歪 ―いびつ―

渉志

いつでもいっしょ

いつでもいっしょ①

 これを不幸と呼ばずに何と呼ぼう。濁った水溜まりに映る歪んだ自分の顔を見ながら、俺は呆然としていた。手にはしっとりと水分を含んだ携帯電話。呼び出し音が鳴ったので、急いで通話に出ようとポケットから引き抜いた瞬間、手から滑り落ちたそいつは無惨にも水溜まりに飛び込んだのだった。


「電源入らねぇし……あーあ」


 3年間俺と行動を共にした、言わば相棒のような奴だった。赤いボディに黒の耐衝撃ゴムのついた頑丈仕様にも関わらず、少し古い型なため防水機能は付いていない。うんともすんとも言わなくなった相棒は、ただひんやりと物質感を与えるだけだった。


「……やべ、遅刻する」


 俺は自分が大学に向かっている最中だと思い出した。案外冷静だった。視界が霞んだのも何かの間違いだと、そういうことにしておこう。



「おーっす、真嶋ぁ、さっき電話したのに何で出ねぇんだよ」


 教室に入るなり声を掛けてきたのは同じ学部の滝見という男で、大学でそこそこ仲良くしている奴だ。


「悪い、ケータイ壊れた」


「ハァ? 何でだよ」


 何でかって、俺も聞きたい。


「で、どーすんの。新しいの買うの」


「買うしかねぇよな」


「じゃあお前も遂にスマホデビューか」


 滝見がにやにやしながら言ってくる。型落ち機種を修理してまで使うような、物を大切にする心みたいなものは持ち合わせていないが、それでも些か寂しい気がする。


「でもまぁ、仕方ねぇか」


 俺も、最近流行りのスマートフォンとやらに少しは興味がある。しかし、パソコンすらちんぷんかんぷんな機械オンチの俺がそんな交渉な代物を使いこなせるとは到底思えない。


「とりあえず今日ショップ行ってこいよな。俺バイトだから付き合えねぇけど」


「……おう」


 そんなこんなで、俺は授業終わりに近くのケータイショップに寄った。そこにいた美人店員が懇切丁寧に説明してくれたお陰で、俺はスマートフォンデビューを果たすことができたのだった。アプリやら何やらはまだ良く解らないが、通話とメールの送受信、インターネットで動画サイトを呼び起こす操作はマスターしたので、不便は一切感じない。あとは使いながら徐々に覚えていけば良いだろう。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る