10冊目
今夜は星が綺麗だ。
七夕と言っても旧暦なだけあって、雨雲は見当たらない。
真っ白な望遠鏡を窓の近くまで運ぶ。
表紙に「藍ちゃんへ」と書かれたノートと 様々な天体が載った図鑑を持って、
「もう、これも使い始めて一年経つんだね」
*
「なんで……」
私はもう此処には居られない……?限界って…………?
「なんで…………!」
なんでまた冷たい現実に帰らなきゃいけないの。いつ終わってしまうか分からないような、限りのある________
よく頭が回らないまま問い詰め、そこで言葉が止まった。
『此処は現実だよ』
『エンディングノート』
『『今日、お葬式だったんでしょ________』』
違う。帰るんじゃない。
「……………此処が現実であるために、君は此処に居ちゃいけないんだよ。………本当は、死人と生きてる人が一緒にいるなんて、以ての外だから…………」
此処が現実なんだ。
「本来、君が居ることは、不可能なんだよ」
________そう言い放たれた後、視界がぐらりと揺れた。
「………………!」
「あっ………僕が話に時間を使い過ぎちゃったのか………」
視界が欠けていく。パズルのピースのように、抜け落ちていく。
状況に理解が追いつかないけれど、ミノルの方はあくまで冷静らしい。
「そうだ、これ、落とし物。………もう川に落とさないでね」
「あっ、えっ?あの」
もう見えない自分の手の中に、布のような感触が伝わる。中に別の硬さが入っていると判り、かろうじてそれが“全ての発端”であると理解する。
「待ってください、あの、ちょっと……!」
「…………ごめん、どうにも…………できないんだ」
諦めたような、けれど決して冷たい訳じゃない苦笑だけが暗闇の隙間に映る。
そして直後、その顔も見えなくなる。
「最後に一つだけ教えるよ。…………君のお祖父さんの名前。君のお祖父さんは、___ ___ ___ _____________________」
えっ、と顔を上げるが、もう遅かった。
『__________、よかった。』
*
視界が徐々に広がっていく。それも、暗いまま。
そのパズルが完成した時、背後から淡い光が差し込んでいるのが目に入った。
白い部屋に目が慣れてしまったのか、今は寧ろそれしか確認できない。
振り返ると、カーテンが開いたままの直線的な窓が在った。
「…………誰が開けたんだ」
「………!?」
足元に目をやると、そこには何冊かのノートが無造作に散らばっていた。
思わず「藍ちゃんへ」と表紙に書かれたものを手に取る。
____結局、最後のページは読まなかったんだっけ。
此処が何処かを忘れて、
あっ、と声を上げる。
*
きっと、藍ちゃんなら空が綺麗だってことに気付けたんだと思う。
まあ偏見だけど、僕の孫だし、そういうの好きなんじゃないかな。
僕が生きてる間に、一緒に星見れなくてごめんね。
君、言ってたでしょ?色が抜けたみたいでつまらない、って。
本当は別の人に言うような、っていうかそもそも人に相談する事?みたいな感じだったのに、よりにもよって自分のお祖父ちゃんに相談するからさ、ちょっと面白かった。
まあ、これを読んでる藍ちゃんは、話し方とか書き方とかも違うし、本当に本人なの?ってまだ戸惑ってるかもしれないけどね。
…………あ、そうそう。最後の贈り物は後ろだよ。きっと驚くと思う。
最期に、話せてよかった。
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