第一章 プロローグ
第1話 ラブコメは始まらない
まさか現実でこんな場面に遭遇するなんて……。
僕、
四月上旬。時刻は十九時を回ったところだろうか。季節の移ろいに合わせ日が落ちるのがだんだんと遅くなってきているが、この時間はもう暗い。
まして人通りの少ない道だからか、目の前の光景をなんとかしようとする人はいない。つまり見ているのは僕だけだ。
「ねえねえ、ちょっとだけ遊ぼうぜ?」
「ちょっとだけ、ちょっとだけだからさ」
「あ、あの……その……」
二人の男が少女に声をかけている。まさか道を尋ねているわけではあるまい。
男たちは髪形も制服の着こなしもチャラチャラしたもので、女の子のほうは委縮した様子で二人から顔を逸らしているように見える。
そう。
僕は『ヤンキーが女子を誘っている』現場に遭遇してしまったのだった。
「まじか……」
このご時世、こんなのが本当にあるんだな、と僕はめまいを覚えてしまう。肌寒いのは春先だからだと思いたい。
さあ、どうしよう。
正直に言えば、ラブコメの主人公よろしく彼女を助け――たくはなかった。
いや、助けてあげたい気持ちはあるのだが、僕が行動を起こしたくない。
僕は人とあまり関わりたくないのだ。
独りを愛し、ぼっちとして生きると決めた僕は、こんなところで面倒ごとに巻き込まれるわけにはいかない。余計な縁を作るわけにはいかない。
まさかヤンキーから助けてあげたくらいで、惚れられたりなんだり関係が進展していくだなんて展開はないとは思うけれど。
それこそ、漫画じゃあるまいし。
だけれど、しかし――助けてあげたい気持ちもまた事実。
声を上げても誰かが助けにくることはないだろう。一年間通ってきた道だから分かる。
どうするか。
一瞬考えたのち――僕は助けに行こうと決めた。
よくと彼女の格好を見れば中学校の制服だったからだ。高校生の僕が女子中学生と今後関わり合うなんてのは考えにくい。
漫画のような助け方をすることになるが、できる限りこの場だけの関係になるように努めれば大丈夫だろう(男たちは高校生のようだが、同じ高校じゃなくてよかった)。
結構な思考の遠回りをしてしまったけれど、僕は三人の元へ向かう。
「ああ?」「なんのようだ?」
近づいたところで男たちに睨まれた。まじヤンキー。さまになってるな……。
「あはは、すいません、うちの妹がご迷惑おかけしました~」
努めて朗らかに僕は言い、びくびくしている彼女の手を握る。
彼女がこっちを見たので、アイコンタクトとしてウインクをした。
ちなみに彼氏ではなく兄という設定。
「おいおいおい」
「逃がすと思うか?」
より一層凄んでくる男たち。
簡単にはかえしてくれないか……。
ほんとにラブコメのプロローグみたいなシチュエーションだな……。
あまり手は出したくないが、仕方ない。
そう思い僕は構え――
「きゃああああああ――――ッ‼」
「えっ」「えっ」「えっ」
…………彼女は大声をあげて走り去ってしまった。
そんな彼女を呆然と見送る僕(と二人)。
いやそりゃあ、彼女からしたら僕も見知らぬ高校生かもしれないけどさ……。
アイコンタクトが伝わらなかったのか、彼らのように僕の愛想も良くなかったのか。
悪くはないと思うんだけどなあ。
「おい」
と、はっとなった男たちがこちらを振り向く。
殺気がすごい。
もとから逆立つように固められた髪がますます燃えるように伸びていた。
「お前のせいで逃げられたじゃねえか!」
「よくもやってくれたなあ!」
声を荒げながら僕に怒りを向け、そのまま襲い掛かって――
「く、お、覚えてろよ~!」「ちくしょ――!」
と、中学で習った柔道の技であっさりとやられ、チンピラのごとく逃げ出したのだった。
いや弱すぎだろ。喧嘩売るならもう少し鍛えておけよな。
そんなにあの女の子とお近づきになりたかったのか……。
女子に絡もうとしてあんな結末になった彼らのことを思うと、あれだな。
やっぱりぼっちが一番だわ。
……。
男たちも去り、誰もいなくなったところで独り佇む僕。
いや独りはいいんだけど。
う~ん。
世の中、漫画のようにうまくはいかないんだなあ、と逃げた彼女を思い浮かべつつ僕はしみじみ思った。
今更だが、スマホで警察呼べば良かったのでは。
てか彼女も、声出して逃げれるなら最初からそうしてくれ。
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よくよく考えてみれば、結果的にはうまくいったような気がする。
彼女はヤンキーから逃れ、僕も大して彼女と関わることなくあの場をとりなした(?)のだから。
空回りはしたが、あのまま彼女を見捨て、寝心地が悪くなるよりはマシだ。
そう思うことにして比較的軽やかな足取りで帰路につく。
「あの~……」
「うおぁっ」
夕食の献立なんかを考えながら少し進んだところで、電信柱からひょこっと少女が現れた。
というか、さっきの彼女だった。
僕は驚きを誤魔化すように咳払いし、
「あ、さっきの……大丈夫でしたか?」
と、いちおう心配してみる。
すると彼女は頬を赤らめ、
「はい……。すみません、先ほどはびっくりしてしまって……、逃げてから、本当は助けに来てくださったのかと気づきまして……」
本当にありがとうございました! と彼女は勢いよく頭を下げた。
あの現場からはあまり距離は離れていないが、まさかわざわざ待っていたのか。
最近の中学生って律儀なんだな、と大して年の離れていない高校生の僕は感心していると、彼女はもじもじと言葉を続けてようとしていた。
街頭のそばということもあり、彼女の頬の赤がよく見え、可愛らしい。
「あの、よろしければ……」
彼女は肩まである黒髪を耳にかける仕草をする。耳まで真っ赤に染めていた。
「お名前と連絡先を――」
「あ、用事があるので失礼します」
「え、あっ……!」
僕は早足でその場を去った。
あぶねえあぶねえ。油断してた。
このまま僕と彼女のラブコメディが開幕するところだった。
肌寒い初春の夜を、冷や汗を垂らしながらそそくさと歩く。
名前も知らない彼女との出会いをもったいないという人もいるかもしれない。
彼女の方も少女漫画のような運命を感じてしまったのかもしれない。
でも僕は、ぼっちで生きると決めたんだ。
独り最強、ぼっち最高。
他人への気遣いがいらない時間は自分の人生を豊かにする。
プライベートでは自分の好きなことに時間を使い、学校ではめんどくさい人間関係にとらわれることなく、心にゆとりを持てる。
ぼっちは自分を救うのである。
あの子には申し訳ないが、僕のヒロインになることはない。この物語は僕のぼっちな青春の物語なのだから。
もうすぐ自宅にたどりつく。
さて、夕食は何にしよっかな。
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