第17話 東京

「今日は横浜の港の見えるホテルに泊まるわよ」

 着いたのは『ザ・カハラ・ホテル&リゾート』。

 ハワイのホノルルにもあった高級リゾートホテルが、日本に進出か。でも、何でだ、こんな街中に。確かにホテルの窓から見える港の夜景は随分ときれいだけど。


 翌日はレンタカーを借りて、目的地へと向かう。日本は左側通行。右ハンドルはどうも勝手が違う。スリランカでも、英連邦の国は英国と同じ左側通行なんで、右ハンドルの車を運転したけど、そのときは、とにかく長い距離をぶっとばしただけ。

 周りの連中はみんな運転が荒かった。

 日本はといえば、道幅が狭く、どこもかしこも車で溢れているわりに、規則正しく、車が整然と流れている。そのくせ、信号がやたらと多い。環状交差点(ラウンドアバウト)なんてどこにもないし。ときどき自転車が狭い車道の路肩をふらふら走っていて、とても怖い。冷や汗もんだ。無事にたどりつけるのか。

 向かった先は相模原。

「何を調べたいんだい」

「『サンプルリターン探査』の成果について聞きたいことがあるの」

 また何やら得体の知れないことを知りたがる。

 渋滞を抜けてようやく着いたのは『宇宙航空研究開発機構(JAXA)相模原キャンパス』。国立の航空宇宙の研究機関だとか。

「またアポを取ってないんだろう」

「大丈夫。お願いしてあるわ」

 ああ、ここは日本だった。あの先生にでも頼んだんだろう。

 ビクトリアは守衛に目当ての人物の名を告げる。守衛は電話で確認を取ると、笑顔で二人を構内へと通す。

 駐車場に車を停めていると、目の前の建物からラフだけれど小ざっぱりとした服装の男性が一人迎えに現れる。これまた満面の笑顔。

 男性は二人を建物に招き入れ、応接スペースに案内する。そして自らペットボトルのお茶を二人の前に置いて勧める。

「『サンプルリターン』について聞きたいそうだけど、どのあたりから話せばいいかな」

 男性は、どちらが今回の訪問の主役なのか測りかねた様子で、ヒューストンとビクトリアに交互に視線を向けながら質問する。大人向けの説明をすればいいのか、それとも子供向けか。

「こちらの探査機が小惑星から持ち帰った微粒子の中にいろいろな有機化合物が含まれていたそうだけど、それって、地球上の生命の起源が地球外からもたらされたことの証拠になるの?」

「これまた単刀直入だね」

 男性は、子供だと思ったビクトリアから唐突に核心に迫る質問が繰り出されたことに少々面食らった様子。

「サンプルの中に遺伝情報を担うRNAを構成する核酸塩基の一つが含まれていたのは事実だけれど、それが生命の起源が宇宙から来たという証拠だとは今の段階では言い切れない。もちろん、一つの可能性を示すことになったとは思うけれど」

「パンスペルミア説を補完するものと言える?」

「すべてが地球外由来だと言い切ってしまうのは乱暴だとは思うけどね」

「でも、地球外から飛来した有機物は確かにあると?」

「あったであろうということは言えるよね」

「すごい発見よね」

「確かにね」

 ビクトリアは男性との質疑に目を輝かせている。

「次のステップは?」

「世界中の研究者がサンプルの分析を進めているから、また新たな発見があるかもしれない。さらに別の探査機が持ち帰る予定のサンプルを基に、より詳細な分析を進めれば、地球の有機物の起源やその成り立ち、たとえばどうして地球には左巻きのアミノ酸しかないのか、そのメカニズムも分かってくるはずだよ」

「本当に楽しみね」

 ビクトリアの矢継ぎ早の質問に男性は笑顔を絶やさず答えを返す。

 ビクトリアも心からその質疑を楽しんでいる。

 二人はその後も『サンプルリターン探査』について随分と専門的な会話を交わしていく。

 ヒューストンは次第に傾いていく日の光を映す窓の外を眺めながら、帰り道が夜にならないようにと祈っていた。


 横浜のホテルにはなんとか日のあるうちに帰りつくことが出来た。

 夕食時にはすっかり日も暮れて、ホテル自慢の港の夜景を楽しみながら、ディナーを味わえる幸せに、ヒューストンは一人杯を挙げる。お子様はジュースだからな。

「明日はどうする。箱根にでも行くかい。いい温泉があるらしいぞ」

「何言ってるの。今夜の便でオーストラリアに行くわよ」

 何だって、これからか。そうか、今晩か。そんなことだろうとは思っていたけど。

「オーストラリアか。広いな」

 けっきょく夕食はデザート抜きで、部屋に戻ってさっとシャワーを浴びると、そのままタクシーで羽田に向かい、気がつけば、ヒューストンは、夜更けのシドニー・キングスフォード・スミス国際空港行きのカンタスに乗り込んでいた。

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