第12話 好きすぎるからファン以上の、大ファンとして接してください


『あの子、お前がデビューする前からお前の大ファンで、しかもお前の小説がきっかけで小説を書くようになったらしいぜ?』



「はぁぁ……次から次へと悩み事ばかりが増えていく……」


 自室のパソコンに向かいながら、僕は軽く頭を掻いた。

 あれから三日、外伝小説についてどうするのか、未だ僕の中では結論が出ていない。

 というか、そもそも外伝小説のことを考えている余裕がなかった。心晴から告げられた雪音ちゃんに対する情報が、僕の思考のほとんどを占有しているからだ。


「僕がデビューする前からのファン、か……」


 ネット内に、とある二次創作専門の小説サイトがある。

 僕はそこに二次創作小説を投稿する作家の一人だった。扱うジャンルは様々で、好きな小説や漫画、アニメなどを自分の好きなように改変し、練り上げ、そして小説として読者に披露する。ただの素人が自分の妄想を吐き出すだけの自己満足の場でしかなかったが、デビューするまでの間、僕はそこで小説を投稿し続けた。

 その頃から、僕の小説のファンだった。

 あの、超売れっ子新人の、ゆにゃぽこ先生が。


「……お気に入り数もPVも少なくて、ランキングにすら一度も載ったことなんてないのになぁ」


 ランキングどころか底辺も底辺、常に有象無象の中に埋もれている、そんな作家だった。もちろん、そんなんだからたくさんの読者に小説を読んでもらえていた訳じゃない。一日に一人しか僕の小説を読んでくれない時なんて珍しくもなかった。

 なのに、雪音ちゃんは、そんな僕の小説を読んでくれていたという。


「……あんな出来の悪い小説の、何が良かったんだか」


 背中を預けた椅子がキィ、と鳴る。

 ——直後、部屋の中にインターホンの音が鳴り響いた。


「……雪音ちゃんか?」


 ふとそう思ったが、自信はなかった。それは、先日の一件以降、彼女は僕の家を一度も訪れていないからだ。

 でも、どこかで期待している自分がいた。心晴からあんなことを言われたばかりだからか、それとも……


「あーもー、余計なことを考えるな明智雅也。ただ訪問者の顔を見るだけじゃないか」


 頭を乱暴に掻きながら玄関へと向かい、深呼吸の後、扉をゆっくりと開けた。


「ぁ……せんぱ――明智先生……」


 そこにいたのは、雪音ちゃんだった。

 彼女の顔を見た途端に何故か顔がにやけてしまいそうになった。こんなことは今まで一度もなかったのに、本当に僕はどうしてしまったんだろう。胸も苦しいし、頬も熱いし、もしかして風邪でも引いてしまったんだろうか。


「あの、明智先生……?」


 ぼーっとしている僕を心配したのか、雪音ちゃんが顔を覗き込んできた。

 僕は頬が更に熱くなるのを感じながら、誤魔化すように頬を掻く。


「ひ、久しぶりだね、雪音ちゃん……」

「あ、えとその、ほ、本当はもっと早く来ようと思ってたんですけど、ちょっといろいろと用事が重なってしまって……で、でも、用事は全て終わらせたので、また今日から明智先生を甘やかしまくることができます! だからご安心ください!」

「今の言葉のどこに安心できる要素があるのか詳しく」


 どうやら僕に気を遣って距離を置いていた訳じゃないらしい。ただの思い違いで本当に良かった。

 僕は扉をさらに開き、彼女を中へと促す。


「……ど、どうしたんですか? 今日はやけに素直ですね?」

「いや、だって君、どうせ追い返しても無理矢理上がり込もうとするじゃん」

「よく分かってますね! 流石は明智先生です!」


 おっじゃまっしまーすっ、と足早に部屋へと上がり込む雪音ちゃん。彼女らしい反応に僕は肩を竦めてしまう。

 雪音ちゃんに続くように部屋へと戻ると、彼女はすでに僕のベッドの上に腰かけていた。


「ふんふーん。やはり明智先生の部屋は落ち着きますねー。ザ・作家部屋、って感じがします」

「いつもみたいにクソ雑魚ド底辺作家って言わないんだ」

「え、もしかして言ってほしいんですか? 明智先生って意外とマゾ……?」

「違うよ! いつもしつこく言いまくってるくせに今回は珍しく言わなかったから不思議に思っちゃっただけだし!」


 僕の必死な弁明に雪音ちゃんはころころと喉を鳴らす。

 雪音ちゃんはベッドの上に背中から倒れこみ、安堵したように溜息を零した。


「でも、良かったです。明智先生が元気そうで。……ちょっと、心配だったので」


 何が? とここで聞き返すほど僕は鈍感じゃない。外伝小説の件で僕が落ち込んでいたこと。彼女はそれについての話をしているんだろう。

 僕は彼女の隣に腰を下ろしながら、


「まだ本調子って訳じゃないけどね。問題は何も解決してないし、自分がこれからどうするべきなのかも決められてない。他にもいろいろと悩み事ができちゃって、なんかもう逆に吹っ切れてきちゃってるよ」

「ほうほう。他にも悩み事、ですか……」


 何か思いついたのか、雪音ちゃんはがばあっと上体を起こすと、そのままの勢いで流れるように僕を膝枕した。


「フフフのフ。では、その悩み事、この冬森雪音ちゃんが聞いて進ぜよう!」

「……何で膝枕をする必要があるのか詳しく」

「ここのところ、ずっと甘やかせてませんでしたので! 雪音ちゃん成分が足りてない明智先生に、甘やかし&雪音ちゃん相談室をプレゼントです☆」

「さいですか……」


 でも、久々の彼女の太ももの感触はかなり心地良く、荒れていた心がみるみる内に癒されていくのが分かった。もしかして、僕って結構チョロい人間なんじゃないだろうか……割とショックなんだけど。

 雪音ちゃんは僕の髪に指を潜り込ませながら、


「ほらほらー。雪音ちゃんの甘やかしに身を任せてー、その他の悩み事とやらについて話してみてくださいよー」

「と、言われてもなぁ」


 その悩みって君についてのことなんだけど。


「もう、遠慮なんてしなくていいですからー」

「……はぁ。分かったよ」


 もう少し時間が経ってから聞こうと思ってたんだけど、彼女がそこまで言うなら仕方がない。お望み通り、僕の悩みを打ち明けてやろうじゃないか。


「この前、心晴から言われたんだけど……」

「うんうん」

「……雪音ちゃんが、僕の大ファンだって」

「うんうん。……………………ヴェッ?」


 彼女の口から潰れたカエルのような声が零れ出た。


「え、ええと、明智先生? 今の、聞き間違いでしょうか……?」

「雪音ちゃんが、デビューする前からの僕の大ファンだって。二次創作を作ってた頃の僕の小説を読んでくれてたって。僕の小説がきっかけで小説を書くようになったんだって――」

「わ、わーわー! もういいです! もういいですから! ちょっと黙って! お口チャックです! ちゃーぁーっくぅーっ!」


 慌てた様子で雪音ちゃんは僕の口を両手で塞ぐ。


「むぐむぐ」

「な、何で明智先生が……いえ、鉈山先生がそのことを知ってるんですか!? こ、この話、向島さんにしかしてないのに……」

「もごもご」

「——ハッ! もしかして、向島さんが話したんですね!? も、もう、誰にも言わないでってお願いしましたのにぃーっ!」


 頭を抱えて可愛らしく悶える雪音ちゃん。ようやく口から手を放してもらえた僕はドッと息を吐いた。


「……その反応から察するに、どうやら嘘じゃないみたいだね」

「うっ……ち、違います! わ、私がせんぱ――明智先生の大ファンな訳ないじゃないですか!」

「僕が初めて書いた二次創作の名前は?」

「『嗚呼、カラス天狗よ。』——ハッ!?」

「……雪音ちゃんって結構チョロいよね」

「ゆ、誘導尋問とか卑怯です! 卑怯千万です! 卑怯の二乗ですーっ!」


 語るに落ちるというかなんというか、反射的に答えてしまったということは、僕のファンだということは少なくとも事実であるようだ。

 雪音ちゃんは悔しそうに顔を歪めながら、


「そ、そう、ですよ……そうですよそうですよ! 私は明智先生の大ファンです! それもあなたが二次創作家として活動し始めた頃からずっと! あなたのことをずっと追いかけてきた大ファンなんですー! 何ですか、悪いですか!? 好きなものは好きなんですからしょうがないじゃないですかー! うがー!」

「ま、待って、ほんとに待って。いきなりそんな素直になられると、こっちが照れるというか……」

「自分で話題を振ったくせに自分が照れるとか何なんですか!? 私なんて墓まで持っていくつもりだった秘密をよりにもよって憧れである明智先生御本人に知られちゃったんですよ!? こんなことってあります!? 甘々なラブコメでもこんな展開そうそうないですよ!?」

「わ、分かった。分かったから、ちょっと止まって……僕、そういうプラスの感情に慣れてないから、心臓破裂しそう、です……」


 年下相手に思わず敬語になってしまったが、どうか許してほしい。こんなに褒められたのは久しぶりだし、そもそも面と向かって好きだの憧れだのと言われたのは生まれて初めてなのだ。

 自分の顔が今にも爆発しそうなぐらいに熱い。今すぐ冷水に頭を突っ込んでこの熱を冷ましてやりたい。じゃないと熱暴走しかねない。

 僕は顔を手で隠しつつ、指の隙間から雪音ちゃんを見上げる。


「え、ええと、その……う、嬉しい、よ……?」

「い、いきなりかしこまるのやめてください! 素直じゃなくていつも言い訳ばかりで超絶ネガティブな明智先生、カムバック!」

「ば、ばかー」

「な、何ですかそのやる気のない罵倒は!? やめてくださいよ! なんだか私が意識させちゃったみたいじゃないですか!」


 いや、君が意識させたことに変わりはないと思うんだけど。

 雪音ちゃんは一頻り叫ぶと、がくりと項垂れた。


「うぅ……今日は明智先生を甘やかすことで私への依存度を爆増させ、理不尽なラノベ業界とおさらばしてもらおうと思っていましたのに……何でこんなことになってしまったのか……」

「今サラッとやばい計画が暴露されたような……」


 雪音ちゃんは僕の頭を再び撫で始める。


「……はぁ、もういいです。どうせいつかはバレるだろうと思ってましたし」

「さっき墓まで持っていくとか言ってたような……」

「言ってません」

「え、でも……」

「言 っ て ま せ ん」

「…………はい」


 彼女からの圧に圧し負けてしまった。どうも、彼女が僕のファンだと知ってから強く出れなくなってしまった自分がいる。


「……で、どうなんですか?」

「??? どうとは?」

「私が明智先生のファンだと知って、どう思ったんですか?」

「え、そりゃ嬉しかったけど……」

「それだけですか?」

「…………」


 雪音ちゃんからのねめつけるような視線が僕に突き刺さる。……本当、変なところで鋭い子だ。


「嬉しかったのは本当だよ。僕のファンなんてほとんどいないと思ってたし。……でも、それ以上に、どうしてだろうと思ったかな」

「どうして、とは?」

「どうして僕のファンになったのか。自分で言うのもなんだけど、僕ってほら、二次創作家時代もド底辺だったじゃん?」

「そうですね。ランキングになんて一度も載ったことありませんし、小説のお気に入り件数も十越えれば良い方でしたし、何よりマイナーな原作ばかり選ぶから知名度なんてカスみたいでしたね」

「そこまで言わなくても良くない? 君本当に僕のファンなの?」

「ファンですよ。昔からずっと……そして今でも」


 雪音ちゃんは目を瞑り……十秒ほど経った後、再び僕を見つめてきた。


「で、どうして私が明智先生のファンになったのか、ですっけ」

「う、うん。あ、でも、別に話したくないなら、無理に話さなくていいよ。こんなのはただの我儘だし、聞いたところで自己満足でしかないし……」

「いえ、大丈夫です。せっかくの機会ですし、話してあげます」


 大きな胸に手を当て、深呼吸を三回ほど。

 自分の中で覚悟を決めるかのように両頬を軽く叩くと、


「少し、長くなりますけど……居眠りしちゃダメですからね?」


 年頃の女の子らしく、いたずらっぽく笑った。

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