超売れっ子の目隠れ美少女が僕の作家生活を終わらせようとしてくる件について。
秋月月日
第1話 とあるド底辺のクソ雑魚ラノベ作家
「僕より売れてる作家がみんな死ねば、必然的に僕が売れっ子作家ってことになると思うんですよね」
「打ち合わせの開口一番に何を言ってるんですか?」
僕が渡した原稿を机に置き、担当編集である
ここは都内にある某出版社のカフェスペース。日当たりの良い窓側席で茶髪ショートの眼鏡美人こと向島さんとテーブルを挟み、新作についての打ち合わせの真っ最中だ。
向島さんは露骨に溜息を吐く。
「はぁぁぁ……周りをどうするかということよりも、まずは自分で面白い小説を書くようにしたらいいと私は思いますけど」
「デビュー作が一巻打ち切りのド底辺ラノベ作家である僕にそんなことができると本当にお思いで?」
「自分で言わないでくださいよ……確かにこの原稿も全く面白くないですけど……」
「ということは?」
「はい、当然ボツです☆」
それはもうとびっきりの笑顔で向島さんはそう告げた。言葉だけでも十分に底辺作家を一撃で殺せる勢いなのに、美人である向島さんが使うことでその破壊力はまさに核弾頭にも匹敵する程だった。だってほら、僕はこんなにも死にたくなっているもの。
向島さんは眼鏡の奥から呆れの視線を送ってくる。
「前も言ったと思いますけど、ラノベ作家ものは無理ですって。というか、デビューし立てのド新人である明智先生にラノベ業界について書くとか無理でしょう?」
「相変わらず真正面からえげつない毒を吐いてきますよね向島さん。これが電話だったら僕の手首には今頃カッターナイフが突き立てられていたことでしょうね」
「自慢げに自殺宣言するのやめてください」
そう言って、向島さんは深い溜息を零した。溜息を吐きたいのはむしろ僕の方なんだけど、それを口にしたが最後、ギッタギタに罵られてしまうのは目に見えているので、僕はきゅっと口を噤むことにした。
向島さんはコーヒーで喉を潤し、
「多いんですよね、打ち切り後にラノベ作家ものを持ってくる作家さんって。溜まっている鬱憤を吐き出したいのか知りませんけど、困るんですよ。ラノベ作家ものって数え切れないぐらい世に出てますし。明智先生のこの原稿もそうですけど、ラノベ作家ものって内容が大概似てますし」
「うぐっ」
「はっきり言って差別化なんて不可能なんですよね」
「はうっ」
「自分なりの作家論とか書き連ねる方も多いですよね。言いたいことがあるなら私達担当編集に正面切って言えばいいのに」
「もうやめてええええええええええええ!」
向島さんから原稿を奪い取り、僕はその場で突っ伏してしまった。もうナイフなんてレベルじゃないよ。最早エクスカリバーだよこの人の言葉は……。
溢れ出る涙を拭いつつ、僕は顔を上げる。
「……そうは言いますけど、じゃあ何を書けばいいんですか? 異世界転生ものでも書けばいいんですか? 最近流行ってるじゃないですか、異世界転生もの」
「異世界転生ものを今出したところで売れないですよ。何番煎じだと思ってるんですか」
「じゃあ何を書けって言うんだよ……」
「明智先生だからこその作品を書いてほしいんですよ。異世界転生ものでも別に構いませんが、明智先生だからこその奇抜な設定を入れてほしいんです」
「あのー、そういう曖昧な要望が作家を一番苦しめるって気付いてます? というか、僕だからこその設定を盛りに盛ったデビュー作があんな結果だったんですから、僕なりの設定なんて入れるだけ無駄だと思いますよ、ええ!」
「明智先生って打ち切り作家のくせに言うことだけは一人前ですよね」
「向島さん実は僕のこと嫌いですよね?」
「結果さえ出してくれれば好きになりますよ」
「うわーいもうほぼ確実に嫌いのままだーっ!」
無名の打ち切り作家である僕が次回作を出したところで結果なんて見えている。まあそもそも、その前段階である新作の企画すら通ってないんだけどね! ちくしょう!
「はぁぁぁ……やっぱり僕って才能ないんですかね……」
「ライトノベル作家に才能なんて関係ないと思いますけどね」
「嘘だ!」
「ひぐ○しの鳴く頃にの旬はとうに過ぎましたよ?」
「文筆業に才能が関係ない訳ないじゃないですか! 魅力的な文章なんてまさに才能に左右されるし!」
「訂正しますね。才能はそこまで関係ないと思いますけどね」
「ちょっとしか妥協してくれなかった!」
「あながち的外れでもないと思いますよ?」
向島さんはコーヒーカップの縁を指で弾き、
「私はね、ラノベ作家にとって最も重要なのは『運』だと考えています」
「運、ですか?」
「はい。どれだけ面白い作品だとしても、まずは読者の方々に手に取ってもらわないことには始まりません。そしてその初動の行方は、内容よりも表紙イラストにかかっているのが現状です。という訳で、ここも運の一つですね。当たりのイラストレーターを引き当てることができるかどうか、の運です」
「僕のデビュー作も挿絵が間に合わなくて一ヶ月遅れましたしね……しかも発売日を延期したのに挿絵が減っちゃいましたし……」
「我々編集部でも一応急かしたりはしているんですけどね。でも、あまり強くは言えないんですよ」
「新人作家に対しては容赦ないくせに……」
「実績のあるイラストレーターと売れるかどうかも分からない新人のどちらを大切にするべきか。あえて説明する必要ありますか?」
「ないですよ冗談ですよやめてください……手首切りますよ」
「涙目でカッターナイフを取り出さないでください。はい没収」
「あー」
僕が愛用しているカッターナイフを懐に入れ、向島さんは話を続ける。
「それで、さっきの運の話に戻りますけどね。その時代の旬に合った作品を出せるかどうか、ということもある意味では運だと思うんです」
「それってただのリサーチ不足なだけなのでは……流行りの設定で書けない作家側の責任なのでは……」
異世界転生ものなんてまさにそう。某小説サイトで爆発的に流行った異世界転生ものが書籍化されまくるなんてあの時は誰も予想すらしていなかった。なのに今は異世界転生ものが溢れ、他のジャンルはあまり売れなくなってきている。売れているとしても、それは相当に魅力的で奇抜な設定を持った作品か、もしくは異世界転生ものが流行る前から売れているベテラン作かのどちらかだろう。
だけど、向島さんは首を横に振った。
「流行りの設定で書いているのに売れていない作品なんてそれこそ巨万とあります。異世界転生ものを書いたからと言っていきなり十万部の売り上げが出る訳じゃありません。異世界転生ものだって何十作も打ち切られていますからね。何と言ったって流行りものはすぐに数が溢れてしまいます。明智先生も書店によく行かれるでしょうから、詳しく説明しなくても分かるでしょう?」
「それは、まぁ……」
確かに、書店に行くと『異世界○○』といった感じのタイトルを多く見る気がする。一昔前の学園異能バトルラブコメの時と同じように、今は異世界転生ものが飽和状態となっているんだろう。
「重要なのは運なんです。広報活動をいくら頑張ったとしても、読者の方々がその本を手に取らないことには何も始まりません。流行りの設定じゃなくてもその作品が旬になることだってあります」
「言わんとしてることは分かりますけど……」
「確かに流行りの作品を書けるかどうかは作者次第ですが、それが読者に受けるかどうかはどうしようもなく運次第なんです。我々出版社も行動などの努力はしていますが、読者の方々の目に付き、購買意欲がそそられてレジにまで持って行ってくれることをただただ祈るしかないんですよ」
「そんなのもう僕にはどうしようもないような……」
「ええ。なので、運が自分に向くまで書き続けてもらうしかありません。デビュー直後は打ち切りの連続でも、ふとしたきっかけで売れっ子になった作家だって何人もいますからね。」
「書き続ける、ですか……無名の打ち切り作家という汚名を被ったまま頑張るなんて相当の苦労ですよね……ああ死にたい」
「嫌なら辞めたらいいんですよ。今、明智先生が作家を辞めたところで困る人なんてただの一人もいませんしね」
「そういうことは例え思ったとしても口に出さないでくれません!?」
ああ、この人は本当に口が悪い。でも後で陰口を叩かれるよりはこうして正面から罵倒される方が何倍もマシだ。……いや、まあ、今すぐ死にたい気分ではあるけども。
僕は溜息を零し、突き返された原稿をいそいそと回収する。
「はぁぁ……まぁ、とりあえず今回の原稿もボツなんですよね」
「はい。明智先生の次回作に期待しています」
「その発言だけは本当に辛いのでやめてくれません? 手首を切りたくなる」
「罵倒が嫌なら面白い作品を持ってきてくださいね、作家先生?」
「はい……面白くない作家でごめんなさい……」
原稿を鞄にしまい、椅子から立ち上がる。長時間座っていたので一瞬だけふらつくが、すぐに持ち直してカフェの外へと移動を始める―――と。
「ああ、そうだ。明智先生」
「??? 何ですか向島さん」
「今夜はラシアホテルに七時に集合なので、遅れないようにしてくださいね?」
「…………え、何の話?」
「………………………………さては私からのメールを読んでいませんね?」
「向島さんからのメール……?」
言われてみれば、最近は執筆に集中していたからメールの管理が疎かになっていた気がする。
向島さんは本日一番の溜息をこれでもかっていうぐらいにわざとらしく吐き、そして心底呆れ返ったような声色で僕に告げた。
「今夜は新人賞の授賞パーティです」
この僕、
デビュー作『ゼロから始める兄妹生活』は新人賞受賞作だというのに、初週実売まさかの一五〇〇部という大爆死。ラノベ関連のスレやまとめサイトなんかでも『ラノベ界始まって以来の爆死を経験した新人賞作品』とかなんとか言われていた。心が決して強くない僕はあまりのショックにツイッターでは愚痴の連続、現実では二週間も家に引き籠るというそれはもう見事な黒歴史を築いてしまっていた。
あれから約一年が経過し、若干持ち直した僕は毎日のように新作の企画を組んでは向島さんに提出する生活を送っているんだけど……結果は散々。デビュー作が打ち切られたド新人が長らく音沙汰がないので、巷では『あまりのショックに自殺した』とまで言われている始末。ああ、死ねたらどれだけ楽だろうか。死にたい。
「そんな僕に後輩ができるのか……はぁ、嫌だなあ。バカにされるんだろうなあ」
私服からスーツに着替えながら、鏡の前で溜息を零す。因みにこの真新しいスーツは両親が就職活動のために買ってくれたリクルートスーツだ。……まともな職にも就けないダメ息子でごめんなさい。
久しぶりのネクタイに苦戦するも、三十分程でようやく着替えを終えた僕はそのまま家を出―――ようとしたところで、慌ててテレビ横の箪笥に駆け寄った。
「危ない危ない。名刺を持って行かなくちゃ」
授賞パーティでは新人賞の受賞者以外にも、そのレーベルで本を出している多くの作家が出席する。デビュー作打ち切りという状況だけど、僕も一応は本を出しているので、名刺交換等で挨拶したりをしないといけないという訳だ。
「文筆業・明智雅、か……今はただの無職だけどね……あははー……」
大学に通っていた時にバイトで稼いだ貯金を切り崩して生活している今の僕はまさに完全無欠の無職と言えよう。せめて就活ぐらいまともにしておけばよかったと今更ながらに後悔するけど、働きながら小説が書けるかと言われれば苦笑するしかない。やっぱり専業作家として成功するしかないなあ。
名刺の束を鞄に放り入れ、今度こそ家を出る。お金がない僕が住んでいる家は台風が来たらすぐにでも吹き飛んでしまいそうな程のオンボロ木造アパートだけど、これでも一応は都内だったりする。やっぱり作家たる者、都内に住んでなきゃダメだよね。まあ、こんなにボロいからって家賃が安い訳じゃないけどさ。
「よし、行くか」
履き慣れない革靴の感触に不快感を覚えながらも、僕は授賞パーティが執り行われるラシアホテルへと歩き始める。ラシアホテルというのは出版社の近くに建っている高級ホテルのことで、その近さ故に授賞パーティの会場として毎年選ばれていたりする。
「出てくる料理が美味しいらしいけど、去年は挨拶回りばっかりで食べられなかったからなあ」
授賞パーティにおいて、新人賞の受賞者は反吐が出る程の忙しさを与えられる。主に編集や先輩作家への挨拶回りをするんだけど、僕が本を出している出版社は最大手なのでその人数があまりにも多いんだ。一〇〇枚も用意した名刺が無くなるどころか足りなくなるだなんて、新人だった頃の僕には衝撃が大きすぎた。
「今年は挨拶回りとかしなくてもいいかもしれないけどね……どうせ僕のことを覚えてる人なんていないだろうし」
まあ、一作だけ、それもデビュー作で打ち切りになったド底辺作家のことなんて誰も覚えていないだろうけど。
「はぁー……ダメだなぁ、すぐにネガティブになっちゃうや」
デビューするまではもっとポジティブだった気がするんだけどなぁ。打ち切りになってからというもの、軸が悲観的になっちゃってる気がするや。
「ま、いいか。美味しいものでも食べて元気出そう」
虚ろな瞳で空を見上げながら、僕は軽く溜息を吐いた。
授賞パーティ開始三十分前だというのに、ラシアホテルに設けられた会場は中々の賑わいを見せていた。
「うわぁ……この人達が皆、僕よりも売れてる作家なのか……全員死ねばいいのに」
「来て早々に物騒なことを言うもんじゃねえぞ、雅」
「あたっ」
毒を吐いていたら後頭部を軽く叩かれてしまった。誰が叩いたのかなんてわざわざ確認するまでもない。というか、率先して僕に関わってくる奴なんてこの業界には向島さんを除けば一人しかいないし。
後頭部を摩りながら、後ろを振り返る。
そこには、男である僕でも惚れてしまいそうな程の高身長イケメンがいた。無造作風にセットされた金髪と左耳につけたピアスが特徴のこのイケメンの名――というか、ペンネームは鉈山心晴(なたやまこはる)といい、僕と同じ回の新人賞を受賞してプロデビューした同期のラノベ作家である。
相変わらず邪気の感じない笑顔を向けてくる心晴に僕は苦笑を返しながら、
「じょ、冗談だってば。本気にしないでよ、心晴」
「いーや、さっきのお前の発言は本気と見たね。最近ツイッターでも同じような発言をしやがってるし」
「ぐっ……あ、あのツイートは向島さんに凄く怒られたからもう消したよ……」
「当たり前だ。ったく……お前は本当にSNS上での立ち回りが下手だよな」
「正論すぎて何の反論もできない……うう、やっぱり今日は帰ろうかな……」
「ダメだ、勝手に帰るんじゃねえよ。どうせ二次会にも来ねえんだろ? だったらパーティぐらい最後まで出席しやがれってんだ」
僕の首根っこを掴みながら、心晴は威嚇するように言った。
「はぁ……分かったよ。参加はするから、ちょっと離れててくれないかな……デビュー作の総実売が三十万部を突破して今月からコミカライズが始まる君と違って、僕は初動一五〇〇部でデビュー作が一巻打ち切りの超ド底辺作家なんだ……僕と仲良くしているところなんて見られたら君の評判が下がっちゃうかもしれないよ?」
「そんなことで下がる評判なら要らねえよ。つーか、俺とお前は同期なんだから仲良くするのは当然だろうが」
「君は本当に人間ができてるよね……僕なんて『雅』なんていうペンネームのくせして根は泥水よりも汚れているからね……いつも嫉妬ばっかりしてるし……ふふふ、死にたい」
「お前はお前で相変わらずだなオイ」
俯いているから分からないけど、心晴が顔を凄く引き攣らせている気がした。
心晴とは歳も近いこともあってか、同期という関係だけでなく友人としても仲良くさせてもらってるけど、作家としての実力は残酷なまでにかけ離れている。心晴のデビュー作である『異能の使えない幼馴染みは好きですか?』は一昔前に流行った学園異能バトルラブコメでありながら、初週実売は驚きの一万部。そこからクチコミや公式からの後押しもありぐんぐんと売り上げを伸ばしていき、先月発売された四巻でついに三〇万部を突破した。
今注目の売れっ子作家と言っても過言じゃない勝ち組の心晴は僕の肩を優しく叩くと、
「お前の気持ちも分からんでもないが、今日ぐらいは明るくいこうぜ、な? ここの料理はすげえ美味いらしいから、たくさん食べて飲んでストレスを吹き飛ばしてやろうじゃねえか」
「うん……そうだね。去年は挨拶回りばかりでまともに食べられなかったからね……」
「よーし、その意気だ。お、あそこにもう料理が並べられてんな。ちょっくらつまみに行こうぜ、雅」
「まだパーティが始まっていないのにいいのかな……」
「先輩方も酒飲んだりしてるし大丈夫だろ。ほら、さっさと行くぞ」
「分かったから引っ張らないでよ……生地が伸びちゃうだろ……」
心晴に腕を引かれながら、会場の中央へと移動する。すぐ近くには特設ステージが設けられていた。新人賞の受賞者が自己紹介や意気込みを語る為の場所である。僕も去年はあそこに立ったなあ。……まさかデビュー作でコケるとは思わなかったけど。
「授賞式自体は別室で執り行われてるんだっけ」
「去年の通りだと、そうだろうな」
僕が所属している出版社の授賞式は基本的にはパーティ会場とは別の個室で執り行われることになっている。社長と編集長、選考委員の作家達、そして受賞者が集まって賞状や盾なんかの授与を行う簡易的な授賞式だ。僕の時は受賞者が僕と心晴の二人だけだったんだけど、階段で盛大に転んだから思い出すことすら憚れるぐらいに嫌な記憶だとなっている。今思えば、あの時既に僕のデビュー作がコケることは決まっていたのかもしれないなあ。
自分とはもう関係のない晴れ舞台を憎々し気に睨んだ後、僕はやるせない想いを誤魔化すように一〇貫程の寿司を皿に盛り、ガツガツと食べる―――が、突き刺すようなワサビの感触にすぐに悶絶してしまう。
「~~~~~っ!」
「いきなりがっつくからだボケ。ほら、水でも飲んで落ち着けよ」
心晴が差し出してきたグラスを受け取り、慌てて喉に流し込――
「げげごぼぉっ!? な、なにこれ、水じゃなっ……」
「わはははは! 最高のリアクションだな雅! そう、それは水じゃなくて芋焼酎だ!」
「何てことしてくれるんだよ! 僕がお酒苦手だってこと知ってるでしょ!?」
「おう。知ってるからドッキリを仕掛けたまでだが? ほらよ」
「売れっ子作家がド底辺作家にドッキリを仕掛けるとか最早イジメの領域だと思うんだけど……はぁぁぁ」
心晴が渡してきたグラスの中を確認し、ちゃんと水が入っていると分かったところで一気に飲み干す。……うう、意味もなく地獄を見てしまった。
さっきの反省を生かし、箸でワサビを除けながらゆっくりと食事を開始する僕。デビュー作打ち切りでしかも兼業って訳じゃないから安定した収入がない僕は基本的に贅沢できない身にある。勿論、寿司なんてここ何か月かは食べていない。普段食べられない分、今日は思う存分美味しいものを食べなくっちゃ。
皿に盛っていた分の寿司を食べ切り――さて、次は何を食べよう――と周囲に視線を彷徨わせようとしたまさにその瞬間、会場の灯りが全て落ちた。
「お、どうやら始まるみたいだな」
「そうみたいだね。まあ、僕には関係ないけど」
「一期下の後輩なんだからちゃんと見とけこのアホ」
「うぎゅっ」
僕の頭を無理矢理抱き、特設ステージの方を向かせる心晴。どうでもいいけど首が痛いから腕を離してほしいです、切実に。
『皆々様、本日はお集まりいただきありがとうございます! 今回司会進行を務めさせていただきます、声優の
ステージ横でマイク片手に芯の通った声を響かせる二十代中盤ぐらいの青年。彼は今度アニメ化されるライトノベルの主人公役に抜擢された声優さんだ。
「はー、授賞式の為だけにわざわざ旬の声優を連れてくるなんてお金の使い方が大胆だなあ。凄いなあ」
「お前はもう少し好意的な評価を下せねえのか」
「そんなこと言われても……」
昔はそうでもなかったけど、今はこれが素なので直せと言われても到底無理だ。心晴には悪いけど、どうか諦めてほしい。
『本来であれば次に社長の挨拶となりますが、社長の御意向により、オールカットとさせていただきます! いやあ、流石は業界最大手。やることが大胆ですね!』
声優さんの発言に会場中から笑いが起きる。
『それでは早速、本日の主役に入場していただきましょう! 第十三回雷撃大賞の受賞者の皆様です! どうぞ拍手でお迎えください!』
会場中から拍手が起き、五人の男女が登壇した。登壇した年齢層は結構低い。一人だけ三〇代ぐらいに見える男がいるけれど、珍しいことにそれ以外の全員が若い女性だった。
「ひゅ~。ラノベの新人賞なのに随分とまあ洒落た美少女が多いこって」
「可愛いからって作品が面白いとは限らないけどね」
「こういう時は素直に同意しときゃあいいんだよバカ」
「あだぁっ。い、いちいち叩かないでよ、もう……」
「お前がバカなこと言うからだバカ」
心晴と漫才を繰り広げている間も式は進む。
『——という訳で、受賞者を代表し、この度大賞を受賞されましたゆにゃぽこ先生よりお言葉を頂戴しようと思います! ゆにゃぽこ先生、お願いします!』
「……はい」
司会に促され、前に出たのは、月並みな表現になってしまうけれど、とびっきりの美少女だった。
ゆにゃぽこ先生、と紹介された少女は司会からマイクを受け取り、前髪で隠れていない方の目で会場中を見渡し――真っ直ぐと、僕の顔を見つめてきた。
「お、おい。あの子、お前のこと見てねえか?」
「い、いや、気のせいでしょ。あんな綺麗な知り合いはいないし……」
僕と心晴は動揺するが、そんなことなどお構いなしとでも言うように、少女は豊満な胸を揺らし、小さな口を開いた。
「ご紹介に預かりました、大賞作家のゆにゃぽこと申します。受賞作家を代表して、ということらしいので、形だけでもそれっぽいことを言おうと思っていましたが、やはりそういうのは私の性分に合わないので、ここではずっと言おう言おうと考えていたことを皆さんに向けて放ってやろうと思います」
少女はネクタイを緩め、そしてビシリと指をさす。その指先は、明らかに僕に向かって一直線に向けられていた。
「デビュー作打ち切りのド雑魚ラノベ作家こと明智雅先生。私はあなたをこのラノベ業界から追い出すことを目標としています。どうぞよろしく」
——ド新人にあるまじき衝撃的な発言が、会場を凍り付かせた。
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