第8話 ロンドン

 ハイド・パークの木々が、午後の日差しに、その影を長く伸ばし始める。

 ビクトリアは手に持った木の実を、寄ってきたリスの伸ばした両手に手渡す。

 手?

「リスって指何本なのかしら」

 数えてみれば。

「速くて数えられない」

「動物は、基本、五本だって何かで読んだことがある」

「うちで飼ってる猫は、四本だったような気がする」

「前足は五本だ。ぱっと見は四本だけど、離れたところについてる指で顔を洗ったりしてるだろ」

「詳しいわね」

「俺も、まあ、嫁さんだが、昔、飼ってたからな」

「あら、奥さんいるんだ」

「昔、な」

「今は」

「いろいろあるんだよ、長く人間やってると」

「ふーん」

 ヒューストンは、木の実を頬張るリスを眺めている。

「まあいいけど」

 ビクトリアは、また一つ、木の実をリスに手渡す。

「リスは、こうしてものをつかめるけど、猫はつかめないわ」

 そうだな。

「リスの方が人に近いのかしら」

「生きている環境の問題だろ。走るのには指は短い方がいいし、木に登るには、しっかりつかめる方がいい」

「猫も木に登るわ」

「どっちに、より適合したかってことだろ、進化の過程で」

「指って、何かをつかむためにあるんじゃないかしら。そうだとして、もともとつかめていたものが、つかめない形状に変わるって、進化じゃないんじゃない。魚から陸上動物に進化したんなら、そもそも指なんかいらないじゃない。ヒレが脚になればいいだけなんだから」

「木に登ったんだろ」

「わざわざ木に登って、また降りてきたの?おかしいじゃない。登ったのだけに指があればいい。最初から登らなかったのには、指はいらない」

「登らなかったやつは淘汰されたんだろ」

「木に登ったのだけが助かって、登らなかったのは絶滅したの?大洪水でもあったの?地球規模の」

「ノアの箱舟、だな」

 そう、ノアの箱舟。

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