第32話 あらやだ! それならヨシエさんにお任せあれ!

「うそ……。コウちゃん、海外……?」


 せっかく淹れたコーヒーに口を付けることもなく、画面を見つめている私に、ヨシエさんが「どうしたの、みくちゃん?」と声をかけてくる。


 待って待って待って。

 海外? 海外ってマジで?

 それテレビとかでよく見るやつじゃん?

 何かこう、年単位で行くやつじゃん?

 そんで、向こうでナイスなバディの嫁さん捕まえてくる感じじゃん?


 終わった。


 いや別に、私達、別れてる状態だしね?

 私が勝手に盛り上がってただけでね?


「みくちゃん? みーくーちゃん?」

「何ですか、ヨシエさん」

「何ですかじゃないわよ。コーヒー、冷めちゃうわよ?」

「良いんですよ、別に」

「あらっ、何なの。さっきまであんなにご機嫌だったのに」

「そんなにご機嫌でもないです」

「そうだっけ?」


 首を傾げて、ぶっ、と一発。

 何なの、どういう仕組みなわけ? スイッチ? その首スイッチなの? 臭いんですけど。


「みくちゃん、何か辛いことがあるんなら、このヨシエさんに話してみなさいな」

「いや、ヨシエさんに話したって」

「恋愛でしょ?」

「え? いや、まぁ、そう……ですけど……」


 こんなアラ還(アラウンド還暦)のおばさんに話したところで何がどうなるわけでもないし。上手いこと良い旦那さん見つけてお子さんも立派に成人してるヨシエさんに、何がわかるって言うのよ。


「大丈夫よ、みくちゃん」


 だけど、ヨシエさんはその豊満な胸を、ばいん、と叩くのだ。むちむちの赤ちゃんみたいな手で、胸なのか腹なのかわからない、とにかくてっぷりとしたお肉をばいんばいんと揺らしている。


 それが何だか頼もしく見えてしまったのはなぜだろう。


 母親みたいに見えたから? いやまぁこの人(人?)は一応リアル誰かの『母』ではあるわけだけど。


「ちょっと待ってて、いま良いもの持ってくるから!」

「良いもの、ですか?」

「そ。とっておきのやつ」

「何ですか? 何かちょっと怖いような……」


 と私が少々怯んでいるうちに、ヨシエさんはさっと立ち上がり、てっぷてっぷとテーブルの端へと歩いて行った。そして、くるりと私の方を向いた。


「お見合い写真よ! 大丈夫! こう見えてもあたし、いままで30組くらいくっつけてきてるから! ちょうどみくちゃんにぴったりのがあるから!」

「は? え? ちょ待っ――」


 待って。ガチでいらない!


 そう言う前に、ヨシエさんはビッと親指を立てたまま、ふ、と消えた。



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