 鬼子姫は光佑の頬に手を添えるとにこりと屈託のない笑みを浮かべた。


「大丈夫です、だって貴方はワタシさまが選んだのですから」


 鬼子姫の両足は震えていて、いまだろくに動ける状態ではない。


 眼前には巨大な異界の神。今までの常識をひっくり返す異次元の生物。


 光佑が立ち向かっても負けるかもしれないし、逃げてしまう可能性だって彼女は感じ取っているだろう。


 なんせ紛争や殺し合いのない平和な世界で自分は暮らしていたのだ。


 それでも女神は一切の不安を光佑に感じさせなかった。


 まだ鬼子姫との付き合いは浅い上に何を考えているのかはわからない。


 でも光佑は彼女の言葉を裏切りたくはなかった。


 例え偽りでもこの世界では後悔のないように生きていきたいと思ったのだ。


 拳に力が入る。足が自然に魔神の元へと動いた。


 それを見てか魔神が全身の触手を捻じり合わせ一本の槍を作る。


 そしてその槍は青年に向かって一直線に放たれた。


 常人ではとても避けきれない速度、そも光佑の駆け出した足は魔神に一撃を入れるまで止まらない。


 その様子を鬼子姫は静かに見ていた。


転生者殺しオール・フォー・バン


 それが光佑に与えられた力である。


転生者殺しオール・フォー・バン』はこの世界の住民には何の効果もないものだが相手が異世界人、つまりは人間の場合に限ってその真価を発揮する。


 簡単にいうなれば異世界人だけを対象とした特攻スキルだ。


 それは異世界人の能力に対して絶対的な耐性を誇り、また無類の攻撃性能を得ることを可能にする。


 例え魂まで焼き尽くすほどの業火であろうが大砲が直撃しようともびくともしない盾であろうとそのすべてを凌駕する力をもたらしてくれる。


 そしてそれは異世界人の力が干渉した魔物も例外ではない。


 魔神が作り出した槍は光佑に当たった瞬間、根本からぼきりと折れ曲がった。


「なっ……!」


 阿久津が驚愕の瞳でたったいま魔神の攻撃を無効化した男を見る。


 光佑はほとんど何もしていない。攻撃に対して、ただ手を振り払っただけだ。


 魔神の足元に光佑が滑り込む。


 そして渾身の力を篭めてその足を正拳突きで撃ち抜いた。


 光佑にとってはこんなパンチで大型生物が倒せるとは思ってもいない。


 しかし結果は想像を超えたものだった。


 水風船が破裂したような音とともに魔神の下半身が粉々に吹き飛び、胴体が落ちて来る。


 たった拳一発で光佑は魔神を戦闘不能にしたのだ。


 身動きの取れなくなった赤い瞳に射抜くように見つめられて、光佑は少し不気味だと感じた。


 吹き飛ばした肉片が黒い液体となって魔神の下へと戻っていき、瞬く間に元の姿を取り戻す。


「光佑さん! その魔物は再生能力を持っています」


「っく、しょうがねえ。とっておきだ」


 阿久津がぶつぶつと言葉を紡ぐと巨人の身体が赤く発光し、全身に奇妙な文字のような文様が浮かび上がる。


「俺の魔力でその魔物を強化させた。さっきのとはレベルが違うぜ」


 そして巨人は赤い目を光らした後、自身の怪腕を大砲のように撃ち出した。


 周囲の空気を巻き込み暴風雨とかした拳は振るうだけで周囲の建物を吹き飛ばす威力を誇る。


 光佑は咄嗟に背後に飛んで、回避したが衝撃だけでも人一人など簡単に吹き飛ばすほどの力があった。 


 そして魔人の腕の触れた部分が消失したかのようにぽっかりと穴が空く。


 光佑の全身からあの攻撃に当たっては駄目だと悪寒が走った。


「後ろの女を狙え!」


 阿久津が指示をだすと魔神が標的を鬼子姫に変え、腕で全てを薙ぎ払うように一閃する。


 避ける暇のない大質量の破壊行動に彼女は為すすべもなく巻き込まれ、砂煙が舞った。


「光佑さん!」


 鬼子姫の悲鳴のような叫ぶ声が辺りに響く。


 それもそのはずで光佑は鬼子姫を庇って魔神の攻撃を受け止めていた。


 青年の胸から魔神の消失の力のせいか酸を垂らしたようにじゅわりと煙が昇る。


「大丈夫、結構痛いけどまだ耐えられる」


 眼前には攻撃を撃ち出した直後の無防備な魔神がいる。


 胸に焼けるような熱さを感じたが光佑は構わず息を吐くと胴回し蹴りをくりだした。


 ドスンと鼓膜すら弾けてしまうほどの重い衝撃が村全体を覆う。


 そしてその蹴りは魔神の肉体を一片もなく吹き飛ばしていた。


 吹き飛んだ肉片が黒い雨と化して死んだ者たちへの悲しみを体現するかのように降り注ぐ。


 降りしきる雨に不穏な動きはなく、物体を消失させる力もないようだった。


 今度こそ魔神の再生は止まり、コールタールのような黒い汚泥が往来に流れていった。


「なんだお前は! 何なんだよォ!」


 阿久津は自身の最大の駒を破壊されて、歯を剥いて狼狽えている。


 そして男は咆哮すると、腕に鎧の力か青白い刀身を生やした。


 後先も考えず、光佑に斬りかかる阿久津。


 だが拳一発で剣とともに鎧が粉々に吹き飛んだ。


 全ての使役する魔物を失った阿久津は力なく崩れ落ちる。


「これでもうあいつは何もできない」


「前の世界で空手でも習ってたんですか?」


「うん、通信空手だけど」


「よくやってくれました。やっぱり貴方はワタシさまの見込み通りでしたね。後はワタシさまの番です」


 ゆっくりと優雅に鬼子姫は阿久津の前に立つ。


「待ってくれ! 頼む俺はもう二度と死にたくないんだ。だから──」


 鬼子姫は転生者の口を指を立てて、塞いだ。


 そしてニコリと他の人が見たら聖女のように思えるほどの柔らかな笑みを浮かべた後、線を描くようにその指を走らせた。


 一陣の風が吹き、ポトリと阿久津の首が転がる。


 物言わぬ肉塊となった身体はどさりと音をたてて崩れ落ちた。


「な!? 何をしてるんだ!」


「何をって駆除ですよ。この世界の邪魔者を排除しただけのことです」


「だからって……!」


「人殺しは嫌なんでしょう。だから光佑さんができないというなら代わりにやるだけですよ」


「君は」


「私はこの世界の転生者を排除します、一人残らず」


 鬼子姫の顔に飛び散った血がまるで赤い涙を流しているかのように滴り落ちる。


 そこに女神としての姿はなく、光佑は自分が悪魔と組んでしまったのかと思うほどだった。





 阿久津雅人、死亡。

 ──残る転生者八十七人。

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