独白

See you tomorrow.①

 午前六時のアラームで目を覚ました私は、何かに憑かれたように支度を始めた。


きっちりとアイロン掛けされたシャツに袖を通し、後れ毛一本無いよう髪を纏め、鏡に映した私の姿は、とても歪んでいると思った。


 定時を待ち、家を出る。目的地は近所で一番広い土地を持つお屋敷。私は其処の雇われ家政婦を続けて二年になる。


 大奥様は早起きで、私が訪ねるといつも玄関で出迎えてくれる。私のを含め家政婦は四人いるが、交代で休みを取っているため、常に二人か三人で夜遅くまで業務を行う。昼と夕方には大奥様と家政婦皆で一緒に食事する。


 大奥様には家族がいない。いつまでも大きな屋敷にひとりで住まうのは、私たちを招くためでもあるのだろう。旦那と娘夫婦に先立たれた大奥様は、私を「有紀ちゃん、有紀ちゃん」と娘のように慕ってくれる。


 大奥様は、正確には一人住まいではない。この屋敷には、大奥様の孫にあたる青年がいる。名を邦宏という。大奥様が彼の部屋に近寄らなくなってからも、二年経つ。


すべては二年前に始まり、終わったのだ。


「失礼します」


 軽く扉を叩き、声を待ってから部屋に入る。大きな窓から暖かな光の差し込む、僅かな家具と大きなベッドしか置かれていない殺風景な部屋だった。


 ベッドの上で本を読んでいた邦宏が、私を横目で見た。


「……新しい家政婦さん?」


「東有紀と申します」


 私は軽く会釈をして名乗った。胸がちくりと痛んだ。


「洗濯の済んだ洋服をこちらに入れておきますね」


「ああ、ありがとう。ねぇ、この本、起きたら枕元にあったんだけど、誰のだろう」


 手にした本を指して邦宏が言った。既に半分ほど読み進めているようだ。


「私が置きました。お気に召しましたか?」


「うん、面白いよ。僕、こういう王道なファンタジーが好きなんだ」


 二十歳にもなる男が目を輝かせている様を見て、私は複雑な思いで唇を噛んだ。


「すぐ朝食をお持ちしますね」


「僕、フレンチトーストが食べたいな」


「……かしこまりました」


 一度部屋を後にした私は、台所に用意しておいた食事を取りに行き、また邦宏の部屋に戻ってきた。


「わぁ、早いね。もしかしてキミ、凄腕の家政婦さんなのかな」


 当たり前だ。邦宏の朝食は毎日フレンチトースト。今日も昨日も一昨日も、私が作った。


「ありがとうございます」


「うん、とても美味しい。これなら毎日食べたいな」


 邦宏はいつも通りの感想を零す。今日は特別に産地から取り寄せたメープルシロップとバニラアイスを添えたのだ。せめて、昨日と比べてどうだったとか、どんな付け合わせが一番美味しかったとか、そういった感想が聞きたいのに。


 叶わない。


「ねぇ、明日も作ってよ」


「承知しました。それでは失礼します」


「うん、また明日ね」


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