第24話 坪陽郷
久しぶりに帰ってきたので、ヒューストンは、ちょっとの間、店で過ごすことにする。ビクトリアは「また、こんなところで」とぶつぶつ文句を言っているが、とりあえず前にも一度泊めた客用の寝室、といっても単なる宿舎の空き部屋なのだけれど、そこで大人しくしていてもらうことにする。
手持無沙汰をなんとかしようと仕入れ係を引き連れて店の売り場をぐるぐる回り、それなりに珍しい物を見つけては喜んでいたビクトリアだけれど、三日もすると我慢も限界。湖南省の坪陽郷へ向かうことに。
中国は広い。国内の移動といってもそこそこ時間がかかる。
敦煌莫高国際空港は、発着便は多いけれどもちょっと遠いので、チヤルクリク樓蘭空港まで、敦煌から借りっぱなしだったレンタカーをとばす。昼過ぎの山東航空で鄭州の新鄭国際空港へ。一泊して、さらに上海航空で桂林両江国際空港へ。そこで車を借りる。
国家高速道路である「包茂高速道路」、北は内モンゴル自治区包頭市から南は広東省の茂名市まで中国を南北に結ぶ、その高速道路G65号に出て、北へと車を走らせる。
高速道路に乗って数時間。坪陽郷に辿り着く。
坪陽郷は中国の少数民族『侗族(とんぞく)』の自治県にある。といっても、特別な生活をしている訳ではない。観光を生業にしている者もいるが、概ねみな普通に暮らしている。
さて、どこを訪ねたものか。
「まず役所に行ってみましょう」
英語はもちろん、地域では『侗語(とんご)』が話されているから、人によっては漢語の会話もおぼつかない中、なんとか探し当てた役所の建物。案内されたのは『文化局』。
「ようこそ坪陽郷へ。あいにく今日は舞踊の催しをやっていないんですよ。わざわざお出でいただいたのに申し訳ありません」
応対に出てきた若い職員が話すのは流暢な英語。さすが観光を推進している自治県だけのことはある。
「それは残念ですね」
笑顔で出迎えてくれた職員にヒューストンは仕方なく心にもないことを口にする。
「私たち、聞きたいことがあって来たの」
「はい、何でしょう」
「生まれ変わった人がたくさんいるって聞いてきたんだけど」
いつもながら単刀直入なビクトリア。
ビクトリアの言葉に職員の笑顔が一瞬固まる。
「ええ、まあ確かに」
職員は少し真顔になって続ける。
「そのお話についてはもう少し詳しい者がおります。少々お待ちください」
若い職員は事務所の奥にある部屋の扉を開けて中に入る。しばらくしてもう一人と連れだって出てくる。
「生まれ変わりについてお聞きになりたいとか」
二人の前に現れたのは細面の初老の男性。威厳あるたたずまいからそれなりの役職の人物と見受けられる。
「生まれ変わったって人に会いたいの」
「それはどうしてですかな」
「本当にそういうことがあるのか自分で確かめたいから」
「それは頼もしい。ただ、興味本位でお出でになる方が多いもので、今は直接『再生人』、生まれ変わった者のことですが、彼らをご紹介することはしていないんですよ」
興味本位と言われれば、確かにそれ以外の何ものでもないが。
「せっかく来たのに」
「私でよろしければ、分かる限り何でもお答えしますよ」
ビクトリアは憤懣やるかたない様子だが、初老の男性の態度は微塵も揺るがない。
「あなたは、その生まれ変わった人たちと直接お話しされているんですよね」
ヒューストンはその場をつくろっておこうと当たり障りのない質問をする。
「ええ、何人も」
「どんな人がいるの」
ビクトリアは挑戦的な口調で質問する。
「そうですね。幼い娘を残して亡くなった女性が、数年後に別の家で女子として生まれ、長じて、自分の娘に再開し、両家が交流するようになったとか」
ビクトリアはあまりに具体的な事例に少し驚いたのか黙っている。
「ほかにも、前世で男性だったのが女性に生まれ変わった者とか。本人は両方の性を経験できて興味深いと言っていましたが」
そういうのは物語の中だけじゃないのか?
「変わったところでは、前世は豚で、自分を屠殺した肉屋さんを大変怖れたとか」
「え、本当にそんなことが」
ダラムサラで坊さんがそのようなことを言ってたが、実際そんなことが起きていたとは。
「ほかにもまだいろいろな実例があります」
「なぜ、この地域だけそんなに生まれ変わった人がたくさん現れるの」
「さあ、それはなんとも。まだ解明できてはいないのです。もしかしたら、何かこの地域の特性というものがあるのかもしれません。しかし、それが分からないのです」
結局、これ以上話が進みそうにないので、二人は役所を後にすることにする。
ビクトリアは、どうにも物足りない様子で憮然としている。
とりあえず、あてどなくあたりを歩いてみる。
目の前に広がるのは、よくある中国の地方の村落の風景。
残念ながら農作業にいそしむ人影もない。
「とりあえず、帰るか」
桂林に戻って、空港のロビーでどうしたものかと思案に暮れる二人。
周りは桂林観光に来たツアー客で溢れている。
と、そこに大きな荷物を持っているのに、随分と軽装の欧米人と思われる若者が、空いている席を探しながら人の波をかき分けやって来て、ちょうど空いていた目の前の席に腰を下ろす。
「いやあ、すごい人ですね」
人懐っこい笑顔で話しかけてきたその若者。
「観光ですか。桂林の奇観は一見の価値ありですよね」
「確かに有名ですね。もっともこの目で見たことはないんですけど」
「おや、ここまで来て見てないなんて、もったいない。なら、何をしにいらしたんです」
「ちょっと調べたいことがあったの」
ビクトリアが面倒くさそうに答える。
「桂林ではなく坪陽郷というところに行っていたんですよ」
ビクトリアの愛想のない態度があんまりなものだから慌ててヒューストンが言葉を継ぐ
「へー、坪陽郷で調べたいことですか」
若者はちょっといたずらぽい笑みを浮かべる
「もしかして、『生まれ変わり』についてですか」
びっくりした顔で若者を見るビクトリア。
「当たりですか」
「あなたも?」
「ええ、大学のフィールドワークで来てたんです」
「生まれ変わった人に会えたの?」
勢い込んで尋ねるビクトリア。
「前から面識のある人にはなんとか。でも、最近は統制が厳しいらしくて、新しく生まれ変わった人の話が聞けなくて」
「その、前から知ってる人と私たちもお話しさせてもらえる?」
「僕と一緒だったら出来ないこともないんだけど、ごめんなさいね、もう帰りの便が決まってるんで」
「次はいつ来るの」
「しばらくは来ないかな」
「残念」
がっかりしたビクトリアは肩を落として椅子にへたり込む。
「あなたたちはアメリカ人?」
「僕はそうだけど」
「じゃあ、アラスカに行くといいですよ。ネイティブ・アメリカンには転生の思想があるんですよ」
「アラスカのどのへん?」
ビクトリアは少し身を乗り出す。
「アラスカの南東部、海岸地帯にトリンギット族っていう部族がいるんだけど、彼らの中には、生まれ変わったという人達がけっこういるんですよ」
「そこに行ったら会える?」
「いきなり行っても、なかなか会えないかな」
「どうすればいいの」
「そうだね、内務省インデアン事務局(BIA)に問い合わせてみるのがいいかも知れないね」
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