第7話 ドエロマンガ先生

「いやー、ごめんごめん。まさか取り込み中だったとは……たはは」


 よれよれのTシャツとホットパンツを身に着けたポニーテールの巨乳美女はだらしなく胡坐をかきながら、照れ臭そうに頬を掻いた。

 僕は雪音ちゃんにボコボコにされ腫れまくった顔面を摩りながら、軽く溜め息を吐く。


「本当ですよ。もう少しで女子高生の太ももの感触をこの手に掴むことができたかもしれないのに」

「もう一回顔面ぶん殴っときますか?」

「本当にごめんなさい」


 笑顔で拳を掲げる雪音ちゃんに僕は深々と土下座する。笑顔の中で鋭く輝く絶対零度の瞳から察するに、次変な真似をしたら彼女は確実に僕にトドメを刺す気でいるのだろう。間違いなく、的確に、息の根を止められる。


「それで、そちらの方はどなた様なんですか?」

「うん? あー、私か。ふむ、そうだな……」


 彼女はニカッと邪気のない笑顔を浮かべると、



「雅也くんの彼女だよん♡」



「あ、そういう嘘はいいんで」

「……雅也くん雅也くん。独身の私が言えたことじゃないけどさ、キミもうちょい頑張った方がいいんじゃない?」

「勝手に僕の名誉を蹴落としにかかったくせにいきなり上から目線で慰めるとかあなた本当にイイ性格してますよね惨たらしく死ね」


 何か仕掛けてくるとは思ってたけど、それが失敗して更に僕にまで被害が及ぶとかちょっと予想の斜め上過ぎませんかね。……まあ、彼女らしいけどさ。

 たはー、と悪びれる様子もなく頭を掻いてヘラヘラしている彼女にジト目を向けつつ、僕は他者紹介を行う。


「この人は時雨崎穂乃果しぐれざきほのかさん。僕のお隣さんで、このアパートの大家さんで、更にプロのエロ漫画家さんだよ」

「ういーっす、時雨崎穂乃果でーっす。エロい身体してるピチピチの二十五歳エロ漫画家でーっす。よろしくねー」

「あ、は、はい。わ、私は冬森雪音です。明智先生と同じく、ラノベ作家をやっています。よ、よろしくお願いします……」


 雪音ちゃんにしては珍しく緊張していた。実は人見知りだったりするんだろうか? それか、穂乃果さんのぐいぐいくるオーラに気圧されているのか。

 穂乃果さんは雪音ちゃんを上から下までじろじろと舐めるように見ながら、


「ふんふん。おおー、へえ……ふむふむ」

「ひっ……」

「……あの、穂乃果さん? あなたの気持ち悪いプロの目つきのせいで穂乃果ちゃん完全に怯えちゃってるんですけど」

「あ、ごめんごめん。別に悪気がある訳じゃなくって、これは職業病みたいなもんなんだよー。エロい身体を見つけるとすぐに観察しちゃうんだよねー。あはは」

「……明智先生。何で今私、流れるようにセクハラ発言されたんですか?」

「諦めろ。この人はそういう人なんだ」


 時雨崎穂乃果。ペンネーム、時雨。

 某大人気エロ漫画雑誌の看板作家であり、最近では有名作家のライトノベルの挿絵なんかも担当したりしているバリバリの大人気絵師様でもある。ぶっちゃけ、僕なんかとは住む世界が違うのだが、同じアパートで暮らしているよしみでこうして仲良く……もとい、一方的に僕が絡まれる関係を築き上げられている。

 雪音ちゃんから嫌がられたことなど気にしていないのだろう。穂乃果さんはその大きな胸を揺らしながら、雪音ちゃんの肉体の観察を続けていた。


「……穂乃果さん。もう断言させてもらいますけど、またノーブラですよね?」

「んぇ? うん、ノーブラノーパンだよー。私、下着ってあんまり好きじゃないし」

「ブラだけじゃなくて下も履いてないのかよ」


 この人は僕が男だということを忘れているんじゃないだろうか。成人男性の家にグラビアモデル顔負けのスタイル抜群美女がノーブラノーパンで押しかけてくるとか、何か間違いが起きてしまっても不思議じゃないと思うんだけど。いや、僕にそんな度胸も行動力もないけどさ。

 そんなことを考えていると、穂乃果さんが自分の胸を両手で揉みしだきながらこちらを挑発するような表情を向けてきた。


「なに? もしかして私の服の下に興味があるの? キミのチ〇コを見せてくれたら特別に見せてあげないこともないぜ?」

「とてつもなく魅力的なお誘いですが隣の女子高生から凄まじい殺気を向けられているので遠慮しておきます」


 人ってそんなに冷たい表情できるんだね、雪音ちゃん。僕、君より年上なのに震えが止まらないよ。

 雪音ちゃんはツンドラの擬人化かなってぐらいに冷え切った顔で穂乃果さんを睨み、そして何故か僕の腕を抱き寄せると、


「……あなたは明智先生とえっちな関係なんですか?」


 あっはっは。こいつ、僕が生おっぱいすら見たことないって言ってたのをもう忘れてるな?


「えっちな関係だったら、どうする?」

「……別に、どうも、しませんけど……けどぉ……」


 口を尖らせ、不貞腐れたように呟きながら、僕の腕を強く抱きしめる雪音ちゃん。

 …………ふむ。


「穂乃果さん。雪音ちゃんをあまりからかわないでくださいね。雪音ちゃんも、僕たちは君が思ってるような関係じゃないからね? この人はただの友人だから」

「……本当ですか?」

「本当本当。ね、穂乃果さん?」

「そうね……確かに、キミの言う通り、私たちはただの――」


 穂乃果さんはサムズアップし、



「——ただの、セックスフレンドだね」



 こいつ死なねえかな。


「明智、先生……っ!?」

「ひい! 目が怖いし腕が折れそうなぐらい力入れてるしなんかもう全体的に怖すぎるよ雪音ちゃん!」

「あははははは! 面白い子だねー」

「なに笑ってんだ諸悪の根源ッッッ!!! エロ漫画家だからって何が何でもエロに持っていこうとするのはあなたの悪い癖だっていつも口を酸っぱくして言ってますよね!?」

「え? 口で酸っぱいものをなに? ナニをナニ? ねえねえ?」

「ちょっともう本当に黙っててください! 雪音ちゃんもそれ以上力込めないで! 折れちゃうから! 枯れ枝みたいにぽっきりいっちゃうから!!」


 とりあえず雪音ちゃんの腕を振りほどき、穂乃果さんを睨みつけ、盛大に溜息を零す。おかしい。今日は市場調査を行う予定だったはずなのに。なんで気づいたら部屋の中で腹の底から絶叫しているんだろうか。マジで意味わかんない。


「あははははっ! うん、十分笑わせてもらったし、そろそろ誤解を解いておこっかな」

「僕としてはこの部屋に来た時点で解いといてほしかったですけどね」

「そんなの面白くないじゃーん。やっぱりクリエイターとして、面白い方向に場を盛り上げていきたいし。でしょ?」


 無邪気な笑顔の穂乃果さんに何も言えなくなってしまう。この人は本当に根っからのクリエイター気質だな……漫画を描くために生きてるというか、生き様自体が漫画家というか……。

 穂乃果さんは四つん這いになりながら雪音ちゃんに近づき、彼女の頭を優しく撫でる。……襟元から人生初の生おっぱいが九割程見えているが、あえて何も言わないでおこう。役得だし、何より雪音ちゃんからの視線が痛いし。


「この子の言う通り、私たちはただの友人だよ。クリエイター仲間って言ってもいいかもね。……とにかく、えっちな関係なんかじゃないから安心して」

「……別に、疑ってなんかませんでしたけどね、ええ。私は最初から明智先生のこと信じてましたし」

「雅也くん。この子本当に可愛いね?」

「ノーコメントでお願いします」


 褒めたら絶対に調子乗るから。


「まあ、さっきのことについてはもういいです。私は寛大なので、特別に許してあげます」

「それは僕のセリフだと思うけどね」

「で、そんなただの友人が明智先生に何の用事なんですか? なんか、ごにょごにょ……を見せてくれとか言ってましたけど……」

「ああ、そうそう。雪音ちゃんが可愛くて完全に忘れてたわー」


 穂乃果さんは雪音ちゃんの頭から手を離すと、そのまま僕にもたれかかる。


「ねぇ、雅也くぅん。ちょっと煮詰まっちゃったからぁ、私にキミのチ〇コを見せてくれないかなぁ?」

「…………………………………………………………………………………………」

「無言! 無言は怖いからやめて雪音ちゃん! しかも目超怖い! どんだけ感情を失えばそんな目ができるのかな!?」


 人でも殺してそうな後輩に言い訳するように慌てて穂乃果さんを引き剥がす。


「あ、あなたもいきなり何言ってんですか! 頭沸いてんですか!?」

「えー。見せてくんないのー?」

「見せる訳ないでしょう!? 恋人でもセフレでもないのに!!!」

「じゃあ恋人になれば見せてくれるのかにゃー?」

「そんなしょうもないことで恋人になってたまるか! 少しは自分の身を大切にしたらどうなんですかねぇえ!」

「たはは。怒られちった」


 穂乃果さんは悪びれる様子もなく照れ笑いする。


「ったく……煮詰まったからって俺にすぐからもうとするのやめてくださいっていつも言ってるでしょう……?」

「えー。だって雅也くん成分を補充してると良い気分転換になるんだもんよー」

「知りませんよ……」

「なるほど……明智先生成分はスランプに良く効く、と……」

「ほら穂乃果さんがテキトーなことほざくから雪音ちゃんが変な勘違いしちゃってるじゃないですか」

「この子ほんとに可愛いねー」


 その点については同意する。……もう少しうざくなければ中身のことも褒めるんだけど。

 穂乃果さんは雪音ちゃんの頭をぐしぐし撫でながら、


「まーでも、キミにチ〇コを見せてほしいって頼んでるのは、別に煮詰まったからってだけじゃないんだよね」

「どうでもいいですけど女子高生の前で大の大人がチ〇コチ〇コ連呼するのやめてくださいね」

「興奮するからいいじゃん」

「マジで一回ぶん殴りますよ?」

「キミも興奮してるでしょ?」

「分かりました。ぶん殴りますから動かないでくださいね」

「いやーん。雅也くんがいじわるするー助けて雪音ちゃーん」

「わぷっ」


 穂乃果さんに抱き着かれた雪音ちゃんが爆乳に埋もれていた。……雪音ちゃんの胸は大きい方だが、やはり穂乃果さんの方が巨大だな……。

 雪音ちゃんをぬいぐるみのように抱きながら、穂乃果さんはほうと息を零す。


「実はさー、次の企画が『冴えないラノベ作家と痴女なエロ漫画家のイチャラブセックス』なんだけどさー」

「半端なく身に覚えのある企画ですね」

「まあ、この企画は私が提案したんだけどね」

「だろうなって思ってました」

「たださー、私って冴えないラノベ作家のチ〇コって見たことないから、どんな風に書けば良いのか分かんなくてねー。多分、短小包茎な感じでいけばいいとは思うんだけど、ほら、勝手に解釈したらキミに申し訳ないじゃん?」

「もう僕がモデルだって言っちゃってるよこの人」

「だから、本当に短小包茎なのか確認させてほしいんだよねー」


 ……………………ほうほうなるほど?


「とりあえずあなたを一発ぶん殴る権利はあると思うんですよね」

「そんなこと言わずにお願い! ただちょっと……いや結構がっつり……とにかくチ〇コを見せてくれればいいから! できれば触ったりもさせてくれると嬉しいかな! 質感を直に確かめるのはとても大事なことだし!」

「嫌ですよ! 何でお隣さんにそんなことされないといけないんですか! つーか質感を確かめるって何だ!」

「いや、明智先生も同じ理由で私の脚をおさわりしてましたよね?」


 雪音ちゃんが何か言っているが聞かなかったことにした。


「くっ……でも、こんなこと、キミにしか頼めないのに……!」

「モデルが俺なんだからそらそうでしょうね」

「いや、モデルが誰であろうとキミにしか頼めないし頼まないよ?」

「え? それって、どういう……」

「——あ」


 直後。 

 だらだらだらだらだらだらだら、と穂乃果さんが大量の冷や汗をかき始めた。そしてその汗が全て雪音ちゃんの頭に降り注いだ。


「にゃあああああああああっ!! 時雨崎さんの汗がああああああああああ!」

「待っ……ち、違っ、違うからね!? そ、そんな、別に深い意味とかないから! え、ええと、その……そう! 雅也くんってなんかすごく頼み事聞いてくれそうだからキミにしか頼まないようにしてるっていうか!」

「あ、なるほど……そういうことっすか……」


 ちょっと僕に気でもあるのかなって期待したけど、どうやら違ったらしい。まあ穂乃果さんって凄くモテそうだし、僕なんかにホレたりなんてする訳ないよねアハハハハ。そして穂乃果さんの滝のような汗に襲われている雪音ちゃんはご愁傷様です。


「はぁ……まあとにかく、その頼みは聞けません。俺に露出の趣味はないので」

「そ、そっかー。それは残念だなー。(モデルを口実に既成事実作ろうと思ってたのに……)」


 穂乃果さんは本当に残念そうに溜息を吐くと、雪音ちゃんから手を放し、その場にゆっくりと立ち上がった。


「ま、キミと話してたらなんか元気出たし、私は作業に戻るとするよ。雪音ちゃんっていう可愛い後輩とも知り合えたしね」

「私はまだあなたのことを警戒してますけど……」

「おっと、それは残念。一緒にお風呂にでも入ったら距離縮んだりしないかな?」

「同性同士でもセクハラって適用されるって知ってました?」

「雅也くん。この子結構ぐいぐい来るね。毒舌的な意味で」

「あんたの自業自得だろ」


 まあ、いつも毒舌ぶつけられてる僕が言えたことじゃないかもだけどさ。


「んじゃま、今日はここらでお暇するねーん。私に見せるために次までにちゃんとチ〇コ綺麗にしとくんだよ?」

「もう出禁にしてもいいですか?」

「私ここの大家だから合鍵あるよ?」


 胸の谷間から鍵束を取り出しニヤニヤ笑顔を浮かべる穂乃果さん。どうでもいいけど肌めっちゃ荒れそうなんでやめたほうがいいと思う。


「はいはい。いいから早く帰ってください。僕はこれから勉強しないといけないんで」

「ん? 勉強? なに、資格でも取るの?」

「いえ、次の企画のための市場分析を……あ」


 余計なことを言ってしまったと後悔したのも、既に遅く。

 キラキラキラーッ! と子供のような笑顔を輝かせる穂乃果さんが、一瞬のうちにそこに爆誕していた。


「なにそれなにそれ! もーっ、何でそんな楽しいことに私を誘ってくれないの!?」

「あーしまったぁ……」

「え? え? 何ですか? 今どういう流れになってるんですか?」


 目をぱちくりさせる雪音ちゃんに僕はげっそりとした顔を向ける。


「……この人、こんなんだけど根底では寂しがり屋でさ。だから、こういう集まりに結構飢えてるんだよ……」

「あー……いますよねそんな人……」


 心当たりがあるのか、露骨に遠い目をする雪音ちゃん。

 そんな状況など露知らずといった様子で穂乃果さんは玄関へと走っていくと、


「私ちょっと自分の部屋からお酒とおつまみ持ってくるから! あと私おすすめの映画もね! っていうかそのままキミの家に泊まっちゃうから部屋着貸してね!」

「は? いや、ちょっ……ってもういねぇ!」


 開け放たれた扉だけがそこには残されていた。


「あーもー……本当に勝手な人だな……」

「……あの、明智先生」

「あ、ごめんね雪音ちゃん。さっきの通り、穂乃果さんが今日ウチに泊まるみたいだから、あんまり遅くまでは相手できな――」

「私も泊まります」

「……………………………………………………ごめん。今、何て?」



「私も泊まります。泊まるったら泊まりますッッッッ!!!!!!!!」



 凄まじい形相で僕に詰め寄る雪音ちゃん。大人である僕が女子高生を家に泊めさせるなんて普通に犯罪な気がするんだけど……どうせそんなことを言っても聞いちゃくれないだろう。この子がそういう子だってことは、嫌ってぐらいに理解している。

 雪音ちゃんは穂乃果さんと同じように玄関まで走って向かうと、


「家にお泊りセットと執筆セットを取りに行ってきます! すぐに戻るので、鍵は開けっ放しにしといてくださいね!?」

「いや、ちょっと待っ――ってもういないし……」


 もぬけの殻となった玄関をただただ呆然と眺める僕。

 話を聞かない美少女と美女のせいで頭が痛むのを感じながら、その後に待っている美少女たちとのドキドキ☆お泊り会に思いを馳せつつ、僕は静かに十字を切った。


「…………願わくば、警察にだけは見つかりませんように……」


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