第12話 ロンドン

 ハイド・パークのベンチに座ると木々を抜ける風が頬をなでる。

「月って、なんで同じ面を、ずーっと地球に向けてるのかしら」

 ビクトリアは、誰に尋ねるともなく、独りつぶやく。

 日が長いロンドンの夏も、ようやく暮れ、あたりは次第に宵闇に包まれる。

 淡く輝き始めた月が、東の空に、いつもと変わらぬ姿を覗かせる。

 ヒューストン・ストリートはベンチに後ろ手に手をついて、心地よい風に身を任せる。

 ほのかな緑の香りを風が運ぶ。

「ねえ、なんでだと思う」

 ヒューストンにほんの少し身を寄せて問いかけるビクトリアから、ふんわり甘いコロンが香る。

「さあなあ、月にでも聞いてみれば」

 ビクトリアはふと押し黙る。

 そして

「そうね、聞きにいけばいいんだ」

 しまった。余計なことを言った。

 けれど、後の祭。

「じゃあ、明日、ヒースローね。時間は連絡する」

 おいおい、俺はおまえさんにご招待されてここにいるんじゃなかったのか。魅惑のイングリッシュ・ガーデンの夕べが台無しだぞ?

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