第16話 あらやだ! あたしがいないと、ダメねぇ~!

「お母さーん」


 そんな声が聞こえる。

 何だ何だ、近所の子どもか。

 何時よ、いま。うっわ6時?


 ふざけんなよ近所のガキ。

 たー君だかあっ君だか覚えてないが、私の眠りを妨げるやつは一律『ガキ』呼ばわりだ。ちくしょう。今日は遅番なんだからゆっくり寝かせてよ。


「お母さーん、どこー?」


 窓開けてたっけ、結構声が近い。

 それに何だか、ぺたぺたぺたって歩く音まで聞こえてくる。


 昨日の夜、ちゃんと鍵かけたっけ? 何かいま人んに勝手に上がり込む子どもがいるって聞いたことがある。で、ずるずる居つかれてご飯とかお風呂までたかられるとか。


 冗談じゃない!

 ウチはもうあの小うるさいおばさん一人で間に合ってます!


「ちょっと、あんたどこん家の子!?」

「ひぃ!」


 むくりと起き上がって、その声の主に言う。寝起きの私の声は低く、コウちゃんからはよく「怖い」と言われたものだ。


 ――?!


 目の前にいるのは、眼鏡をかけたメタボのおっさん――の、ミニサイズ。頭はしっかりバーコード。


 そのおっさんが、ワイシャツにスラックスという姿でネクタイを持ち、腰を抜かしていた。


「た、田端と申します……」

「……田端さん?」


 どこかで聞いたような。田端……。


「あっ、えっと、その、家内がいつもお世話になっております」

「おお! ヨシエさんの旦那さん!」


 実在したんだ! そしてやっぱり小さい! 当たり前か。


「あの、すみません。こちらに家内が来ておりませんでしょうか……」

「ヨシエさん? いつも寝室ココには来ないかな。隣の居間にいると思うよ」

「ありがとうございます。失礼します」


 旦那さんはぺこぺことバーコードの頭を下げ、ぺたぺたと歩いていった。黒いソックスだ。サラリーマンなんだろうな。あーでも、ヨシエさん58なんでしょ? てことは旦那さん、そろそろ定年?


 何か目が覚めてしまったのでベッドから出る。旦那さんは既に寝室から姿を消していた。意外と足が早いのね。


 そして居間に続くドアを開けると――、


「んもー、ほんっとお父さんったらあたしがいないとなぁーんにも出来ないのねぇー! アーッハッハッハ!」


 耳をつんざくようなけたたましい笑い声。ヨシエさんだ。そして、そのヨシエさんと向かい合って、ヨシエさんよりわずかに背の高い旦那さんが、しょんぼりした顔つきでネクタイをしめられていた。


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