不思議な鍵

tada

不思議な鍵

 高校二年の夏、人生に疲れきった私は、近所で一番高いビルの屋上から飛び降りようと決意した。

 飛び降りて当然と言わんばかりに、当たり前のように階段を登っていく。もちろん内心は不安だけれど、そんな不安よりも人生のつまらなさの方が勝っています。

 そしてビルの扉を開け一歩踏み出し、勢いよく吹いている風に歯向いながら進んでいき、フェンスに手をかけました。

 けれど飛び降りる寸前一人の女性が声をかけてきた。その女性は麦わらぼうしに白いワンピースを着ていてとても綺麗な黒髪ロングの女性だった。

 彼女の綺麗な黒髪は風に吹かれながらも揺れてはいないです。

「どうして飛び降りようとなんてするの?」

 女性は今にも飛び降りようとしている私に優しく声をかけてくれた。

「人生に疲れてしまって」

「そう。人生にね。私もそうだったから分かるわその気持ち、けどねどれだけ死にたくても死ぬのだけはしない方がいい、それだけは言えるわ」

 そう言い終わった彼女は優しく微笑んでから、数メートルは離れている距離にいたはずなのに一瞬にして私に物が手渡しできるぐらいの距離まで、近づくと優しく囁いた。

「この鍵をあげるわ」

 そう言って私の手のひらの上に一つの小さな鍵がポツンと落ちた。

 普通の一般家庭が使うようなごく普通鍵でした。

 私は鍵について当然質問をする。

「これは?」

「この鍵? この鍵であなたの部屋の鍵を閉めるとあなたが、心の底から部屋を出たいと思わない限りは、絶対に鍵が開かないようにする鍵よ」

 彼女は迷うことなく今回もまるで優しい教師のように教えてくれた彼女は、もう居なくなっていた。

 数秒前までは確かにいたのに。

 確かに存在はしていたし、私も触れ合ってはいた。

 けれど今思うと彼女⋯⋯どこか人間って感じがしなかった気がする。


 それから私はビルを降りた。これはビルから飛び降り自殺をしようとしての降りたではなく、ちゃんと階段を降ったという意味です。

 何故か先ほどまで感じていた今すぐに死にたいという気持ちが、どこか遠くの方に吸い込まれてしまったような気がします。まぁ多分気のせいです。

 それから階段を降っている時に気づいたのですけど、屋上で彼女から渡された鍵はちゃんと存在していてむしろプラスで、紙が一枚付いていました。

 その紙には大雑把ではあるけど、この鍵を使う方法使った場合の注意点、それから使った後の部屋でできることなどその他諸々のことが書いてありました。

 大事な部分だけ説明しておくと、鍵を使った場合──外と中の時間は止まる、そして鍵を使った後の部屋の中では、空想上のもの以外なら基本的になんでも出せる。

 こんなことが大雑把に書いてありました。

 この段階で大分嘘くさい匂いが凄いけれど私は、見てしまいました。突然消えてしまった彼女の姿を──


 まぁどうせ人生に疲れきっていた身ですし、たとえどんなことになろうとたとえ死ぬことになろうと私は、一向に構わないので物は試し精神で家に帰り、自分の部屋に入り渡された鍵で部屋の鍵を閉めました。

 そして試しにドアを開けようとしてみると、全く開く気配がありません。ドアを叩いてもドアを蹴っても全く開く気配がありません。

 まるで何重にも硬い壁が並べられているように、一枚砕いても直ぐにもう一枚壁が出てくる。

 この繰り返し。

「ハハ、ハハハ⋯⋯」

 薄い笑いが出てきます。

 正直怖いです。実質密室の部屋に自分一人で入ってしまって怖くないわけがないです。

 どれだけ人生に疲れきっていようと怖いものは、怖いのです。

 ただどこかで嬉しがっている私もいます。

 これでもう人と接しなくていい。

 これでもう学校に行かなくていい。

 これでもうお金のことを考えなくていい。

 なによりこれで親に迷惑をかけずにすむ。

 そう思いました。


 引きこもり一日目。

 私はとりあえず食べ物と飲み物に困りました。当然です人間は飲み物と食べものがなくちゃ生きていけません。これは誰もが知っていることです。

 なので私はまず大好きなお茶をくださいと、誰に願うわけでもなく頭に浮かべました。

 気づくと目の前にはお茶が出されていました。

 それも私が想像した通りのお茶です。私は想像したものを創造することができるようになったのかもしれません。

 驚きです。冗談半分で読んでたあの紙が本当だとは、私は冷や汗を拭いながら次に私は大好きなカレーを頭に浮かべました。

 するとまたしても目の前にカレーが、出てきました。

 今回も想像通りのものでした。

 こんな便利な部屋なら一生暮らせそうです。


 一週間後

「あ〜暇!」

 部屋にあったものは全て遊び終わり、この時間が止まった部屋ではテレビも映らないらしく私は、とても暇になってしまいました。

 当然部屋からも出られません。

「こんなことになるならもっと色々買っておけばよかった」

 そんななんとなく呟いた言葉で、私はある思いつきをしました。

「そうだ。暇なら娯楽を出して貰えばいいじゃん」

 逆になんでこんなことも思い浮かばなかったのか、そんな自分を恥じつつ私は漫画を思い浮かべます。

 するとやっぱり漫画は私の目の前に出てきてくれました。

 それから色々試しましたが、今まで私がいた時間軸までの娯楽系統は、出てきますが(私が知っているものに限り)それ以上の時間軸になると出てこなくなります。

 例えば漫画の続きとか、発売前のゲームとかそんな感じです。

 けれどそんなことを気にせずとも、これでしばらくは生きていける気がします。


 一年後

 私は、思い当たる漫画も全て読み終え、思い当たる娯楽も全てやり尽くし、この部屋の条件にゴミとみなされないものは、部屋から消えないという条件のせいで、部屋もキツキツ。

 もちろんまだまだ読んでいない漫画ややり終わっていないゲームなどもありますけど、結局は飽きがきてしまいました。

 一年前は、時間が無くてそれすらも人生に疲れる原因になっていたのに今は、逆に時間がありすぎて困り始めていました。

 そしてまたも暇になったので、私は最後の手段として人間を呼び出そうと決めました。

 それも知らない人じゃなく(単に私が知らない人と話すのなんて無理)友達を──頭の中に浮かべ──られません私友達がいないです。

 友達は、空想上のものでした。

 またしても暇になりました。

 かといってどれだけ暇でも家族を巻き込みたくは、ありません。

 なので我慢します。

 部屋から出たいと思うその日まで。


 そして十数年後

「話したい話したい。人と話がしたい。でも家族は巻き込めない!」

 私は十数年誰とも話していません。もちろんそれは私だけ外の世界では、一秒も動いてはいないはずです。

 こんなにいい待遇なんでも出せて人と話さなくても何不自由なく暮らせるここでさえ、やはり人は必要なのだと私は感じています。

 だって私あれだけ人生に疲れきっていたのに今は、人と話したくて話したくてしょうがないですもん。

 だからこそこんな状態の私は、とうとう決めました。

 部屋から出て友達を作ろうと、部屋を出てたくさん人と話そうと、もっとたくさん家族を頼ろうと。

 ドアの前に立ち私は、部屋をでます。

 ドアの向こうはただの廊下のはずなのに、私にはキラキラに輝いたとても綺麗な楽園に見えました。

 それは私にとっては、今まで見てきた暗い世界ではなく、綺麗な明るい不思議な世界でした。


 そして私は駆け出しました。

 あのビルへ。

 鍵をくれた彼女にお礼を言おうと。


 ビルに着くとそこには──十数年前の彼女ではなく別の人女の子が、飛び降りようとしていました。

 その子に私は、声をかけます。



「どうして飛び降りようとなんてするの?」


 そして私は、この不思議な不思議な鍵を彼女に渡すのでした。

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