10冊目

今夜は星が綺麗だ。

七夕と言っても旧暦なだけあって、雨雲は見当たらない。


真っ白な望遠鏡を窓の近くまで運ぶ。

表紙に「藍ちゃんへ」と書かれたノートと 様々な天体が載った図鑑を持って、



「もう、これも使い始めて一年経つんだね」





「なんで……」

私はもう此処には居られない……?限界って…………?


「なんで…………!」

なんでまた冷たい現実に帰らなきゃいけないの。いつ終わってしまうか分からないような、限りのある________


よく頭が回らないまま問い詰め、そこで言葉が止まった。



『此処は現実だよ』


『エンディングノート』


『『今日、お葬式だったんでしょ________』』



違う。帰るんじゃない。


「……………此処が現実であるために、君は此処に居ちゃいけないんだよ。………本当は、死人と生きてる人が一緒にいるなんて、以ての外だから…………」


此処が現実なんだ。


「本来、君が居ることは、不可能なんだよ」


________そう言い放たれた後、視界がぐらりと揺れた。

「………………!」

「あっ………僕が話に時間を使い過ぎちゃったのか………」


視界が欠けていく。パズルのピースのように、抜け落ちていく。


状況に理解が追いつかないけれど、ミノルの方はあくまで冷静らしい。


「そうだ、これ、落とし物。………もう川に落とさないでね」

「あっ、えっ?あの」

もう見えない自分の手の中に、布のような感触が伝わる。中に別の硬さが入っていると判り、かろうじてそれが“全ての発端”であると理解する。


「待ってください、あの、ちょっと……!」

「…………ごめん、どうにも…………できないんだ」


諦めたような、けれど決して冷たい訳じゃない苦笑だけが暗闇の隙間に映る。

そして直後、その顔も見えなくなる。



「最後に一つだけ教えるよ。…………君のお祖父さんの名前。君のお祖父さんは、___ ___ ___ _____________________」


えっ、と顔を上げるが、もう遅かった。


『__________、よかった。』





視界が徐々に広がっていく。それも、暗いまま。


そのパズルが完成した時、背後から淡い光が差し込んでいるのが目に入った。

白い部屋に目が慣れてしまったのか、今は寧ろそれしか確認できない。


振り返ると、カーテンが開いたままの直線的な窓が在った。


「…………誰が開けたんだ」


瓶覗かめのぞき色のカーテンに手をかけて光を遮ろうとした時、頭上から何かが降ってきて、重なるようにバサバサッと音を立てた。


「………!?」

足元に目をやると、そこには何冊かのノートが無造作に散らばっていた。


思わず「藍ちゃんへ」と表紙に書かれたものを手に取る。


____結局、最後のページは読まなかったんだっけ。


此処が何処かを忘れて、あるいは此処が真っ白な空間であると錯覚して、思考を追い付かせることをやめて後ろからその表紙を捲る。


あっ、と声を上げる。





きっと、藍ちゃんなら空が綺麗だってことに気付けたんだと思う。

まあ偏見だけど、僕の孫だし、そういうの好きなんじゃないかな。


僕が生きてる間に、一緒に星見れなくてごめんね。


君、言ってたでしょ?色が抜けたみたいでつまらない、って。

本当は別の人に言うような、っていうかそもそも人に相談する事?みたいな感じだったのに、よりにもよって自分のお祖父ちゃんに相談するからさ、ちょっと面白かった。


まあ、これを読んでる藍ちゃんは、話し方とか書き方とかも違うし、本当に本人なの?ってまだ戸惑ってるかもしれないけどね。


…………あ、そうそう。最後の贈り物は後ろだよ。きっと驚くと思う。


最期に、話せてよかった。


みのる

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