第3話 家出娘

 いったいこれはどういうことだろうか。

 子猫を拾ったら魔王の娘で子猫だった。まったく意味が分からないが魔王の娘だったのだ。ってか魔王の娘ってなんだよ!? 子猫はみんな魔王の娘になれるのか!?


 ……いかん、落ち着け俺。落ち着くんだ。


 そうだ。俺は子猫を拾ってきただけなんだ。魔王の娘なんてどこにもいない。その証拠にほら、目の前にいるのはもっふもふのかわいい子猫じゃないか。


「ちょっと、早くよこしなさいよ!」


「しゃべったあああぁぁぁ!!」


 目の前の子猫をなんとか愛でようと現実逃避していたところに、いきなり現実に引き戻された。ってか子猫がしゃべるとかマジでやめてくんない!? すげぇ違和感ありすぎるんですけど!


「何言ってんのよ。猫がしゃべるなんて当たり前でしょ」


「何それ初めて聞くんですけど!?」


「……それ本気で言ってるの?」


「当たり前じゃねぇか!」


「えぇ……、この世界の猫って喋らないんだ……?」


 器用に眉間にしわを寄せて首をかしげる子猫。いやちょっと、かわいいのはかわいいんだが気持ち悪いから黙っててくれないかな。動物がしゃべるとかテレビじゃよくあるけど、やっぱ現実に見せられると違和感しかねぇわ。声帯とかどうなってるんだ。


 あぁそうだ、とりあえずおやつでもやれば静かになるか。くれって言ってたし……。

 考え込む子猫に背を向けて、ペット用おやつの入ったカラーボックスからちゅーるを取り出す。


「とりあえずほれ」


 袋を破るとちょっとだけ中身を出して子猫の前に持って行ってやると。


「うにゃーーー!!」


 考え込んでいたと思った子猫が、激しく叫びながらとびかかってきた。

 若干ビクッとしつつも、『うにゃー』という猫っぽい鳴き声にちょっとだけ安堵する。やっぱり猫の鳴き声はこうじゃないとな。


「ちょっと、なんで、こんな……。美味しすぎじゃない!」


 ぺろぺろとちゅーるを舐めながらも感想の声を漏らす子猫。……やっぱりこれが現実なのか。それに、この世界の猫は喋らないのかって言ってたな……。ってかこの世界ってなんだよ。お前の世界の猫は喋るのかよ。それって脳内にある空想の世界だよな? ……きっとそうだよな?


「はぁ……、幸せ」


 僅かな期待を抱いて子猫を見つめるも、おやつを食べ切った幸せそうな表情からは、意味の理解できる言葉が聞こえてきた。

 うん……、もうここまできたら認めようじゃないか。


「思わず家出してきちゃったけど、こんなに美味しいものが食べられるなんて思わなかったわ」


「……うん?」


 何かこう、聞き捨てならない単語が聞こえたきがしたんだが。


「家出……?」


「えっ? ……あたしそんなこと言ったっけ?」


 若干焦ったように目をそらしてそんなことをのたまう子猫。


「はっきり聞こえたぞ」


「あぁ……、そう……」


 ジト目を向けてやると開き直ったのか、キッとこちらを見つめ返してくる。


「聞こえちゃったんならしょうがないわね。しばらく厄介になるからよろしくね」


「……はぁっ!?」


 しばらく厄介ってどういうことだってばよ!? いや確かに子猫を拾ったときはこっそり飼おうかなんて考えてたけど、それとこれとは別だろ!


「だってご飯がこんなに美味しいなんて思わなかったんだもん」


 最後の最後まで食べ切ったちゅーるを名残惜しそうに見ていると、やがてあきらめたのかベッドの上にぴょんと飛び乗る。前足を前方に投げ出して伸びをしたかと思うと、くぁーっと大きなあくびを漏らした。そしてまた子猫になったときのように薄く光を放ったかと思うと、元の猫の着ぐるみを着た少女へと変化してそのまま寝っ転がる。


「何を思いっきり他人のベッドでくつろいでるんだ……」


「えー、別にいいじゃない」


「よくねえよ! ってかしばらく厄介になるって意味わからん! こちとらただの学生だぞ。面倒見切れるか!」


「ええー」


 すげぇ不満そうにしてるがなんなんだ。これは俺が悪いのか? いや勝手に人んちに上がり込んで厄介になるって……、いや招き入れたのは俺か。

 思わずorzのポーズを取ってしまうが仕方がないと思う。まさか魔王の娘とは気づかずに家に招き入れてしまうとか……って誰が気づくかこの野郎! この現代日本に魔王の娘がいるわけねぇだろ!


「ってかなんで猫の着ぐるみなんだよ!」


 もうわけがわからなくなってあとは文句つけられるところが服くらいしかない。いや着ぐるみがダメってことはないんだが。


「あれー? この世界の人間は猫が好きって聞いたからなんだけど……」


「……猫好きなのは否定しないが」


「だったら文句言わないでよ。……まぁでも、暑いから着替えてあげるわ」


 むくりと起き上がるとベッドに腰かけて、何もない空間にずぼっと腕を突っ込むと肘から先が見えなくなった。


「……は?」


 そのまま腕を引っ張り出すと、黒い半そでのワンピースがどこからともなく現れる。


「……どっから出したんだ」


「空間収納に決まってるじゃない」


 ……決まってるんだ。魔王の娘何でもありだな。もう何も突っ込むまい。

 眉間をもみほぐしていると、いきなり猫の着ぐるみを脱ぎだした。フードを脱いで露になったダークブルーの髪は腰ほどまであり、ぷるんと露出した二つの双丘の頂についたぽっちがまぶしい。


「いやいやいや!」


 なんで着ぐるみの下何も着てないの!?


 何の躊躇もなく着ぐるみが腰よりも下に降ろされると、ぷりんとしたお尻もさらけ出された。というかパンツを穿いてないことよりも重要な事実が明らかになる。


「尻尾ついてるし!」


 そう。着ぐるみを脱いだ家出娘、プリメイアには尻尾がついていたのだ。腰の少し下には、黒い毛で覆われた20センチくらいの長さのふさふさ尻尾が揺れていた。

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