第2話 委員会決め
「自分の顔くらい鏡で確認しろ。けっこー目つき悪いぞ」
登校し校舎に入ってすぐのところで、僕はクラスの担任である大沼先生と会話をしていた。
くわあとあくびをし、眠そうな目で僕と向かい合う大沼先生からはだらしないオーラが漂っている。これでも妻子持ちだというのだから世の中見た目で判断してはいけない。
それはさておき、なぜ朝からパッとしないおっさんにディスられているのかといえば、昨日のチンピラの件について僕が質問をしたからだった。
「珍しく話しかけてきたかと思えばなんだ、『僕って愛想悪いですか?』って。んなもん俺に聞くな」
チンピラから中学生を助けた云々には触れずに、気になって聞いたのだが、思ってたより冷たい反応でちょっとだけ傷つく……。
先生はそばを通り挨拶をしてくる生徒に空いている片手をあげて応じる。
まあ確かに、鏡なんていつの間にか見なくはなったな……。中学のときはちょくちょく確認する癖がついていたが、治ってよかった。
無意識に見ないようにしているのかもしれないけど。
「ははっ、鏡は自分に自信があるやつが見るものなんで。しばらく見ないうちに成長したなあ、僕の顔」
「いやどちらかというと退化だろ。どういう理屈だ」
軽口を言うも、先生はその重たそうな瞳で僕をじっと見た。
先生には去年からお世話になっているが、たまにこういう顔をすることがある。やめろやめろ。
「いや、まあ、それだけ聞きたかったんで。あざした」
「そうか」
気まずく感じこの場から逃れようとする。先生はそれを止めることなく、先ほどのだらしない顔に戻り「んじゃな」と歩き出した。
なんだか自分の深層を見られているようで毎度居心地悪いんだよな……。
僕は階段を上り教室に向かう。
大沼先生は、僕がこの学校で会話をする唯一の人だ。
お父さんの友人という繋がりで、いろいろ悩んでた中学三年生の僕に手を差し伸べてくれた、いわば恩人である。
あの人が恩人てのも認めたくはないけれど。
もしかしたら、先生は俺をずっと心配しているのかもしれない。
あの、なにかを見透かすような視線もただの温かいまなざしなのかも。
そう考えるとなんだ……。先生に似合わなくて、少し気持ちが悪い。
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新しいクラスになり三日目だが、すでに周りのやつらは自分のグループを見つけそれぞれで談笑していた。
今日一日も穏やかに過ぎ、次が最後の授業である。
僕は窓際一番後ろの特等席に着き、その様子をぼんやりと眺めていた。
一年のころから思っているが、ドラマやらアイドルやらアーティストやら、よくもまあ同じような話題を毎回毎回できるよな……。
実は僕がタイムリープしているのでは? なんて思ってしまう。
そうしていつの間にか「僕だけが異能に目覚め世界を救う」妄想をはかどらせていると、ガラガラと教室の扉を開け大沼先生が入ってきた。
「おい席につけ~、今日は委員会を決める」
ざわざわと今度はその話題で騒がしくなるクラスメイトたち。
誰々と一緒に~、あの子と同じ委員会に~、なんて会話が聞こえるなか、はじめに決めるのは学級委員だった。
委員会決めは基本挙手制。手を挙げる人がいなければクラスで推薦して決める。
学級委員は男女ひとりずつ選ばれるけれど、いわばクラスの顔である。
これに挙手するのは内申点や肩書きが欲しいやつだろうが、たいていクラスのイケメン、美女、人気者が選ばれるってものだ。
案の定真っ先に手を挙げたのはクラスで一番のイケメンで、挙手した瞬間に賛成の声や拍手が聞こえてきた。
大沼先生はそれを確認し教室の扉近くに移動した後、イケメン君を教壇に呼ぶ。
司会進行を任せるためだろう。
イケメン君は穏やかな笑みを受けべながらそこに向かった。
すると次は女子だが……。
みんな考えていることは同じなのか、ひとりの少女に目がいっていた。
窓際に差す光によって、彼女のベリーショートの黒髪が艶やかに煌めいている。
じっと黒板を見つめる横顔は凛としていて、それでいてどこか儚げな印象を受ける。
そんな彼女――
綾瀬葵愛といえば二年生で知らない人はいないだろう。
僕も噂程度のことしか耳にしたことはないが、一年時に学級委員を務め、刃物のような鋭い言葉でクラスをまとめあげたとかなんとか。何人か泣かせたとも聞く。
綾瀬とはクラスが違ったため真相は分からないが、僕の隣の席の男子がめちゃくちゃに震えあがっているのを見るに噂は本当かもしれないな。
そんな彼女の冷たさ(怖さ)から、一部では“お化け”だなんて呼ばれているそうだ。
どんだけこええんだよ。
てなわけで、必然綾瀬に注目しちゃうわけだが……手を挙げない。
唾を飲み込む音が聞こえてきそうなくらいクラスは静まっている。
「ええと、誰か立候補はいるかな……?」
「あ、じゃあ、私やるよ」
しかしクラスの緊迫した空気感を察し口を開いたイケメン君に応じる形で、別の女子が名乗り出た。
一気に弛緩した空気がクラスに漂う。
ちらりと綾瀬を見やるも、彼女は表情を変えずに前を見ているだけだった。
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あらどうしましょう!
着々と決まっていく委員会!
残りは最後の一つ図書委員!
僕は去年同様図書委員に立候補するつもりでずっと待機していたけど、なんということでしょう!
黒板に僕と綾瀬の名前だけありません!
つまりどういうことでしょうか?
「んじゃあ、図書委員は残ってる綾瀬さんと倉持くんだね」
……おいおいまじか。
ここが僕の家だったら問答無用で叫んでたところだよ?
ねえねえなんでクラスメイトはこれで決まったな~みたいな安心した表情でうなずいてるの?
僕がキメられる未来が見えるんだけど……。
正気か? なんか間違ってない? てきな表情で綾瀬の後ろ姿と黒板をきょろきょろするも、覆りそうになかった。
――ふと。
視界の端にうつった大沼先生に視線が移る。
すると目が合い、先生はニヤッと口元を歪め、口パクでこう言った。
『が、ん、ば』
果たして、僕のぼっちは守られるのだろうか……。
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