第20話 いやはや、あまり大きな声では言えませんが。

「えっと、その……」

「はい」


 目の前には、だらだら流れる汗をハンカチで拭き拭きしている『THEおっさん』。


 ヨシエさんの旦那さんだ。


 時刻は現在20時。

 ヨシエさんが帰ってこないので、心配になって迎えに来たのだという。まだ20時じゃん、と思ったが、どうやら、の方では21時らしい。いや、それにしても21時じゃん。


 ヨシエさんがウチのTVでドラマが見たいとごねたので、それが終わるまでの間、私のビールを少し分けて2人で飲んでいる。


 無言で飲むのもということで、何か話でもと思ったけど、よくよく考えたら30も年の離れたおっさんと語り合えるような話題もない。あるとすれば――、


「素敵ねぇ、マサハル……」


 そう、ヨシエさんのこと。

 ていうか、旦那の前で他の男褒めるなよ。


「あの、ぶっちゃけ聞いちゃいますけど、ヨシエさんのどこが良くて結婚したんですか?」

 

 と酒の勢いで聞き、現在に至るというわけだ。


 旦那さんは、トドのような妻をちらちらと見、だらだら流れる汗を拭き拭きしているのである。何か弱みでも握られてんのかこの人。


「あの、家内は料理が上手くて……」

「胃袋を掴まれた、と?」

「はい……」


 意外!! 

 だってヨシエさん、料理苦手って言ってたじゃん!


「特に中華が絶品でして。店で食べるような……」

「……ええ!?」


 いやいや、旦那さんの舌が馬鹿とかじゃなくて?


「それに手際も良くて、あっという間に何品も……」


 うっそ、そんなレベル?


 信じがたい……と思いながらトドのような後ろ姿を睨み付けていると――、


 ヨシエさんがむくり、と起き上がった。どうやらCMらしい。トイレにでも行くのだろう。しかしヨシエさんはその場から動かず、そのCMをじーっと見ている。そして、よし、と小さく頷く。


「お父さん、明日中華にしましょ。回鍋肉とか、青椒肉絲とか」


 そして、トイレートイレー、と歩いていく。

 旦那さんは「わかった」とちょっと嬉しそう。


 でも。


 そのCM、『cookクック good!グー』じゃん!

 切って混ぜるだけのやつじゃん!


 旦那さん! あなた、騙されてますよ!

 それ、ヨシエさんが上手いとかじゃないから!!


 しかし、何も言うまい。何せ私はそれすらも出来ないのだから。


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