第14話 ボストン
お昼のユナイテッドで向かったのは、ボストン、ジェネラル・エドワード・ローレンス・ローガン国際空港。
「どこ行くんだい」
「MIT」(Massachusetts Institute of Technology)
空港からマサチューセッツ工科大に乗り付けた二人。
例によって、アポイントはなしだ。
「誰に会うんだ?」
「専門家」
誰だ?
ビクトリアは学生のような振る舞いで、というか、見た目はそのものなのだが、校内を歩き回る。
「どうもここじゃないみたいだわ」
学生に次々と話しかけて情報収集したビクトリア。思い付きでやって来てしまっただけあって、お目当ての先生の居所まで調べがついていなかったらしい。
「レキシントンに行くわよ」
いきなりのオーダー。時刻は既に夕方。レンタカーを借りる間も惜しんで、タクシーでレキシントンへ。
着いたのは、MITの『リンカーン研究所』。米軍のハンスコム空軍基地の中だ。基地のゲート前でタクシーを降り、検問所へ。
どういうわけか、基地の検問は二言三言のやり取りで通過。身分証らしきものを見せると、ほぼ顔パス。
「おまえさん、そんなに顔がきくのか」
「許可証(ID)持ってるから」
どこでそんな許可証を手に入れたのやら。
二人は、検問所の兵隊に教えられたとおりの道順で研究所へ。
入口には、一人の男性が立っている。
検問所から連絡があったのだろう。ずいぶんとラフな格好をしている。学生か?
「ごめんなさい。遅い時間に」
珍しく殊勝なビクトリア。
「いやいや、ようこそ、リンカーン研究所へ」
これはまた、えらくご歓待だ。
そのまま、室内に招き入れられる二人。
「さて、来訪のご用件は?」
「あなたは地球外生命体っていると思う?」
おやおや、既に興味は月から『宇宙人』に移ってしまっているらしい。
「それは、僕の研究を踏まえての質問ということでいいのかな」
「ええ、面白そうだと思うわ」
ビクトリアはどうやらこの男の素性を知っている様子。
「それは光栄だ」
「大げさね。あなた、アメリカ人なの?」
「もちろん生粋のアメリカ人さ」
「なんか、言い回しが、ちょっとそれっぽくない」
「なにか偏見のようなものがあるようだね」
「私、英国人だから。まあ、いいじゃない」
「よくはないけど、英国人じゃしかたないね」
二人はそう言って笑いあう。
俺もアメリカ人なんだが。まあ、今となっては、傍から見りゃもうすっかり辺境の地の住人になってるんだろうけど。
「で、地球外生命体についてだけど」
「平たく言えば宇宙人ね」
「宇宙人というのは、ちょっと違うかな」
「もっと広い概念?」
「概念というか、階層というか」
「階層?」
「生命体というのは、僕らが認識できているものだけではないと考えているんだ」
「多次元の生命体?」
「そうだね。三次元に生きている僕らとは違った次元に生きているものも含めて、生命体は存在すると考えている。もちろん三次元の中にも、未知の生命現象はあるだろうし」
「あなたはどちらを探してるの」
「もちろん、すべての可能性を」
「それって、もしかしたら『神』を探してるってこと」
「すべての生命現象の根源にあるのが『神』だとすれば、そういうことになるかもしれないね」
「『神』はすべてのものの創造主ってこと?」
「創造という言葉があてはまるかどうかは分からないけれど、始まりという概念はあるんではないかと思うよ」
「ビッグバン?」
「それもひとつの始まりだけれど、それとは、またあり方を異にした何かがあるんではないかと考えているんだ」
「宇宙のことわりの外にある何か?」
「そうだね、そう言えるかもしれないね」
「曖昧ね」
「それを調べているのさ」
「仮説を立てて、それを検証するんじゃないの」
「まあ、それが王道だけれどね」
またしても、すっかり置いてけ堀を食っているヒューストン。いつものことなのだけれど、あまり面白くはない。面白くないので、研究室の中を見渡す。小部屋の中には、整然とファイルが整理され、文献が、素人目にも分かりやすそうに書棚に並べられている。本や書類に埋もれてるというイメージの研究者にしては珍しいタイプ。もちろんそうでない人もいたが。確かにアメリカ人らしくはない?のか。うーん、いつの間にか自分の中にできあがってしまっているステレオタイプな考え。
「今の研究、何か進展はあったの?」
「すぐには結果は出ないよ。何年も、いや何十年もかかるかもしれない」
「研究者は大変ね。結果がすぐに分からないなんて。私は待てないわ」
「ただ待っている訳ではないさ。いろいろなアプローチを重ねていくんだ」
「たとえば」
「まったく違った視点から同じ課題にチャレンジする方法を考える」
「具体的には」
「深宇宙からやってくる信号をキャッチする方法と、こちらから強力な信号を発信して相手方に認知してもらうというまったく逆の方法を同時に試してみる」
「まさに、あなたがやっている実験ね」
「そう。こちらの発進した信号は、何がしかの形で何者かに受信される。それが、どのようなものかは、こちらでは分からないにせよ、ね」
「そして、世界中で多くの研究者が宇宙からの電波を受信しようとしている。なかなか面白いじゃない」
「古くはボイジャーやパイオニアなんかの探査機に、こちらの情報を異星人に伝えようとする試みとして金属板が搭載されたけれど、そういう様々なチャレンジが、次なる研究へと誘う知的好奇心を刺激するんだ」
「まわりくどいわね。やりたいことをやってるってことでいいじゃない」
「何かの役に立っているという実感は欲しいよね」
「研究なんて自己満足でいいのよ。役に立つか立たないかなんて、後からついてくるものでしょ」
「身も蓋もない物言いだね」
「本当のことじゃない?」
「本当かも知れないけれど、僕は、やっぱり、自分のやる研究は、人の、人類の役に立つ研究でありたいと思っている」
「格好つけるのね、まあいいわ」
ビクトリアは会話に飽きたのか、研究室の中の機器に目を移す。
パソコンが数台。壁にディスプレイが数枚。ディスプレイには、星空が映し出されている。
「電波望遠鏡のデータを受信してるんじゃないの?」
「ああ、これは、主だった天文台のライブ映像。オブジェみたいなものだと思って」
「雰囲気だけってこと」
「データは、自動で受信解析されているからね。世界中で」
「もっと、生き馬の目を抜くような世界なのかと思ってた、研究って」
「そうだね、みんなで競い合っている。ほんの少しの差で出し抜かれてしまうこともある。でも、一方で、常に情報交換をしているんだ。認め合ってね」
「ダーウィンとウォレスみたいに」
「うん、そうだね。彼らはよいお手本だ。真理に向かって、皆がともに進んで行く。美しいよね」
「ロマンチストね」
「研究者はみんなロマンチストだと思うよ」
「自分で言ってたら世話無いわね。そういうところ好きよ」
おーっとロマンス誕生か?
「どうもありがとう。光栄だ」
ロマンス終了。
「そろそろ行くわ」
「今日は訪ねてくれてありがとう。楽しかった」
「こちらこそ」
そう言って、二人は握手を交わす。もちろんヒューストンとも。ジェントルだな、まったく。
ヒューストンは、二人が議論していたことにはあまり関心がない。UFOも見たことないし。
そもそも、どうしてビクトリアの興味が月から宇宙人に移っていったのかが分からない。でも、まあ、楽しそうにしているんだからいいとしようか。
「さあ、ベースボールを見に行きましょう」
おいおい、今からか。チケット取ってないぞ。
ボストン・レッドソックスの本拠地、フェンウェイ・パークで当日券を手に入れ、メジャーリーグの試合を観戦。ルールは何もわからない様子だが、球場内の様々なものに興味津々のビクトリア。ポップコーン売りの投げ技に目を見張り、整然とした応援に心躍らせている様子。ついには、ウェーブに参加して大興奮。生意気なことばかり言うけれど、まだまだ子供だ。そんなビクトリアの姿に、ヒューストンは、思わず笑みがこぼれてしまう。
ボストンで一泊。野球を見た後のチェックインなのに、ビクトリアは界隈で一、二を争うホテルをいつの間にか予約している。
「今日はリッツじゃないけど我慢してね」
いやいや、充分だ。
「さ、明日は早いから、寝ましょ」
って、何処へ行く気だ、明日。
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