第六章(07) 戦うしかないだろう


 * * *


 光が消えると、あたりの風景は変わっていた。先程まで黒装束と戦っていた『風切りの春雷』騎士団員達は、そこが先程と同じ場所ではなく、無人街により入った場所であると認める。

 空を見上げれば、奇妙な糸があたかも繭を作るかのようにぐるぐると飛び回り、そこに何枚もの紙が張り付いてドームを作り上げていた――エヴゼイが魔法道具で何かしているのだろうとパウにはわかったものの、今はそれどころではなかった。

「パウ! メオリが……!」

「わかってる!」

 アーゼの悲鳴に似た声に、パウは振り返る。

 アーゼが地面に横たわらせたメオリは、胸を血色に染めてぐったりとしていた。

 けれどもまだ、生きている。胸はかすかに上下していて、わずかながら息もしている。

 ――メオリが敵に刺された瞬間を、パウも見ていた。ひとまずは退かせた方がいいというエヴゼイの判断のもと、魔法道具を持って向かった先で、その瞬間を見た。

 心臓を刺されたように見えたが、おそらくその時、メオリは凶刃からわずかに逃れたらしい。

 パウはメオリの胸の上に両手をかざせば、治癒魔法を試みる……治癒魔法は応急処置にすぎない。仮止めにしかならないが、ひとまずは傷を癒し、止血はできる……。

 治癒魔法を施す中、パウは傍らに視線を向ける。無残な姿になった使い魔の鷹が転がっていた。

 魔力でできている使い魔。その身体は半分吹き飛んだかのようになくなってしまい、残り半分もぼろぼろと崩れ始めていた。核である魔力金は破壊されなかったらしい。破壊されていたのなら、こうもかろうじて形を保っては入られないはずだ。

 けれどもシトラが「シトラ」であり続けるのも、時間の問題かもしれない――崩れ始めた使い魔は新たに魔力を与えれば形を保てるが、大怪我を負った主人は起き上がることもできない。

 治癒魔法に集中するものの、パウは焦りを覚えざるを得なかった。メオリの傷は深い。それだけではなく、シトラがどうしてこうなってしまったのかがわからない――シトラが赤毛の刺客に向かって行ったのは見えていたが、あの赤毛の少女は、どうやってシトラの攻撃を防いだのか。そしてどのようにしてこれほどまでに損傷させたのか……。

 魔法を使った様子は、一つも見えなかったのだ。盾を張ったわけでも、攻撃魔法で反撃したようにも見えなかった――。

 何かが、おかしい。

 と。

「――シ、シト、ラ……」

 こふ、と血を吐きながらもメオリが目を覚ました。まだパウが治癒魔法を施しているにも関わらず、弱々しくその手を払い、起き上がる。まさか起き上がるとは思わず、パウは唖然とするばかりだった。

 応急処置をしたばかりの胸から、ぼたぼたと血が零れ出る。それでもメオリは震える手をシトラにかざせば、魔力を送り、使い魔の再構築を試み始める。ゆっくりではあるものの、崩れかけていた鷹は、形を取り戻していく。しかしそれは植物の成長に似て遅く、メオリはせき込み、自らの手に血を吐き飛ばした。

「シトラ……いま……いま直す、から……」

 それでも彼女はやめない――こんな状態で魔力を扱ってしまえば、より命を削ってしまうというのに。

「おい! お前、死ぬぞ! まずは自分の怪我だ!」

 アーゼが声を荒らげた。だがメオリは。

「私の、私の、相棒なんだ……私の、大切な……」

 そこで再び彼女はせき込み血を吐く。再構築されていたシトラの身体も、つられたかのようにまたぼろぼろと崩れていく。

「そんな状態で使い魔に魔力を送れると思うな! 大人しく横になってくれ、まずはお前の傷だ……」

 我に返ったパウは、メオリを再び横にさせようとするが、どこにそんな力が残っていたのか、メオリは強くパウの手を叩いた。なんとかシトラを崩させまいとしている。

「『掃除屋』だ、パウ……奴らは、『掃除屋』だ……」

 あまりにも弱々しい姿だが、彼女の言葉には力が残っていた。

 『掃除屋』。

 ――コサドアを始末したのは『掃除屋』よ。普通の魔術師だと、なかなか相手しづらいから、彼女が仕事したのよ。

 それはかつて『遠き日の霜』の魔術師が口にした名前。

「――師匠の、仇、を……」

 弱々しいメオリの橙色の瞳。その奥には、消えそうながらも激しく燃える光があった。かすかに潤んで、苦しさにか悔しさにか、固く瞑れば涙が滲み出る。

「あいつを、絶対に――!」

「――嬢ちゃんもう無理だってぇ、現実見て?」

 唐突に声がして、がくん、とメオリの身体から力が抜けた。そばにいたアーゼがとっさに支えたからよかったが、彼女は気を失っていた。

「……さ、早く治療治療! こんなちゃっちい魔法道具で気絶するほどなんだから……」

 背後には奇妙な枝を持ったエヴゼイが立っていた。枝はぱちりと電撃を帯びている。言われてパウは再び治癒魔法をメオリに施していく。

 ひどく、謝りたい気持ちを覚えていた。口を固く結び、魔法に専念する。

 エヴゼイの言う通りだ。いまのメオリに、復讐はできない――させない。命が燃え尽きてしまう。

 エヴゼイはと言えば、崩れかかっているシトラを慎重に拾い上げれば、持ってきていた奇妙な釜の中にしまい込んでいた。

「こっちのぴっぴは僕の方でどうにかするよ……暗いし狭いだろうけど、我慢してくれよ?」

「エヴゼイさん、それは?」

 アーゼが尋ねれば、エヴゼイは得意そうに答える。

「魔力の保存容器ってところかな……魔法道具の材料を集める時に、よく使うんだよねぇ……だから、ぴっぴが崩れるのを遅くはできる……」

 その時、糸と紙でできたドームが大きく揺れた。ぱらぱらと紙が散って、空気に溶けて消えていく。

「ネトナちゃん! どうする! このドーム、僕の自信作だけど、そう長くは持たなさそう!」

 すぐさまエヴゼイが叫べば、すでに仲間に指示を出していたネトナが声を張り上げる。

「敵の目的は、おそらく我々の殲滅だ……メオリが奴らを『掃除屋』と呼んでいた、名前の通りだろう……」

 きりりと、その隻眼が閃光を放つ。

「ならば……戦うしかないだろう。今後の為にもな。奴らは数こそそう多くはないが、奇妙な者達だった。あれは普通じゃない。ただの人間ではなさそうだ……あれから逃れてグレゴ捕獲に向かおうにも、間違いなく追ってくるだろう……」

 『風切りの春雷』騎士団長は、そこで仲間達へと視線を向けた。

 ――誰もが、強い意志を胸にし、決意を表情に浮かべていた。

 誰も笑ってはいなかった。そして誰も臆してもいなかった。各々、武器を手に取る。

 一人一人と目を合わせるようにして仲間を眺め、やがてネトナは無言で頷く。

 ドームが再び大きく揺れた。崩壊は目前に迫っていた。

「エヴゼイ、お前は医療班と念のため戦える者何人かを選んで、負傷者を連れて街の奥へ行け。あそこには教会があったな、そこへ逃げてくれ。怪我人を治療し……万が一に備えて、退路の確保も頼む。全滅だけは避けなくてはならない」

「了解! ……ネトナちゃん、敵はばらけることなく攻めてきてるみたいだよ? ドーム東側に複数反応~。損傷が激しいのも東側だよ!」

 騎士団員達はそれぞれが向かうべき場所へと動き始めた。戦える者はネトナの元へ、医療班と他十人ほどは、まず負傷者に最低限の手当てを行い、それから教会へ向かう準備を始める。

 ひとまずメオリの治療を終えれば、パウとアーゼは彼女をエヴゼイに預けて立ち上がった。そうしてネトナの元へ向かうが。

「パウ、お前はだめだ、エヴゼイと共に教会へ行け」

 パウを前に、ネトナは強く言い放つ。パウが驚いて抗議する前に、

「敵の狙いは、口振りからして、どうやらお前と、その青い蝶……ミラーカでもあるようだからだ。その上……どういう原理かわからないが、魔法が効かないらしい」

 女騎士はちらりとメオリを見やる。しかしそのことは、パウにも十分わかっていた。そもそも相手は、メオリの師を殺した者。何らかの魔術師対策をしているのだろう。だが。

「……奇妙なんだろう? 相手は。普通じゃないって……」

 考えられるのは、何らかの魔法。

「……人間とは思えない動きをしてたし、剣で捕らえても『斬れた』っていう感覚がなかったんだ」

 そう答えたのはアーゼだった。ちらりとネトナが彼を睨む。アーゼはそれに一瞬怯えたものの、ネトナは気にとめず、一度パウをじっと見つめてから言葉を紡ぐ。

「あれが何であるか……『遠き日の霜』に関係する集団なのだから、おそらく魔法が関係しているのだろうし、魔術師である可能性が高い……お前は、そう思っているのだろう? 正直に言って、私もそうは思う」

「なら、連れて行ってくれ。分析をする必要があるだろ?」

 どういった魔法が、どういった作用をしているのか。それを見極めるのは、魔法を扱う魔術師でないとひどく難しい。相手が魔術師であったのなら、なおさら魔術師が向かうべきだ――普通の人間が魔術師を相手にするのは、ひどく不利だ。

 ネトナはしばらくの間、黙っていた。ドームがまた揺れた。破れた天井の向こう、すっかり夜に染まった空が見え始めていた。

「我々も、あれの弱点が分からなければ、ひどく手を焼きそうだ」

 ついにネトナは口を開いた。

「分析にはエヴゼイでも問題ないかもしれないが……負傷者の手当てや仲間への指示は、あいつにしか任せられない」

 ネトナは歩き出す。東側へと向かって。

「お前はなるべく最前線には出るな。何かあればすぐに退け!」

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