いつでもいっしょ②

 そして、二ヶ月が経った。


 滝見に誘われて、飲み屋をハシゴした帰り道。俺は道中何度も違和感を覚えた。

 背後に視線を感じるのだ。


 酒に酔っている所為かとも考えたが、そもそも俺は意識がどうにかなる程飲んじゃいない。延々と滝見の愚痴に付き合わされていただけだ。


 何度も後ろを振り返りながら歩いていると、遂に俺をずっとつけ回していただろう人影を確認できた。俺は一度立ち止まり、一呼吸すると、一気に駆け出した。


 人影を撒くよう回り道をしながらの全力疾走。五分で家に着く。乱れた息を整えながら、ドアを開けて中に入った。鞄をベッドの上に投げ捨て、上着を脱ごうとしたところで、俺は気付いた。


「(鍵、開いてた)」


 気付いてしまった。


「おかえりなさい」


 俺は戦慄した。誰もいないはずの部屋に、女の声がしたのだ。次の瞬間、脱衣場のカーテンが開いた。出てきたのは、黒く長い髪に黒いトレンチコートを羽織った女。


「走って逃げちゃうんだもの。先回りして帰ってきたのよ」


 にたりと笑う彼女の顔に見覚えがあった。


「ショップの……」


 ケータイを買い換えに行ったあの日、長時間掛けて使い方を教えてくれた店員が、どういう理由か俺の部屋に居て、俺の顔を見ながら気味の悪い笑みを貼り付けている。


「真嶋くんは一人暮らしなのよね。毎日帰り時間がバラバラだけど、駅前から歩いてくるルートはいつも同じなのね。大学は二駅先で、アルバイトしてるビデオ屋さんもその近く。お友達の家も駅周辺なの? ああでも、今日は色々寄り道したのよね。私待ちくたびれちゃったわ」


 早口でまくし立てる女。この人は何を言っているのだろう。


「昨日レンタルの支払い、ケータイでしてたわよね。使いこなせるようになってくれて私も嬉しいわ。ねぇ、またエッチなビデオ借りたの? もう観た?」


 口の中がカラカラに乾燥して、やっとの思いでひり出された声は、


「なんで、だよ」


「なんで? ああ、どうして私が真嶋くんのことを知ってるかってことね。それは、あなたが私の目を持ち歩いているからよ」


「目……?」


 女の唇が弧を描いた。


「真嶋くんのスマートフォン、最近開発された『恋人追跡アプリ』が入ってるの」


 女が俺のポケットに手を入れ弄ってくる。俺は動くことができなかった。


「ほら、これよ」


 女が手にした端末を俺の顔の前で指した。見慣れた待ち受け画面、その端にある、これまた見慣れたアイコン。セキュリティーソフトだから入れておくだけでいい、と説明され、そのままにしておいたアプリだった。


「これが入っている端末の利用履歴や現在位置を、別の端末から見ることができるの。私は、真嶋くんを、ずっと見ていたのよ」


 何が何だかわからない。


「初めはモニターとして、厳選なる抽選の結果、真嶋くんが選ばれたのだけど……ずっと監視しているとね、だんだん、こんな興奮することないって、思ったの。一人の人間が、何処へ行って、何を買って、誰と電話して、暇な時インターネットで何を見てるかとか、全部知ることができるの。全部、私の手のひらで!」


 ひとつ、わかったことがある。


「私、真嶋くんが大好きよ。友達の誘いを断れないお人好しなところも、辞書アプリで勉強する真面目なところも、制服の女の子のビデオばかり借りる変態なところも、全部、全部」


 これは。


「これからもずっと一緒よ」



 地獄の始まりだ。



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