第六章(09) あたし、お母さまの最高傑作だから
――魔力が震えては、魔法は不安定になり、発現しない。それどころか、振動が他の魔法に影響を与えてしまうことがある。
場合によっては、魔力の振動が他の魔法を破壊することもあるが――防御としては使えない術である。
もし魔術師が「あえて魔力を震わせて防御する」という術をとったのならば――大量の魔力を消費するだけではない、魔術師自身への影響も大きい。
魔力は魂の力。それを震わせることになるのだから。
故に、それによって得られる効果を知りながらも、魔術師は誰もやらない。誰にもできない。勝つための方法にはなり得ない。
――だが、この状況においては、勝つための方法となり得る。
「正しくは……俺が爆弾になる、といったところだな」
はっきりいって、いかれた発想もいいところで、パウは自分自身で笑ってしまった。まさに後先を考えない子供のやるようなことだ。
しかも「殴ったのなら殴り返す」といったような反撃方法。
震える魔力で魔法を破壊されるのならば、こちらも震える魔力をもって、相手の魔法を壊してしまえばいい。
パウが周囲の宙を撫でれば、白い幾何学模様がパウを中心に帯となった。驚いたアーゼが一歩退き、ミラーカもふわりと揺れる。
「お前の魔力を周囲に溢れさせるって……下手すると、空っぽになるかもしれないってことか?」
アーゼが険しい顔をして尋ねてくる。パウは頷いた。
「それだけならまだいいが、倒れるかもしれない……けれどもこれで、騎士団員はまともに戦えるようになるはずだ……!」
「でも奴らに魔法は効かないんじゃ」
「その仕組みが分かったから、こうするんだ――」
パウが深呼吸をすれば、漂う幾何学模様の環がぐるぐると回転し始めた――「魔力の放出」自体は誰にでも出来ることだが、故意にその魔力を震わせることは、ましてや『掃除屋』達の持つ謎の魔力よりも激しく揺らすことは簡単ではない。この幾何学模様の帯は、そのための魔法だ。
しかし「魔力を揺らすための魔法」といっても、魔法は魔法だ。これにより震えた魔力に、この魔法すらも破壊されてしまう可能性がある……この魔法を維持しつつ、魔力を放出し続ける必要がある。
どのくらいの負担がかかるかは、全くわからない。そもそも理論上の話。
けれどもパウは。
――目を開く。仲間が倒れ行く中でも、騎士団員は戦い続けている。
「パウ」
ミラーカが呼ぶ。その声は、どこか不安を抱えているように思えたが。
「ここでやらないと」
『掃除屋』の狙いは、騎士団員の殲滅、自分の捕獲、そして――ミラーカの捕獲。
杖を正面に持ってきて、地面につく。その頭に、パウは両手を乗せた。
たとえ自分がどうなろうとも、ミラーカのためにも、勝機を掴まなくてはならない。
目を閉じる。辺りに集中すると、己から魔力が漏れ出し広がるのを感じた。
魔力とはいくらか固めなくては目には見えない。だがパウから溢れ出たあまりにも濃度の濃い魔力は、まるで塵のように輝き、周囲に広がっていく。
それが幾何学模様の帯に触れると、帯はより強く輝き、模様が目に見えないほど高速で回転し始めた。回転はパウから放たれる魔力を、大きく震わせてより周囲へと広げていく――震えるパウの魔力が、辺りに満ちていく。
一人の『掃除屋』が、何かしていることに気付いたのか、パウへと跳びかかった。集中しているパウは、気付くこともない。
だが割り込んだのはアーゼだった。パウを守るようにして立ち塞がれば『掃除屋』の斬撃を払う。一撃目を弾き、二撃目を避け、三撃目が構えられたその隙に、漆黒の身体を蹴り飛ばす。
「パウを守れ!」
叫べば周囲の騎士団員も剣を構えた。動くことのできないパウを守り、敵を払う。たとえ斬られても。刺されても。
一方、パウは自身の魔力が大きく震えつつ辺りを満たしていくことを十分に感じていた。それと同時に――震える自身の魔力に、吐き気を覚えずにはいられなかった。
顔を歪めて、しかし魔力の放出は止めない。震える自身の魔力が、自分自身をも蝕み始める。また「魔力を震わせる魔法」にも影響が出始める――鈍い音がして、光の帯の速度が落ちた。だがパウは魔力の放出を続けつつも、その魔法を修復する。
まだ足りない。恐らく『掃除屋』にかかっている魔法は、この程度の振動では壊れないようになっているはずだ。
ひどい悪寒がし始めた……魔力というのは魂の力。魔力の振動の影響を、魔術師自身が受けるということは、魂に影響が及んでいると言ってもよい。
それでも堪えるように口を固く結び、息を止め。
……騎士団員達が、敵の異変に気付き始めた。先程まで人ならざるもののように機敏に動いていた『掃除屋』達の動きが、どうもぎこちない。気付けば周囲に漂う光の粒子も増えている。夜の闇の中、まるで星空の中にいるように思えてくる。
そんな中で、ネトナの大剣が、また一人敵を捕らえた――そしてその手ごたえにネトナははっとする。
大剣の刃が、敵の身体に確かに食い込んだ。肉を斬る感覚――。
「――攻め続けろ! いまなら剣が通用するぞ!」
『掃除屋』達の中には、身体の異変にぶるぶると震え立つ者の姿もあった。パウの目論み通りとなったのだ。黒衣の刺客にかかっている魔法が、許容範囲よりも激しい振動に、壊れ始めたのである。
ネトナの声に、騎士団員達も声を上げる。ようやく感じられるようになった手ごたえに、削れていってしまっていた士気が戻り、表情には勢いが戻っていく。
荒々しくも勇ましい声が夜空の下に響いた。その声はパウの元にも届いていて、成功しているのだと察する。目を開ければ、果敢に戦う仲間達の姿が見えた。
しかしまだ魔力の放出はやめない。敵にかかっている魔法を、その片鱗まで壊さなくては。全身の震えを抑え込み、集中を続ける。
そこでネトナの声が聞こえたのだ。はっとして見れば、女剣士は赤毛の少女と対峙していた。
赤毛の少女ゼナイダは、仲間の異変に少し慌てていたのかもしれない。完全に隙が生まれていた。その隙を狙って、ネトナが剣を振るったが。
ぎん、と硬いものが砕け散る音がした。
「……どうやら我々の仕組みがばれたようで」
そう言ったのは、熊のような『掃除屋』……オレガリオだった。ゼナイダの前に割り込んだものの、間に合わず肉を斬らせることになったのだろう、ネトナの剣を腕をもって受けた彼は、ぶんと振るって大剣を払う。
ネトナは一瞬、悔しそうに顔を歪めたが、はっとして隻眼を丸くする。そしてパウもようやく気付いて息を呑んだ。
オレガリオの、斬撃を受けた腕。黒衣が破け、籠手も砕けたそこから。
――銀色の液体が溢れ出ていた。
あたかも、血のように。夜の闇の中、かすかな光を受けて、確かに刃物のように輝いている。
まさかと思い、パウは傍らに転がる『掃除屋』へと視線を移した。その『掃除屋』は魔法の効力を失い、騎士団員に倒された者だった。仮面が割れて、剥がれてしまっている。
……まるで人ではないような顔だった。焼けただれたような、あるいは皮膚をはがされたような。目や口、鼻の形は漠然とわかる。
その得体の知れない顔から滴るは、銀色――銀の血。傷口からも銀色が流れ出ている。
「……人体、改造……?」
パウが呟いたとたん、周囲を回転していた帯が、まるで遠心力に耐えられなくなったと言わんばかりに弾け飛んだ。ついに限界を迎えたのだった。魔力も底を尽き、パウは膝から頽れる。息をするのも苦しく、全身の震えが止まらない。身体はすっかり冷え込んでいた。まるでひどい風邪をひいたかのようだった。
「パウ!」
すぐさまアーゼが駆け寄り、身体を起こす。パウにはまだ、意識があった。と、パウはかすかな意識の中、アーゼの手にした剣を見る。
『掃除屋』の血、銀色の血がついていた。そこから、奇妙なものを感じる。
震える魔力。例の魔力である。
一体これはどんな技術なのか――『掃除屋』には、まさに血のように魔力が巡っていたらしかった。
と、視界の端で、赤色が揺れた。
ゼナイダの銀色の瞳が、こちらに向けられていた。赤毛の少女はたんと地面を蹴れば、狩りをする肉食動物のように宙を滑ってくる。
すぐさまアーゼが身構えたが、その前に、ネトナが立ち塞がった。その大剣で、小さな少女を払う。
「お前達、そいつを連れて下がれ!」
振り返り、ネトナが叫ぶ。その隻眼がパウを見下ろした。
「よくやった……原理はわからないが、剣が通るようになった」
「……あんたの、剣、は……大丈夫か……?」
思い出して、パウは顔を青ざめさせる――ネトナの大剣にある奇妙な文様は、魔法道具の証だ。魔術師がいないために、もはや暴走ともいえる行為に出たが、ネトナの大剣にかかっている魔法すらも壊してしまったかもしれない。
ネトナは首を傾げ、自身の大剣を一瞥した。
「先程と何も変わった様子はないがな……これはエヴゼイに、特別丈夫に作ってもらってあるが……」
それならよかったと、パウは安堵する。確かに、ネトナの剣に異常は起きていないように思える……果たしてエヴゼイがこの剣をどんな魔法道具として仕上げているのかは、知らないが。
ネトナが早く行け、と顎で示す。頷いたアーゼが、パウに肩を貸し立ち上がる。宙にいた青い蝶も、心配そうにパウに寄り添った。近くにいた数人の仲間も、護衛するようについていき、戦場から下がっていく。
ところが。
「逃がさない、絶対に」
淡々とした声が、ネトナを押しのけた。
ゼナイダが跳ねるようにして、戦場から去っていく一行を追っていった。
「私も、お前を逃すわけにはいかないな?」
少女の背を追おうと、ネトナは駆けだす。ここから先、敵を一人も行かせるつもりはなかった。
しかし突然殺気が襲い来て、目の前が漆黒に染まった。
反射的に剣を振るえば、ナイフとぶつかり、鋭い音が響く。
「……お前の相手は私だ」
巨大な漆黒が、一度は弾かれたナイフを構える。
この『掃除屋』の、副隊長と思われる熊のような男――オレガリオ。
片腕では銀の血を滴らせているものの、ナイフを握り続けている。
――一方、戦場から下がったパウとアーゼ、そして数人の仲間は、ゼナイダが追って来ていることにすぐに気付いた。
「アーゼ、お前はとにかく、その魔術師を連れて逃げろ! あれは俺達で相手をする!」
仲間の一人が叫び、背を向けた。そして彼が向かい合ったのは迫りくるゼナイダ。他の仲間も、その場に残り剣を握りしめる。
アーゼはただ、走り続けた。パウも残った体力で何とか進んでいく。
「いま教会は目指さない方がいい……」
「わかってる!」
パウの言葉に、アーゼは廃墟と化した街の路地へ入り込む。教会に向かえば仲間がいる。しかしあそこには怪我人もいるのだ。下手に向かうわけにもいかない。
「ひとまずどこかに隠れて、お前の回復を待たないと……」
そう言いつつ、闇の中を進むアーゼは、はっとして振り返った。
同時に、頭上を何かが通過して、二人の目の前に着地する。
とっさにパウは、残っていた魔力で光球を放った。闇に潜む敵へと滑るが、一対の大振りのナイフに切り刻まれる。
その光の残滓の中、ゼナイダが立っていた。ナイフにはべったりと血がついている。
彼女は無言で駆けだして来る――すぐさまアーゼは、パウを半ば投げ捨てるようにして後方へ突き飛ばし、剣を構えた。
大振りのナイフ二本を、一本の剣が受け止める。するとアーゼはそのまま刃を滑らせ、ナイフを弾きつつ、敵の足を狙ったが。
――ひどい違和感に、顔を歪める。先程のパウの魔力によって、敵はもう斬れるはずだった。
けれども、アーゼの剣が肉を斬ることはなかった。弾力があるものの、硬い何かにぶつかった。それだけの手ごたえがあった。
次の瞬間、アーゼは後方に吹っ飛んだ。地面に転がり倒れていたパウの前に、ずしゃりと落ちる。
「……どうして」
改めて目前の敵を見据えれば、その足には、切り傷の一つもなかった。
暗闇の中では、銀色の瞳が輝いている。
「あたし、お母さまの最高傑作だから……あの使い捨て達と一緒にしないで」
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