第2話 冴えないラノベ作家の堕とし方

『デビュー作打ち切りのド雑魚ラノベ作家こと明智雅先生。私はあなたをこのラノベ業界から追い出すことを目標としています。どうぞよろしく』


 僕みたいなド底辺作家に向けてそんな爆弾発言が投下された衝撃の授賞式から早三日。

 未だ真っ白な企画書をぼーっと眺めながら、僕は欠伸を噛み殺していた。


「ふっ、く……あああ、なーんにも思いつかなーい……」


 新作の企画を向島さんにボツにされてしまったので早く次の企画を考えないといけないんだけど、面白いぐらいに何も浮かばない。毎日ジャンル問わずに何かしらの本を読んだり映画を観たりしてインプットはなるべくするようにしているのに、まさかここまでアイディアが出てこないとは。うそ、僕のアイディア、枯渇しすぎ……?


「企画会議を通過して無事に出版に漕ぎ着けたとしても、どうせまた一巻打ち切りになるだけ、って考えちゃってるから、頭が思うように動いてくれないのかなぁ」


 デビュー作早々に一巻打ち切りを経験してしまったせいか、ラノベに関するネガティブ思考が完全に身に沁みついてしまっている。ツイッターとかで売れっ子作家が時々創作論を垂れ流していたりするけれど、「まあ本当の底辺作家には関係のない話だな」とか思ってしまうし。これはもう本当に末期かもしれない。

 パソコンの画面から視線を外し、春の昼空を窓越しに見上げる。なんとも穏やかで平和な空だ。布が弾けるような音と共に空へと飛び立つ小鳥が、また何とも言えない春らしさを感じさせる。


「……なんか煮詰まっちゃったしカップ麺でも作ろうかな」


 煮詰まるも何も、かれこれ二時間ぐらいぼーっとしていただけなんだけど、それについては考えないことにする。


「本当に新作出せるのかな、僕……」


 止まらないネガティブ思考という名のヤスリに心を削られつつ、お湯を沸かすべく狭っ苦しいキッチンへと歩き出す――と。


 ぴんぽーん、と無機質なチャイムが鳴った。


「ん……? 宅急便かな……?」


 こんなド平日の午前中に宅急便なんて珍しい。というか、僕に何かを送ってくれる人に心当たりなんてないんだけど。……もしかして、宅急便の配達員を騙った向島さんが企画書の催促に来たんじゃないだろうな?


「……ま、その時はその時かな」


 催促されたところで出せる企画なんて何もないけど。

 寝ぐせのついた頭を掻きつつ、玄関へ。鍵のかかっていないドアノブをひねり、外界へとつながる扉をゆっくり開くと――


「こんにちは、ド雑魚ド底辺ラノベ作家の明智雅先生」


 ——絶世の目隠れ巨乳美少女に突然ボロクソに罵られた。


 ワンピースの上からでも分かる巨乳に、健康的な肢体。どうやって手入れしたらそんなに艶やかになるのか皆目見当もつかないミディアムヘアー。手には何かが入った買い物袋を持って――というところまで認識したところで、僕は軽い眩暈に襲われた。


「可愛い可愛い後輩が遊びに来てあげましたよ、ド底辺作家先生」

「……………………」


 自信満々のどや顔を浮かべる目隠れちゃんを呆然と眺めながら、僕はゆっくりと扉を閉じよう――とするが、寸での所で足を滑り込まされた。


「なに閉じこもろうとしてるんですか! せっかく可愛い可愛い後輩が家まで来てあげたというのに!」

「いや、可愛い後輩って……授賞式でいきなり殺害予告を出されたぐらいの関係性でしかないと思うんだけど……」

「それでも私が明智先生の一期下の後輩であることは事実です! はい、という訳で私を家に入れてくださいねー。さもなくば無理矢理家に連れ込まれそうになってますと大声で叫びます」

「何でほぼ初対面の美少女から何度も殺されかけないといけないの僕?」


 しかも社会的に殺そうとするとか、この目隠れちゃん恐ろしすぎる。見た目はかわいいなのに、やることはサイコパスだ。

 ここで騒がれて近隣住民に通報される訳にもいかないので、大人しく彼女を自宅に招き入れることに。


「うひゃー、散らかってますねまさに冴えない作家然とした部屋! せめて服とか畳んだらどうですか?」

「……僕以外この部屋に入ることなんてないし」

「でも実際、私がなうでこの部屋に上がってますよね。もっと計画性を持って生活したほうがいいのでは?」

「強盗みたいな手口で上がり込んできたくせになんで偉そうなんだこいつ……!」


 ただでさえ新作の企画が思い浮かばなくて悩んでいるのに、謎の生意気な後輩が家に上がり込んできて好き勝手罵倒してくるとか頭痛を通り越して脳卒中になりそうだ。


「ったく、しょうがないですねー。このままじゃ座って話もできませんし、ああしょうがないしょうがない」

「……あの、散らかった服を手に取りあなたは何をしようとしているのかな?」

「見て分かりませんか? 洗濯物を畳もうとしているんですよ。発想力の欠片もないんですかド雑魚先生は?」

「そこまで言われるようなことかなこれ!? いや、そうじゃなくって、どうして僕の服を畳もうとしてるんだよ。君には関係のないことだろう?」

「だから座って話せるスペースを作るためですってば。何回同じ話をさせるつもりなんですかド雑魚ド底辺ド童貞ラノベ作家先生は?」

「可愛い顔してるくせに飛び出す語彙の攻撃力があまりにも高すぎる!」


 もうマジでこの状況が意味わかんないんだけど、そうこうしている内に目隠れちゃんーーいや、期待の新人ゆにゃぽこ先生はテキパキと全ての服を畳み終えてしまった。


「よし、それじゃあ次はお昼ご飯でも作りましょうか」

「なにが『よし、それじゃあ』なのか説明してくれないと頭が熱暴走しちゃいそうなんですけど」

「腹が減っては戦はできぬというじゃないですか。そして、今、私はすごくお腹が空いています。——ね?」

「マイペースにも程がありすぎるだろ……いいから何の用があって僕の家に上がり込んできたのか説明してくれよ……僕だって暇じゃないんだからさ……」

「真っ白な企画書を埋める作業を忙しさに含めるのであれば、確かに暇じゃないのかもしれませんね」


 恐るべし大胆美少女。この短いやり取りの中で僕のパソコンの画面に何が表示されているのかを正確に把握しているとは――!

 じゃなくって。


「いいから何しにここに来たのか説明してくれないかな……昨日の今日でこっちはもう頭がパンクしそうなんだからさ……」


 授賞式で見知らぬ美少女からいきなり「ラノベ界から追放する」とか脅された僕の心境を少しは察してほしい。あの後、食事は喉を通らなかったし、知り合いの先輩作家たちから妙に優しくされて胃が破裂しそうだったんだから。

 僕の苦虫を噛み潰しまくったかのような顔でようやく僕の気持ちを理解してくれたのか、ゆにゃぽこ先生は「仕方ないですね」と肩を竦める。


「今日ここに来た理由は、あなたをラノベ界から追放するためです」

「おかしい。説明の意味が微塵も理解できない」

「明智雅先生。はっきり言って、あなたにラノベ作家としての才能はありません。即刻普通の人間として平凡な生活を送るべきだと私は思います」

「何でデビューしたての後輩からそんなことを言われにゃあならんのか……」

「そりゃあ偉そうに言わせていただきますよ。だって、売り上げ一五〇〇部一巻打ち切り作家であるあなたと違って、私のデビュー作は発売二日で十万部を突破していますから。ほら」


 そう言って彼女が見せつけてきたスマホの画面には、僕が所属しているレーベルの公式アカウントによる『ゆにゃぽこ先生デビュー作、発売即重版! 十万部突破の快挙!』というツイートが。どうでもいいけど初版の時点で十万部も刷られてるのかよ。特別待遇すぎません??


「……うっそだろ」

「嘘じゃないです本当です現実です見ての通りです。つまり、私はデビューからたった二日でラノベ作家としてあなたを大きく上回ったのです」


 ふふん、と鼻を鳴らし胸を揺らすゆにゃぽこ先生。可愛いはずなのに何故だろう、とてもイラつく。


「はぁ……それで? 君が十万部新人作家サマだとして、それがどうして僕をラノベ界から追放することに繋がるのかな?」

「……今ので心と筆を同時に折ってくれれば楽だったのですが、そう簡単にはいきませんか」


 ゆにゃぽこ先生は額に手を当て、溜息を吐く。


「私にはですね、明智先生、あなたにラノベ作家をやめさせなければならない理由があるんです」

「はぁ」

「あなたにラノベ作家をやめてもらって、私だけの……いえ、何でもありません。とにかく、私はあなたをどうしてもラノベ界から追放したいんです。そのためなら、手段は厭わない。どんなことをしてでも、ラノベ作家を辞めさせてみせます」

「……辞めさせるとは言うけど、僕はラノベ作家を辞めるつもりなんて毛頭ないんだけど」

「ええ。きっとそう言うだろうと思っていました。——ですが、そう言っていられるのも今の内です。何と言ったって、私には秘策がありますから」

「秘策?」

「はい」


 ゆにゃぽこ先生はずずいっと僕に近づく。襟元から胸の谷間が覗き、不覚にもドキッとしてしまう。


「明智先生。私はあなたがラノベ作家を辞めると決断するまで――全身全霊をかけてあなたを甘やかし続ける所存です!」

「…………………………………………………………………………」

「——フッ。あまりの恐怖で声も出ないようですね」

「……いや、こいつ何言ってるんだアホじゃないのかって思ってるけど」

「フフン。その反応は想定内です。しかし、あなたは絶対に私に屈する。私のような巨乳美少女高校生に甘やかされまくる生活にどっぷりと浸かり、最終的には『こんな辛い思いしながらラノベ作家続けるよりはずっと甘やかされ続けたほうが幸せだわー』と思うようになることでしょう!」

「やっぱり君アホなんじゃないの?」


 ていうか、女子高生だったのかよ。女子高生を家に上げてる僕、割と社会的に致命的な状況下にない? これ大丈夫なの?


「むむ。どうやらまだ私の恐ろしさが分かっていないようですね」

「そりゃあ、まあ」

「いいでしょう。それなら早速、私に甘やかしを受けてもらいましょうか! とりゃーっ!」

「うえっぷ」


 いきなり頭を掴まれたかと思ったら、次の瞬間にはゆにゃぽこ先生の膝の上に頭を乗せられていた。少し遅れて、柑橘系の香りが僕の鼻腔をくすぐり、柔らかい太ももの感触が僕こ頬を優しく撫でた。


「こ、これは……まさかあの伝説のHIZAMAKURA!?」

「フフフのフ。ド童貞である明智先生には衝撃が強すぎましたかね?」

「……いや確かに割と本気で驚いたし太もも柔らかい幸せ女の子の感触ってこんななんだって思っちゃってるけど、だからってこんなことぐらいでラノベ作家を諦めたりは――」

「それじゃあ耳かきしましょうか」

「いきなり話がぶっ飛んでるっていうかMIMIKAKI!?」

「はい、耳かきです。明智先生の穴を私がいじめにいじめ抜いて明智先生の腰を抜かしてあげましょう!」


 いやいや待ってくれ。こんな可愛い子に耳かきされるなんて確かに夢のシチュエーションすぎるけれど、だからって長年の夢だったラノベ作家を捨てる道を選ぶ訳――あひぃん!?


「んあっ……!? ほにゃ……!?」

「ほれほれー。ほらほらー。かりかりー」

「くっ……んあああ……」

「んー……おっきいのが詰まってますねー……ちょっと痛いかもしれませんけど、明智先生なら頑張れますよねー? はーい、がんばれがんばれ♡」


 な、なにこれなにこれなにこれなにこれなにこれ!? 快感が鼓膜から脳まで突き抜けてくるんだけど!? こんな感覚、生まれて初めてにゃのお!


「それそれー。かりかりー。——はいっ、とれましたー♡ よく頑張りましたねー。偉い偉い♡」

「んはぁ……」

「はーい。それじゃあ次は逆側をお掃除しちゃいましょうかー」

「ぎゃ、逆側、だと……!?」


 片方だけで圧倒的な快感だったのに……これと同じ快感を逆側でもう一度受けちゃったりなんかしたら……!


「い、いや……やめて……こ、これ以上は……」

「だぁめ♡ ちゃんと綿棒でカリカリしてきれいきれいしないとダメですー♡」

「あ、ああ……ああああああ……」

「それじゃあ逆側もお掃除しちゃいますねー。いい子、いい子ー♡」

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああはにゃあん♡♡♡♡♡♡」





 ——暴力的な快感から解放されたのは、それから一時間後のことだった。


「ぁ……もう、らめぇ……耳がぁ……んぁぁ……」

「フフフのフ。どうでしたか私の耳かきテクは! ラノベ作家辞めたくなりました?」

「(びくんびくんっ!) ……や、やめにゃい……」

「む。強情な人ですね。巨乳美少女高校生の耳かきによる快楽よりも企画が連続でボツる絶望の方を取るとは……少し甘く見ていました」


 むー、と可愛らしく唸るゆにゃぽこ先生。


「……ふ、ふぅ。耳かきと膝枕は恐ろしかったけど、さすがに僕の筆を折るには至らなかったようだね……」

「口から涎を垂らしながら言われても説得力ありませんが、確かに快楽堕ちさせられなかった時点で私の負けです。言い訳はやめておきましょう」


 ゆにゃぽこ先生は前髪を指でいじりながら、


「ですが、次こそは明智先生を私の甘やかしで快楽堕ちさせて、ラノベ作家を辞めさせてみせます! 私の野望の為に!!!!」

「初めて聞いたわそんな宣戦布告」

「では、今日はこの辺で。明日もまたこの時間に来ますので、ちゃんと部屋にいてくださいね?」

「いやもう来なくていいよ……」

「同じ時間に来ますからね!!!!! ではっ!!!!!」


 とぉーう、と勢いよく扉を開いて走り去るゆにゃぽこ先生。どうでも良いけど名前聞きそびれちゃったな。いや、ゆにゃぽこ先生ってペンネームは知ってるんだけどさ。

 開きっぱなしの扉を呆然と眺めていると、直後、僕のスマホから着信音が鳴り響いた。見ると、画面には「心晴」の文字が。


「……はい、明智ですけど」

『よーっす、雅。お前をこれから居酒屋に連行するつもりなんだが、お前今暇か? つーか何してた?』

「……巨乳で美少女な高校生に耳かきしてもらってた」

『………………企画がボツになりすぎてついに頭おかしくなったのか?』


 スマホ越しの心晴の声からは、それはもうこれでもかっていうぐらいに軽蔑と同情の色がにじみ出ていた。

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