第8話 スーパー甘やかし大戦α
「じゃあ、盛り上がっていこっか!」
僕の部屋の床に大量の酒とおつまみを広げた張本人である穂乃果さんは心の底から嬉しそうな笑顔でそう言った。
相変わらずマイペースの権化みたいな穂乃果さんの行動に僕は軽く眩暈を覚えつつも、彼女が持ってきた酒の一つを手に取り、開封する。——カシュッ、という小気味良い音が僕の鼓膜に軽く触れた。
「どんだけ部屋に食糧貯めこんでたんですか……これ、どう考えても一人で食える量じゃないでしょうに」
「修羅場の時用の非常食達だよーん。部屋から出る時間がもったいないから、修羅場の時はいつもお菓子とお酒を食べながら作業してるのさ」
「夢のような作業環境過ぎて頭痛くなりそうですよ」
僕みたいな貧乏じゃあ絶対に真似できない、勝ち組にのみ許された作業スタイルと言えよう。ていうか普通に高いワインとか置いてあるんだけど。作業しながらワインとか飲むのかよ穂乃果さん。もう貴族じゃん。
穂乃果さんはビールの缶を開けながら、
「そいえば、雪音ちゃんはまだ来てないんだね」
「さっきラインに通知来てましたけど、家で風呂を済ませてからこっちに来るそうですよ」
「うーん、律義な子だねー。私みたいに雅也くんの部屋のお風呂に入っちゃえばいいのに」
「あんたは隣の部屋なんだから自分のところで風呂入れよ」
「えー。やだよー。家に帰るのめんどくさいじゃーん」
「ここからだとこの部屋の風呂場もあんたの部屋もそんなに距離変わんないでしょうがっ!?」
「そんな小さいことは気にすんなーい」
けらけらと喉を鳴らす穂乃果さん。まだビールを開けただけだというのに酔っ払いみたいなテンションだな……いやいつものことだけどさ。
「んじゃ、まだ雪音ちゃんはいないけど、とりあえず乾杯しとこっか」
「ただアニメ観るだけなのに乾杯する意味とは……」
「アニメ観る会記念、ってことでいいじゃん。はい、かんぱいかんぱーい!」
「……はぁ。かんぱーい」
缶ビールと缶チューハイによる美しくない乾杯が爆誕した。
穂乃果さんはビールを勢いよく喉に流し込み、「っぷはぁっ!」とおっさん臭いリアクションを僕に見せつける。
「しっかし、まさかあんなに可愛い子がキミの家に入り浸っていたとはねー」
「雪音ちゃんのことですか?」
「いえーす。こはるんと違って、キミって女っ気ない人だったじゃん。なのに、いつの間にあんな子と仲良くなってたんだろなー、って」
「雪音ちゃんが一方的に僕にからんでくるだけですよ。僕にラノベ作家を辞めてもらうために僕を甘やかしまくるんだー、って」
「へぇ……キミを甘やかす、ねぇ……」
穂乃果さんは缶ビールをゆっくりと床に置く。
「ちょっと面白そうだね、それ。……そだ。試しにこれから私がキミを存分に甘やかしてあげよう」
「……何でそうなるんですか。もう酔ってるんですか?」
「私がお酒に強いって知ってるでしょー?」
確かに、穂乃果さんはお酒にめっぽう強い。以前、僕と心晴が彼女に飲み比べを挑んだが、完膚なきまでに叩きのめされてしまった。顔が赤くなることもふらつくことも呂律が回らなくなることもない。本当にアルコールを摂取しているのか不思議になる程に、彼女はとてつもなく酒に強いのだ。
「ほらほらー、私はもうキミを甘やかしたいモードに入っちゃったよー? キミはいつからおねーさんを待たせられるほど偉くなったのかなー?」
両手を大きく広げる穂乃果さん。軽い動作に合わせてノーブラ状態の爆乳が揺れ、僕の心臓が反射的に高鳴ってしまう。
穂乃果さんは、とても綺麗な人だ。胸も大きいし、美脚だし、美尻だし。これで何で彼氏の一人もいないのか不思議でしょうがない。漫画家としての実力も、人間としての魅力も……天が二物を与えてしまった完璧人間、それが時雨崎穂乃果だ。
そんな彼女が、今、両手を広げて僕に迫ってきている。柔らかそうな双丘が僕を受け入れんと揺れている。……こんなの、我慢しろって方が無理だ。
「ほらほらー、おいでおいでー」
「……今更ナシとか言われても知りませんからね」
「——へ?」
穂乃果さんの胸に顔を埋め、そして彼女の細い身体を抱き締める。直後、ひまわりを彷彿とさせる香りが僕の鼻腔を激しくくすぐった。
「ほ、ほほほほんとに甘えてくるとは……お、おねーさん、ちょっと予想外だったかも、なーんて……」
ちら、と視線だけを上げてみる。
穂乃果さんの顔は今から爆発するんじゃないかってぐらいに真っ赤に染め上げられていた。なんだかんだいって恥ずかしがり屋のくせに僕を挑発するのが悪いのだ。というか僕だって、気持ち良い以前に、とても恥ずかしい。なんか赤ちゃんになった気分だ。
顔で彼女の胸を受け止めつつ、彼女の身体に全体重を預ける。人をダメにするソファというものが世間には存在するが、まさにそれに身を預けた気分だ。全身がこのまま溶けてなくなってしまいそう。
「……キミ、前より素直になった?」
「何でそう思うんですか?」
「いやぁ、以前までのキミってツンデレだったっていうか、ネガティブを拗らせた結果、他人を拒絶してたじゃん。そんなキミが私にこうして素直に甘えてくるとか、どういう心境の変化があったのかなー、って」
「……人に甘えるのも悪くないなって、思うようになっただけです」
「……雪音ちゃんかな?」
相変わらず鋭い――っていうか、選択肢が少なすぎて考えるまでもないことか。僕の友人は心晴しかいないし、向島さんはあんなだし、消去法で雪音ちゃんにたどり着いた、という感じなのだろう。
誤魔化しても意味はないので、素直に頷いてみる。
穂乃果さんは僕の頭を撫でながら、くすりと笑った。
「そっかぁ。雅也くんは雪音ちゃんに骨抜きにされちゃったのかー」
「その言い方には語弊と誤解と不名誉が含まれてるので今すぐ撤回してほしいんですけど?」
「まあまあ、そう怒らないの。今はおねーさんに甘やかされてるんだから、素直にぐでーってしときなさいな」
「甘やかされてるっていうかただ頭撫でられてるだけなんですが」
「私のおっぱいに顔を埋めながら言われてもなー」
「……あの、これ想像以上に恥ずかしいんでやっぱり膝枕に変えてもらってもいいですか?」
「膝枕は恥ずかしくないっていうキミの感性はよくわかんないなぁ」
そう言いつつも僕の願いを聞き入れてくれた穂乃果さん。大勢を変え、その柔らかな太ももで僕の頭を受け止めてくれた。因みに、依然として僕の頭を撫で続けている。
「うーん。でも、キミが急にこんなに素直になっちゃってると、おねーさんとしてはちょろーっと複雑だなぁ」
「何で僕が素直になったからって穂乃果さんが複雑な心境に陥るんですか……」
「ははっ、どうしてだと思う?」
「……僕のことを弟みたいに思ってるから?」
「んー、ハズレかなー」
「じゃあ何が正解なんですか……」
「知りたい?」
「そりゃまあ、問題の答えは知りたいですよ。あとこの問答がラノベのネタに使えるかもしれませんし」
「あはは。こんな時までラノベのことを考えるとか、キミは本当にどうしちゃったんだろうねー」
そう笑って、穂乃果さんは僕に顔を近づける。
さっきまでの軽い笑みとは違う、こちらを包み込むような、それでいて少し儚げな微笑みを、僕に至近距離から見せつける。
「それはね、雅也くん。私がキミのことを――」
「な、ななななにやってるんですかお二方ぁああああああああああああ!!??」
とても聞き覚えのある絶叫が僕の部屋に響き渡る。
慌てて身体を起こして玄関を見ると、そこにはリュックを背負い、軽装に身を包んだ雪音ちゃんが顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。
「あ、雪音ちゃんだー。随分遅かったわねー」
「両親を説得するのに時間がかかって――って違う! 違いますよそんな世間話に興じてる場合じゃないんです! 時雨崎さん! あなた、明智先生に何してるんですか!?」
「え? 何ってー……甘やかしてる?」
「明智先生を甘やかすのは私の仕事です! 役目です! 特権なんです! それを奪うような真似は、絶対に許してはおけませーん! がるるるる!」
「えー。雅也くんは別に雪音ちゃんの所有物って訳じゃないんだし、独占しようとするのは良くないと思うなー?」
「独占とかじゃないですぅ! パクらないでほしいって言ってるだけですぅ!」
バチバチバチィッ! と火花を散らす美女と美少女。……いや、火花を散らすってよりは、雪音ちゃんが一方的に突っかかってるだけのように思える。というか彼女はどうしてそんなに怒ってるんだろうか……女の子ってよく分からない。
雪音ちゃんは部屋に上がり、布団の上にリュックを投げ捨てると、僕を思い切り抱き寄せた。瞬間、彼女の巨乳が僕の顔を優しく受け止めた。
「わぷっ」
「明智先生は私が甘やかしに甘やかして、ラノベ作家を続けるなんて馬鹿らしいって思ってくれるようになるまで甘やかす予定なんです! それが私のお仕事なんです! それを奪うだなんて……絶対に見過ごせません!」
「え? それはダメだよー」
「どうしてですか!」
「だって私、今後、雅也くんが出すラノベの挿絵を全部書かせてもらうって、彼と約束してるし」
「……………………何ですと?」
丁寧な言葉に反してドスの利いた声色が僕の鼓膜を貫いた。女子高生なのにヤクザみたいな殺気出すのやめてくれませんかね……。
「明智先生。今の話は本当ですか?」
「え、あ、は、はい。そ、そんな約束もしたなぁ、で、でも、僕の一存で決められることでもないな、なーんて……」
「ラノベ作家を辞めるくせに挿絵なんか頼んでんじゃないですよー! もー!」
「いや、ラノベ作家を辞めるだなんて僕一言も言ってないよね? 君が勝手に僕を辞めさせようとしてるだけだよね?」
そんなことを言っていると、ぐいっと穂乃果さんに身体を思い切り引っ張られた。雪音ちゃんよりも大きくて柔らかいおっぱいが僕を優しく受け止める。
「ふふふ。雪音ちゃんが雅也くんを辞めさせるために甘やかせるならー、逆に私は雅也くんにラノベ作家を続けてもらうために甘やかしまくっちゃおう。ラノベ作家を続けていれば私みたいな爆乳美人にいつでもどこでも甘やかしてもらえるんだよー最高でしょーほらほらラノベ作家って気持ち良い仕事だよねー?」
「くっ……片方に肩入れするつもりはないけど、おっぱいには逆らえない……!」
「なんで私の時と反応が違いまくってるんですかー! やっぱりおっぱいですか!? 私より時雨崎さんのおっぱいが大きいからですか!?」
「くっくっく。巨乳ごときが爆乳に勝とうだなんて百年早いのだー」
「キィーッ! 爆乳が何ですか! こっちは大きさだけじゃなく形も綺麗な美巨乳なんですけど! 垂れ下がった爆乳なんか敵じゃないんですけど!」
「——ああん?」
ぷっつーん、と。何かが切れるような音が穂乃果さんの頭から聞こえてきた。
「……ふ、ふふ。あはははははははははは」
穂乃果さんは不気味な笑い声を零しながら僕を床に下ろし、そしてそのまま雪音ちゃんの両肩を勢い良く掴んだ。
「ごめんね雪音ちゃん。おねーさん、ちょっと今の言葉聞こえなかったから、もう一度言ってくれる?」
凄まじい圧を放つ穂乃果さんの笑みに対し、雪音ちゃんは一切臆する様子を見せず、逆に満面の笑みを返す。
「——年増乳☆」
直後。
床を突き破る勢いで取っ組み合いの喧嘩を始めた美少女と美女に溜息を吐きながら、僕はこれからどのアニメを観ようか上の空で考えていた。
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