第14話 あらやだ! 食べた内に入らないわよぉ~!?

 バイトから帰宅すると、ヨシエさんの姿がなかった。


 まぁ、いないなら、いないで、ねぇ。


 そうよ、別にあんなおばさんいない方が良いのよ。

 あんなおばさんと一緒にいたらこっちまでおばさんになっちゃうっての。私はもっと上品なマダムになるんだから。


 と、思ったは良いものの。

 何をどうしたら、『上品なマダム』になれるんだろう。

 

 まずはこれか。

 このたるんだ腹か。


 むにゅ、と腹の肉を摘まんでいると。


「あーら、立派なお肉ですことオッホホホホ」


 わざと作ったような高い声が聞こえてきた。

 そんなわざとらしい声の主は――、


「オッホホホ! オーッホホホ!」

「あの、ヨシエさん、うるさいです」


 初めて見る、ちょっと高そうなえんじ色のツーピースは、いまにもボタンがはちきれそうだ。


「オッホホホ! 何とでもおっしゃいな」

「あーもう、何なんですか、その恰好も!」


 心なしか、あのくるくるパーマもいつもよりしっかり巻かれているような気がするし、よくよく見たら、マニキュアまで塗っている。


「あたくしの本来の姿をお見せしようかと思いましたのよ、オッホホホ、オッホホホ!」

「絶対嘘ですよね」


 ずばり指摘すると、ヨシエさんは、ちっ、と舌打ちをした。


「バレたか」

「バレバレですよ。だから、何なんですか、それ」

「ディナーよ、おフレンチ!」

「ふ、フレンチ!?」


 似合わなすぎる……!


「結婚記念日でねぇ、せっかくだから、って。……はー、どっこいしょ」


 と、ヨシエさんはテーブルの上に胡座をかいた。せっかくのマダム装いも台無しだ。


 そして、やけに神妙な面持ちで言うのである。「……みくちゃん」と。


 何? 何その顔。

 その顔で一体何が語られるのかと、私はゴクリと唾を飲んだ。


「……おせんべない?」

「は? いや、いまフレンチ食べたんですよね?」

「あんなの食べた内に入らないわよ。こぉーんなおっきなお皿に、ちょびっ、ちょびっ、よ?」

「いや、そうでしょうけども」

「やぁーっぱり、あたしはおせんべの方が良いわぁ。――ぃよいしょぉ! これも我慢してたのよねぇ」


 と、一際大きなおなら。

 さすがのヨシエさんでもレストランでは我慢出来るらしい。


 さて、もう一発、と聞きたくもないおなら宣言が聞こえてきたタイミングで、お得意の『ブフォ』の前に――、


 パン! パァン!!


 と、どこかで聞いたような破裂音が2回、聞こえてきた。


「……みくちゃーん、針と糸、あるー?」


 そんな小さいボタンに通る針と糸なんかあるかっ!!


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