第9話 ハーレム作家は大変ですか?


 そんなこんなでようやくアニメ鑑賞開始である。


「やはりここは学園もののラブコメを観るべきだと思うんです。だって明智先生の得意分野はラブコメなんですから」

「いやいや、そこはあえての異能学園バトルファンタジーでしょ。雅也くんはバトルものが書きたいってずっと言ってたし、新たな挑戦をするためにもバトルもののインプットをするべきだと私は思うなー」

「へ、へー。時雨崎さんは明智先生のことよく知ってるんですねぇー。ま、まあ、私の方が五億倍ぐらい知ってますけどねー」

「おっと、負け惜しみかな? じゃあそのまま雅也くんから手を引いてくれてもいいんだよ?」

「いえいえ、手を引くとか意味わかりませんし。アラサー女よりもピッチピチの女子高生の方が絶対に良いと思いますし」

「へ、へぇ……ま、まあ、人間生きてれば誰だってアラサーになるんだけどね……っ!?」


 そんなこんなでようやくアニメ鑑賞開始であるッッッ!

 僕の真後ろで桁外れに重い空気を展開しながらピリピリギスギスするの本当にやめてほしい。さっきまであんなに仲良かったじゃん。何でいきなり犬猿の仲になっちゃってるの?

 因みに、僕の真後ろ、と言ったが、それには理由がある。

 何故かというと、彼女たちは今、僕に背中側から二人して抱き着いてきているのだ。え? その割には平気そう? あははは、平気な訳ないじゃないですか。さっきからずっと前屈みになってるし心臓はバクバク鳴ってるしリモコンを操作する手なんか地震かなってぐらいに震えてますが何か?


「……お話の途中悪いんだけど、落ち着かないからちょっと離れてもらってもいいですかね……?」

「「何で?」」

「え、いや、な、何でって、その……」

「「ここが落ち着くんだけど」」

「あ、はい、そうですか……じゃあ、いいです……」


 ここ僕の家だよね? 実はラノベ作家の緩み切った精神を鋼に鍛え上げる洗脳施設とかじゃないよね? というか背中にずっと押し付けられてる二人分のおっぱいがとても僕のとある一部分に熱を与えていて非常にまずいんですけど誰か助けてくれませんかねぇっ!


「あっ。明智先生、今のアニメおすすめですよ! 明智先生の得意な作風と結構似てるんですけど、伏線の回収とかキャラの掛け合いとかがとても優れているので教材にはうってつけだと思います!」


 もにゅもにゅ。


「雅也くん。その下の異能バトル学園ものとかおすすめだよーん。石鹸枠って呼ばれてる、まあある意味テンプレ展開が評判だった作品だけど、でも、テンプレだからこそ学べるものがあるとおねーさんは思うんだよね。うんうん」


 むにゅむにゅ。


 幸せと恐怖が同時に襲ってきていて僕の精神は今まさに急転直下。安全レバーのないジェットコースターに一人で乗せられている気分である。


「……じゃ、じゃあ、どっちも観る、ってことで……」

「「どっちから先に観るの?」」

「……………………」


 もうやだこの二人! なんでそんなしょうもないところで張り合おうとするんだよ! 別にどっちも観るんだから優先順位なんてどうでもいいじゃん!


「え、ええと、それじゃあ、二人にじゃんけんしてもらって、勝った方が決める、ということで……」

「……なるほど。では、時雨崎さん」


 雪音ちゃんは僕の背中に張り付いたまま、右腕を掲げる。



「——私はグーを出します」

「そう。なら私はチョキを出そうかな」



 なんか頭脳戦が始まった。


「いやいやいや、何でちょっと本格的なバトルに持っていこうとしてるの!? ただじゃんけんするだけなんだからいきなりテキトーに始めればいいじゃん!」

「それは違いますよ明智先生。これは、これは……明智先生への甘やかしを賭けたとても大切な勝負なんです!」

「アニメの視聴順を決めるためのじゃんけんじゃなかったっけ!?」

「そうよ雅也くん。この勝負は謂わば、乙女の威信を掛けた大一番……キミを膝枕して頭よしよしする権利を得るのは私なんだから!」

「膝枕されてるとアニメ観にくいんでむしろ放っといてほしいんですけど?」


 甘やかされるのは嫌いじゃない(むしろ好き)だけど、だからってその権利を巡って争うのはちょっとどうなんだろうか。平和が一番、ラブアンドピース。みんな笑顔で、レッツスマイル!

 という訳で、この争いを止めるべく、僕は彼女たちに折衷案を提示することにした。


「……二人で一緒に僕を甘やかすっていうのは?」

「「それだっっっ!!!!!」」


 こんな提案をする僕もどうかと思うけど、それに即座に食いつくこの二人は女としてどうなんだろうか、と僕は軽い眩暈を覚えた。




 結局、雪音ちゃんが選んだ学園ラブコメから観ることになりました。


『わたし、本当はお兄ちゃんのことが好きなの……』

『ユカリ……でも、すまない。お兄ちゃんには、もう恋人が……』


「兄妹による禁断の愛……ラブコメなのにシリアスパートを全力でやるこの姿勢はやはり素晴らしいですね……」

「妹の気持ちを汲んだ隣の家の先輩美少女が恋を諦めようとするけど、でも諦めきれない描写には思わず胸が痛くなっちゃった……」


 さっきまで争っていたくせに二人仲良くアニメに見入っていた。僕はというと、アニメの中で気になったところをメモ帳に書き込みながらの視聴スタイルを取らせてもらっている。……因みに、さっきと同様――いや、さっきよりも力強く、二人が後ろから僕に抱き着いてきている。おまけに頭を撫でたり肩を揉んだりと、古代文明の暴君みたいな構図が出来上がっていたり。これ、甘やかすとはなんか違くない? いや心地良いから別に良いんだけどさ。

 僕はすらすらとメモ帳にペンを走らせながら、


「最近、幼馴染みものよりも家族がメインヒロインの作品が増えてきている気がするね。その中でも特に妹が多い印象」

「昔はメインヒロインにお兄ちゃんを取られて嫉妬する役回りでしたけどね」

「お兄ちゃんのことを誰よりもずっと傍で見てきた立場にいるのが妹だからねーん。あとは、異世界ものが増えたのと似たような感じで、身近に甘えられる存在が欲しいって思う人が増えたのかもかも」

「甘えられる存在、ですか」


 僕の髪を指で掬いながら、穂乃果さんは吐息を零す。


「ほら、大人になればなるほど、他人に甘えられる機会は減っていくじゃない? だけど、見知らぬ他人にそれを求めようとするのは倫理的にも法律的にも難しい。そこで必要となってくるのが、フィクションとしての妹キャラなんじゃないかな?」

「まあ、現実の妹って兄のこと嫌いな人が多かったりしますしね……」

「自分のことを誰よりも理解してくれている、自分のことを誰よりも見てくれている、そして自分の悩みを打ち明けやすい、誰よりも身近にいる女性。……それが妹ヒロインだと私は思うけどにゃーん」


 まあ、個人的見解だから鵜呑みにはしないでね――と穂乃果さんは微笑む。

 僕はメモ帳を床に置き、モニターに視線をやる。そこには顔を赤くした妹の頭を撫でる主人公の姿が映し出されていた。


「妹ものかー……でも僕、一人っ子だから妹がどんな感じなのか分かんないんですよねー」

「何を言ってるんですか。さっき明智先生が自分で言ってたじゃないですか」

「へ?」

「現実の妹って兄のこと嫌いな人が多かったりする、って。妹キャラと言っても所詮はフィクションなんですから、自分の好きなように書いたらいいんですよ。兄のことを大大大好きなブラコン妹でも、兄のことを突っぱねつつも実は超絶ブラコンなツンデレ妹でも……明智先生の思う妹を書けば、それが明智先生にとっての妹キャラになるんですから」


 むぎゅーっと僕の背中に胸を押し付けながら、雪音ちゃんは言う。


「……雪音ちゃんて結構小説に対する熱意が凄いよね」

「当たり前なんですけど。これでも新人賞の大賞受賞者ですよ? 入賞するためにたっくさん勉強してきたと胸を張って言える自信があるんですけど」

「そういえばそうだったね。なんかただのうざい後輩っていうイメージが先行しててすっかり忘れてたよ」

「新人賞の授賞式での一件をお忘れで!? というか私、レーベル始まって以来の超売れっ子新人ラノベ作家って巷で呼ばれてるぐらいには有名人のはずなんですけど!? ツイッターでも私の作品の感想とかたくさん流れてきてますし! ほらほらぁっ!」


 スマホの画面を頬にむぎゅーっと押し付けてくる雪音ちゃんに、僕はきっぱりと言い放つ。


「実は僕、ツイッターで余計なことしか言わないからって、向島さんにアカウント消されたんだよね。あっはっは」

「そんな荒療治施されることあります!? 確かに、言っちゃいけない裏事情とか平然と呟いてたり、デビュー作を担当した絵師さんのことボロクソに叩いてたりしてましたけど!」

「えぇ……雅也くんそんなことしてたの……さすがにプロとしてそこの一線だけは超えないようにしないとダメだよ……確かにキミのデビュー作の絵師は〆切守らないくせにゲームばっかりやってたクソ野郎だったけど……」


 僕を諭しながらも結構ボロクソ言うなこの人。同じ絵師として何か思うところでもあったんだろうか。

 穂乃果さんは僕の肩に顎を乗せ、ぐでーっと体重を預けてくると、


「まあ、そのクソ絵師のことはともかくとして、妹ものってのは良いかもしれないね。……出版する時期さえ見誤らなければ、だけど」

「ですね……」


 ブームというのは賞味期限がかなり短い。些細なきっかけで爆発的に流行ったものが一か月後にはみんなから忘れられている、なんていうのはクリエイター業界ではよくある話だ。どこぞの敵キャラの女体化とか、どこぞの青い紐をつけた女神系ヒロインとかも、その一例か。瞬間風速は凄かったけど、その分終息速度も尋常じゃなかったし。


「うーん、ブームを考えると、妹ものを作るのはちょっと躊躇っちゃいますね……やっぱり次に何が流行るのかを予想して企画を練らないとダメなのかなぁ」

「でも、それは難しくないですか?」

「難しい、ってー?」


 雪音ちゃんの反応に穂乃果さんが疑問を返す。

 雪音ちゃんは僕の背中から移動――そして僕の太ももに頭を乗せて寝転がりながら、穂乃果さんからの問いに答えを示し始めた。


「んしょ、っと……ええとですね、最近私も所属レーベルの企画会議に企画を提出するようになったのですが、ウチのレーベルって今流行っているもの以外は基本的には受け付けない感じなんですよ」

「へー。雪音ちゃん、もう新しい企画を作ってるんだ。あんなに売れてるんだから続き書けばいいのに」

「あれは一巻完結を想定して書いたので、続きを書くつもりはありません。向島さんや編集長さんとかは書け書け言ってきますけど、基本的には全部無視してます」

「凄いね君……僕だったら喜んで続編書くけどなぁ」

「だって書きたくないですし。書いたところで無理矢理な展開になって駄作コースまっしぐらするの分かり切ってますし。それなら書きたい作品のために時間や労力を割いた方が五億倍ぐらいマシですし」


 ――好きなものを書けるのは売れっ子作家だけの特権。

 先日、向島さんから言われた言葉がふと頭をよぎった。


「で、話を戻しますけど、編集部が今の流行を重要視するスタイルでいる以上、次のブームを予想……つまりは博打のような真似を認めたりはしないと思うんです」

「だから安牌を選ぶべきだ、ってことか」

「まあ、安牌を選びまくった結果、一軍から蹴落とされた某レーベルとかもありますから、一概には言えませんけど」


 結局のところ、全部博打ってことになるんだろう。

 安牌が安牌とは限らない。もしかしたら隠れた地雷かもしれない。

 未来のブームを予想して博打を打って、そのまま上手くいくかもしれない。

 この業界に絶対はない。後追いしまくってジャンルを滅ぼすこともあれば、先行してジャンルを築き上げることだってある。

 重要なのは、運。

 向島さんが僕に言っていたことだ。作者に必要なのは運。だから、当たりを引き当てるまでとにかく書き続けるしかない、と。


「……次の企画は難儀しそうだなあ」

「そのために今こうして市場分析を行ってるんじゃないですか。まだ諦めるには早いですよ」

「雪音ちゃんは僕に作家を辞めてほしいのかほしくないのか時々分からなくなるね」

「当然、辞めてほしいですよ。だから上げに上げまくって最後に落として、その落差に絶望した結果、ラノベ作家を辞めるコースに進んでいただけると大変嬉しいことこの上ありません」

「悪魔じゃねえか」

「悪魔じゃないです。可愛い可愛い後輩です」


 僕を下から見上げながら、雪音ちゃんはクスリと笑った。



 その後、穂乃果さんが選んだアニメの視聴も終え、僕はメモ帳に殴り書きしたものを別のノートにまとめる作業に移っていた。

 因みに、穂乃果さんと雪音ちゃんは今、この部屋にはいない。何故かというと、近くのコンビニにアイスを買いに行ったからである。


「女子高生と一緒に深夜のコンビニへ……一発補導コースだよなあ」


 そもそも彼女を僕の家に泊めている時点でアウトオブアウトなんだけどね。ほんと、手遅れになる前に早く成人してほしい。僕はまだ豚箱に入れられたくはない。


「んー、っぁ……さすがに座りっぱなしだと疲れるなぁ」


 僕も一緒にアイスを買いに行けばよかったかな――そんなことを考えていると、僕のスマホがけたたましい着信音を響かせ始めた。


「ん……向島さん?」


 画面に表示された名前が無意識に口から零れ出た。

 こんな夜中に何の用事なんだろうか。不思議に思いつつも、担当さんからの電話を無視する訳にはいかないのですぐに通話を開始する。


「はい。明智ですけど……」

『夜分遅くに申し訳ありません、明智雅先生。今、お時間大丈夫でしょうか?』

「あ、はい、大丈夫です」

『ありがとうございます』


 ??? なんかいつもよりも声が真面目だな。僕、何かやらかしただろうか……。

 不安になる僕のことなど気づかぬ様子で、向島さんは言葉を続ける。


『明智先生。「異能の使えない幼馴染みは好きですか?」はご存じですよね?』

「ええ、まあ……」


 そりゃあ知ってる。だってそれは、心晴のデビュー作のタイトルなのだから。


『全巻読んでますか? キャラ同士の関係性や、世界観なども理解できてますか?』

「……そりゃあ同期の作品ですから読んでますけど……それがどうかしたんですか?」

『では、単刀直入に言わせていただきます』


 向島さんは息継ぎすることもなく、躊躇うこともなく、堂々とした声で僕に言い放った。


『明智先生。次の企画は一旦置いて、「異能の使えない幼馴染みは好きですか?」の外伝小説を書いてもらえませんか?』

「…………………………………………………………………………は?」


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