第6話 生足魅惑の女子高生


「……ふぅ。ようやく最終話まで視聴完了ー、っと」


 雪音ちゃんのおかげで(誠に遺憾ではあるが)折れかけていた心の修復に成功し、ラノベ作家としてもう一度頑張ろうと奮起することができた翌日。

 僕は向島さんからのアドバイス通り、市場調査――つまりはマーケティングを行っていた。


「アニメを一話から最終話までぶっ続けで視聴できるのは専業作家の強みだよなあ。兼業だとインプットにここまでの時間はかけられないだろうし」


 アニメの一話はコマーシャルを抜くと大体二十分ほど。それを1クール分――十二話ぶっ通しで見続けると、かかる時間は単純計算で約四時間。休日ならいざ知らず、平日の朝早くからこんな真似ができるのは、やっぱり専業だからこそだろう。


「そうですねー。でも、アニメをずっと見続けるのって結構疲れません? 特に目、目の疲労がやばみですね」

「……それで、何で現役女子高生であるはずの君がド平日の朝早くから僕の家に入り浸っているのかな?」

「フフフ。それは私のトップシークレットです♪」


 布団の上で足をパタパタ、身体をごろごろさせながら、超売れっ子の女子高生ラノベ作家は無邪気な笑みを浮かべる。

 別に他人の裏事情や家庭環境にまで首を突っ込んだり追及したりするつもりは毛頭ないけど、さすがにちょっとは気になってしまう。……どうせ彼女のことだから自分から話したりはしないんだろうけど。僕にラノベ作家を辞めてほしい理由もまだ話しちゃくれないし。


「しっかし、さっきのアニメはすごかったですねー」


 ごろん、と布団の上で軽く転がり、仰向けになる目隠れ美少女。


「凄かったって、何が?」

「フフッ。何だと思います? 当てられたら胸枕をしてあげてもいいですよ?」

「さーて、次はどのアニメを観ようかなー」

「巨乳で可愛くて超売れっ子な女子高生作家を無視ですか!? 少しは話に乗ってきてくださいよ! 会話大切! 美女と会話するためだけに何万も払うサラリーマンだっているんですよ!? 会話するためだけに! 何万も!」


 女子高生をキャバ嬢扱いするとかそれこそ社会的制裁を受けても文句を言えないレベルだと思うんだけど。というか、今サラッとサラリーマンのことディスったよねこの子。

 僕は動画配信サイトから雪音ちゃんへと視線を移動させる。


「はぁ。分かった分かった。それで? さっきのアニメのどこが凄かったの?」

「よくぞ聞いてくれました! それはズバリ――エロです!」

「あ、もしもし警察ですか?」

「別に通報してもいいですけど危ないのは私よりも明智先生の社会的尊厳の方なのでは?」


 そうでした。


「エロ、ねぇ……まあ、さっきのアニメは過激なエロ描写が話題になった作品だからね。それ十八禁じゃないの? ってツッコミを入れたくなるぐらいの」

「ですです。正直、JK的にはドン引きっていうかいやそんな女の子いないしとしか思えませんでしたけど、まあ、やっぱりこういうものが売れるというのはこの世の真理だと私は思いますね」

「ラノベ読者の大半が男だしねえ」


 昔と比べると男女比の差は割と均等に近くなったとはいえ、それでも男性読者の方がまだ数は多い。だからエロに振り切ったラノベはまだ高い需要を誇っているし、今後も何だかんだ必要とされるジャンルだと思う。規制は厳しくなってるけど、完全になくなることはないだろう。


「という訳で、明智先生もエロを書けばいいんじゃないかと思います。あ、ヒロインは目隠れで巨乳で女子高生だったりしたらポイント高いです」

「そうだね。女子高生ヒロイン、って要素だけは使わないとね」

「……最近、私のあしらい方を分かってきた感じありますよね、明智先生」


 そりゃあもう、何日も付きまとわれれば嫌でも理解するってもんよ。


「でもまあ、確かにエロってのは良いかもしれないね。僕のデビュー作にもエロ描写はあったにはあったけど、本当にちょびっとだけだったし」

「冒頭でヒロインが主人公に着替えを除かれるシーンと敵に服を切り刻まれるシーンだけでしたよね」

「そうそう。……って、どうしてそんなに詳しく知ってるの?」


 まさか、僕の作品をちゃんと読んでくれて――


「レビューサイトに書いてありました」

「……………………そうなんだ……まあ、知ってたけどね……うん……」


 別に期待なんざこれっぽっちもしてないし。読んでくれてたとしても、どうせ流し読みとかだろうし。泣いてなんかないし。……ぐすっ。

 零れた涙をこっそり拭い、僕は椅子の背もたれに体重を預ける。


「エロ……エロかぁ。正直、エロ描写ってあんまり得意じゃないんだよね」

「童貞ですしね」

「は? 童貞じゃないが?」

「いや、別に私相手に強がらなくていいですって。明智先生のことですし、どうせ女性のおっぱいすら見たことないんでしょう?」

「フッ。それはさすがに僕を甘く見過ぎだよ雪音ちゃん。おっぱいの一つや二つ、僕だって見たことぐらい――」

「エロ動画は無しですからね。肉眼での話オンリーでお願いします」

「……妄想ならセーフ?」

「何でこの流れでオッケー貰えると思ったんですか? バカなんですか? 普通にアウトですよ、アーウートー」


 あまりにも無慈悲。この世に神なんていないと心の底から思った。

 雪音ちゃんはゆっくりと上体を起こし、わざとらしく溜め息を吐く。


「はぁ……もう二十歳越えてるのに女性の生おっぱいすら見たことがないとか、生きてる意味あるんですか?」

「生おっぱいを見たことないぐらいで女子高生から人生否定されるとかある?」


 人生ベリーハードすぎやしませんかね。


「だ、大体、生おっぱいを見たことがないこととエロ描写が苦手だってことに相関関係はないからね?」

「野球のことを知らない人は野球の描写なんてできないと思いますけど」

「何でそうやって確実に僕の息の根を止めようとしてくるの?」

「いえ、今のはさすがに明智先生の自業自得だと思うんですけど……」


 げっそりとした顔で雪音ちゃんは呆れの声を零す。本当に失礼な子だな、この目隠れ女子高生は。


「そ、そんなこと言っても、しょうがないだろ。生おっぱいなんて、普通に生きてれば簡単に見られるようなものでもないんだし。……まあ? 風俗に行くとかなら? 話は別だけどさ」

「…………明智先生は生おっぱいが見たいんですか?」

「———————————————————————、」


 落ち着け。ゆっくりと、そして冷静に思考を働かせるんだ。

 僕はこれまで多くのオタクコンテンツに触れてきた。その中には主人公を誘惑するヒロインというものが少なからず存在した。だから、今の雪音ちゃんの言葉に対する正しい行動というのも、僕の頭の中にはちゃんと入っている。

 ここで素直に頷くのは、完全にアウトだ。スンッと無表情になって警察を手早く呼ばれるのが関の山——そんなことぐらい、僕は分かっている。

 性欲に負けるのは破滅への直線コース。本能に従って素直に生きることが許されるのはそれこそエロゲーとかラノベの主人公だけだ。僕みたいな一般人、それも現実世界の凡人に、あんな振る舞いは許されない。

 僕がとるべき行動は、大人として完璧な応対をすること。

 つまり……興味がある様子は見せつつも、手を出す気はないことを全力でアピールすることだ!


「……ま、まあ、興味がないと言えばウソになるけど……で、でも、やめておくよ。僕は女子高生に手を出すほど非常識な人間じゃな――」

「…………ちらり」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 雪音ちゃんが胸元を開けっ広げに! おっぱいの谷間が! リアルJKの生おっぱいが!


「——ハッ!?」

「……あの、私ちょっと用事思い出したんで」


 服を整え鞄を手に取り、玄関へと早足で歩き始める雪音ちゃん。

 僕は瞬時に悟った。

 ここで彼女を止めなくては、明日の朝を留置所で迎えることになると。


「ちょぉおおおおおおおおっと待ったああああああああああああっ!」

「ほえ? ——ぷぎゅっ!?」


 慌てて雪音ちゃんの肩を掴み、そのままベッドに押し倒した。

 雪音ちゃんの豊満な胸が上下左右に大きく揺れ、思わず前屈みになってしまう僕だったが、今はそんなことに意識を割いている場合ではない。彼女を説得し、平凡な明日をこの手に掴まなくてはならないのだ。


「落ちつこう! そして平和的に話し合おう! 僕たちは分かり合えるはずだ!」

「わっ、わわっ(せ、先輩の顔がすぐ近くに~!)」

「目を瞑らずに僕の話を聞いてくれ! さっきのは、その……別に他意があった訳じゃなくってね?」

「(かかかかかかか顏が近いいいいいいいいいいいいい)」


 くそっ、どうしても目を開けてくれない! 何故か顔も真っ赤だし……こうなったら、無理矢理にでも僕の言い分を聞いてもらうしか……!

 そうと決まればなんとやら。僕は早速、彼女の耳元でささやく作戦を決行した。


「……さっきのは別に他意があった訳じゃ」

「きゃぁあああああああああああああああああああああっ!!!!!????」

「げふうっ!?」


 雪音ちゃんのミドルキックが僕の鳩尾にクリーンヒットした。


「マイストマックがぁああああああああああああああああああっ!!!」

「お、女の子の耳に直接息を吹きかけるとかありえないです! ほんっっっっっとうにありえないです!!! 先輩にはデリカシーとか常識とかモラルとかいうものはないんですか!?」

「ま、待って……今、ちょっとお腹が痛すぎて……お嫁にいけない身体になりそうなんだけど……僕のお腹、ちゃんと繋がってる……?」

「このまま二分割させてあげましょうか?」

「目! 目が凄く怖いんだけど! 僕何か悪いことしたかな!?」

「女子高生に本気で欲情したり女子高生の耳に直接息を吹きかけたりしました」

「……………………いつものやり返しってことで、ここはひとつ」

「————ふんっ!」

「げぼあっ!」


 女子高生の生足が僕の顔面を思い切り踏み抜いた。かなり痛かったが、これが女子高生の生足だと思ったら、なんだか少し気持ちよく感じたりも……。


「うぇへ、うぇへへ……」

「ひぃっ! な、何でニヤニヤしてるんですか!?」

「ハッ! そうだ! エロの描写をするためにも、今の内に女子高生の生足の感触を確かめておくべきでは!? すりすりもみもみ」

「ぎゃああああああああああああああああああっ!!! こ、この変態がぁあああああああああああああああっ!!!!」

「ぐぼあっ!?」


 どこぞの北斗神拳伝承者顔負けの速度で何度も僕の顔を踏みつける雪音ちゃん。しかし、せっかく掴んだこのチャンスを逃すわけにはいかないので、僕は彼女の脚の感触を覚えるべく、痛みに耐えながら彼女のふくらはぎをもみもみする。


「うにゃああああああっ!? さ、さすがにそれは引きます! いくら先輩でもさすがにそこまでされると無理無理無理無理無理の助です!!! やめてー! さすらないでー! もみもみしないでー!」

「もう少し。もう少しで何か掴めそうだから……」

「私のふくらはぎを掴みながら言うことがそれですか!?」


 立派なラノベ作家になると誓った以上、手を抜く訳にはいかない。彼女には悪いが、できるだけのことは全力でやらせてもらわなくては。


「ふくらはぎの感触はなんとなくわかったから、次は太ももを……」

「ひゃあんっ! ちょっ、それ、以上は……っ!」


 ゆっくりと、ねっとりと、彼女の脚の上で手を滑らせ――ようとしたまさにその瞬間、僕の部屋の扉が勢いよく開け放たれ、よれよれのシャツを身にまとった爆乳ポニーテールな美女が現れた。


「よーっす雅也くん! ごめんけど、ちょっとキミのチ〇コ見せてくんなーい?」

「へ、変態のおかわりですか!? もういやぁあああああああああああっ!!!」


 雪音ちゃんの悲痛な慟哭がボロアパート中に響き渡った。


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