第2話 魔王の娘

「はうわっ!?」


 目が覚めた時、隣に人らしき気配を感じた瞬間に変な悲鳴とともに飛び起きた。壁際に両手をついて張り付き、できるだけ隣で寝る女の子から距離を取る。


「えっ? 何っ? どういうこと!?」


 あたりをきょろきょろと見回してみるが、ここは間違いなく俺の家だ。ここから中は見えないが、ベッドの向こう側には子猫が入っているはずの段ボールもある。っていうかちゃんと家の鍵は閉めたよな……?


「……ううん」


「お、おわっ」


 パニくっていると女の子がどうも目を覚ましたようだ。両手をベッドについて上半身を起き上がらせると、その容姿がよくわかる。

 肩甲骨あたりまで垂らしたストレートのダークブルーの髪に、ぱっちりと開いた大きめの碧眼が映える。どこか西洋人っぽいところがあるが、大人になり切れていない顔つきからか美人というよりはかわいらしい容姿をしている。


「あ、おはよう!」


「お……、おはようございます……」


 なぜか不審者に対して敬語になってしまった。いやぱっと見で外国人っぽい人物から流暢な日本語が出てきたことにびっくりだ。

 なぜか猫の着ぐるみ姿をしているが、そんなことは今の俺には目に入らない。女の子とはいえ突如現れた人物に得体のしれない恐怖がこみあげてくる。


「えーっと……、どちらさまでしょうか……」


「あたし?」


 震える声で問いかけると、自分を指さしながら首を傾げられた。一瞬ドキリとするも、よく考えるとこの女の子は得体のしれない不法侵入者だ。

 この場には二人しかいないのだからして、俺が問いかける相手は一人しかいないんだがそれをツッコむわけにもいかない。無言で首肯すると、ようやく女の子は自己紹介を始めた。


「あたしはプリメイア・アルズドローズよ! 魔王ブリガルド・アルズドローズの娘なんだからね!」


「………………はぁ?」


 なんだコイツは……。ちょっと頭おかしいんじゃねぇか。人んちに無断で上がり込んでおいて、魔王の娘だと? ここは地球の日本という科学の発達した現代だぞ。ちょっとラノベの読みすぎだろ。


「いやあの、そういう設定はいいんで……」


「設定? なんのことよ」


 あくまでも押し通す気なのかこいつは。めんどくさそうだし、とりあえずこれ以上ツッコむのはやめておこう。


「つーかなんで人んちのベッドで寝てるんだよ」


「……はぁ? 何言ってんのよ。あんたが招き入れたんでしょうが」


 いやいやいや、お前こそ何言ってんだ。子猫を拾っただけで、人間は誰も招き入れたりしてねぇっつーの。今もほら、そこの段ボールの中にだな……。あれ……?


 ――いねぇ。


「ちょっと、どこ行くのよ!」


 子猫が心配になった俺には、目の前にいる魔王の娘なんぞどうでもいい。ちょっと押しのけて段ボールへと近づくが、やっぱり中に子猫はいなかった。


「どこ行ったんだ?」


「何を探してるのよ……」


 呆れた声が飛んでくるが、コイツは本気で言ってるのか? 仮にも俺んちに勝手に寝泊まりしてたんだ。ここに子猫がいたのは知ってるんじゃないのか?


「何って……、決まってるだろ」


 若干の苛立ちを滲ませながら振り返ると、両手を腰に当ててふんぞり返る女の子を睨みつける。


「子猫を探してるんだよ。そこの段ボールの中にいたんだから、お前だって気づいてるはずだろ」


「んん……?」


 詳しく説明してやったにも関わらず、意味が分からないといった表情になる着ぐるみ女。ってかなんでコイツは猫の着ぐるみなんぞ着てるんだ。子猫がいなくなったことに対する当てつけか何かか。


 ……いかん、ちょっと冷静になれ。


 だんだん機嫌が悪くなってるせいで口調が荒れてきてる気がする。まぁでも不法侵入者だし、気にすることもないか。


「だから子猫だよ! 見てないのか!?」


「あー……、その子猫なら知ってるわよ」


「……えっ? ……ホントか?」


 なぜか不満そうにしながらそんなことを口にする不法侵入者。とはいえ知っているというんであれば聞かないわけにはいかない。せっかく連れてきた子猫が大変なことになっていれば目も当てられないのだ。


「ええ」


「教えてくれよ。変なところに迷い込んで怪我でもしてたらと思うと……」


「あはは、そんなに心配しなくても大丈夫よ」


「そ、そうか。それならいいんだけど……」


 落ち着かせようとする口調に俺も多少冷静さを取り戻せた気がする。子猫の居所を知っている彼女が言うなら大丈夫なんだろう。他人の家に不法侵入したヤツではあるが、多少は信用してやってもいいかもしれない。猫好きに悪いやつはいないんだから。


「で、どこにいるんだ?」


「うーん。教えてあげてもいいけど、条件があるわ」


 改めて子猫の居場所を聞いた俺に彼女はもったいぶる。


「な、なんだよ……、条件って」


「さっきもらったご飯ちょーだい」


「……はぁ?」


 ご飯ってなんだ。ご飯って。お前にやった覚えはねぇぞ。子猫にはちゅーるをあげたけど。……いや子猫にあげろってことか? そういやいきなり魔王の娘とかわけわからんこと言い出した残念なヤツだったっけ。言葉遣いが若干残念でもしょうがないか?


「なんだよ……、さっきのちゅーるか?」


「それそれ!」


 興奮気味に身を乗り出してくる相手に若干引きながらも、おなかをすかせている子猫にご飯を上げるのはやぶさかではない。


「……それくらいならいいけど」


「約束だからね!」


「あ、あぁ……」


 びしっと俺を指さして念を押すと、返事をしたことに満足したのか鷹揚に頷いている。


「じゃあ猫になるからちょっと待っててね」


「…………はい?」


 疑問符を頭に浮かべた瞬間、目の前の女の子が鈍く光を発したかと思うと、ぐんぐんと体積が小さくなっていく。


「……………………えっ?」


「にゃー」


 そこには昼寝をする前に俺がアパートに連れてきた子猫が鎮座していた。

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