第23話 樓蘭
「どうする。ロンドンに帰るか」
ダライ・ラマには会えず仕舞い。何となく不完全燃焼な面持ちのビクトリア。
「そうねぇ」
「ローマ法王にでも会うか」
ビクトリアはふっと微笑む。
「ううん、それはいいわ。キリスト教のことはよく知ってる」
「キリスト教には生まれ変わりはないんだったかな」
「ヨハネは預言者エリアの生まれ変わりだって何かで習ったけど。キリストは、そうとは言ってないし」
そうなのか。日曜学校には、あまり行かなかったからな。
「どこかに生まれ変わったって人はいないのかしら」
すぐそこにいたんだけど、会い損ねたしな。
「生まれる前のことを話す子どもがいるって話はよく聞くのよ」
そんな子ども、どこに行けば会えるんだ。
「あなたのお店で、そういう情報は持ってないの」
うちの店か?確かにその手の話なら得意かもしれない。久しぶりに電話でもしてみるか。
ヒューストンはiPhoneを取り出すと、店に電話をしようとして、番号が分からないことに気がつく。ビクトリアから支給されて、気づけばちょっと気にいってしまって普段使いにしているこのiPhoneに、前に使っていたノキアに登録しておいた電話番号の移行をしていなかった。
うちの店にはホームページもない(経営方針というか、そもそもがホームページを作る気がない)。だからグーグルに聞いてもヒットしない。もちろん、自分の店に電話なんかかけたことがないから番号も覚えていない。
とりあえず、一度帰るしかないか。まあ、そろそろ帰ってもいい頃合いだし。
ダラムサラからスパイスジェットでデリー、デリーからキャセイパシフィックで香港、さらに西安、西安まで丸一日かかったので西安で一泊。そして敦煌へ。そこから今度は車で。
さすがにビクトリアも疲れたのか、移動中ほとんど口を利かず、眠ってばかり。
ビクトリアは中国の入国ビザを持っているので、道中特に問題なし、もちろん、ヒューストンは言うまでもない。
西安咸陽国際空港から敦煌莫高国際空港までは、早朝の便にも関わらず莫高窟に行く観光客で満席。
莫高窟にはヒューストンも店に初めてやってきた頃にとりあえず一度行ってみたが、崖一帯に穿たれている洞窟に極彩色の壁画と仏像が鎮座しているだけで、それほど有り難いとも思わなかったが。
敦煌行の長安航空の機内は随分と騒々しかった。あいにく、金に物を言わせてビジネスを取ることはできなかったけれど、なんとか窓際の並び席は確保できた。眼下には四川省の急峻な山々が広がっている。なかなかに壮観な眺めだ。
敦煌から十時間余り車を飛ばして一か月ぶりに戻った店は、既に閉店後で閑散としている。
店にいた頃は気にならなかったが、アロマなのか香なのか何か独特な匂いが立ち込めている。それに大分ほこりっぽい。まあ、砂漠の真ん中だから仕方のないことなのだけれど。
幸い事務所にはまだ人のいる気配が。
扉を開けると、仕入れ係がソファーに座って一日遅れの新聞を読んでいる。
「何か変わったことは」
仕入れ係の変わらぬ姿にちょっとほっとしながらヒューストンは尋ねる。
「いきなりのお帰りで。ずいぶん長い休暇でしたね」
そう、確かにロンドンへは休暇で出かけたんだった。
「店の方は特に変わったこともなく。いつもどおりですよ」
「ねえ、何か飲み物ちょうだい」
ビクトリアはソファーに沈み込むと疲れ切った様子で声を挙げる。
それを聞いた仕入れ係は冷蔵庫から赤い缶を取り出す。
「これでよければ、どうぞ」
ビクトリアは、プルトップを開けると、ぐっと一口飲み込む。
「なにこれ!?甘い!お茶?薬?」
缶には『王老吉』と書いてある。中国じゃ名の知れた飲み物だ。
「無理、何かもっと違うの」
「お口に合いませんか。じゃあ、コーヒーでも」
仕入れ係は、一年中ホットのコーヒーをカップに注ぐ。
「そうじゃなくて」
そう言いかけて諦めたのか、カップを受け取り一言「ミルクぐらい」と呟く。
店は仕入れ係に任せおけばとりあえず大丈夫そうだ。
ヒューストンは自分でコーヒーを入れて、デスクの椅子に腰を下ろす。
「ところで、おまえさん、生まれ変わった人って、誰か知らないか」
「これはまた、突然ですねぇ」
仕入れ係は自分もコーヒーを淹れると、ビクトリアの向かい側に座る。
「知り合いにはいませんね」
「『知り合いには』ってことは、知り合いじゃなければいるのか」
「生まれ変わった人ですよね。知っているという訳じゃないですけれど」
仕入れ係はそう言うと、コーヒーを一口、口にする。
「湖南省の南の方に坪陽郷(へいようきょう)というところがあるんですけど、そこには、生まれ変わったと言っている人たちが、何人もいるらしいですよ」
「それは確かな情報なのかい」
「お国もそのことをいろいろ調査しているという話ですが」
「どうする。行ってみるか」
ヒューストンはビクトリアに尋ねる。
「もちろん行くわ」
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