捨て猫を拾ったと思ったら家出した魔王の娘だった

m-kawa

第1話 猫を拾ったら

「にゃー」


 学校からの帰り道、自宅近所の公園の前を通ったところで、小さい声が耳に入ってきた。


「ん?」


 猫好きな俺はそんなかすかな声も聞き逃さない。自転車を公園の前に止めると辺りをきょろきょろと見回してみる。


「確かに聞こえたはず……」


 慎重に耳を澄ませながら、通り過ぎた公園入口へと戻ってみると。


「にゃー」


 確かに鳴き声が聞こえる。

 自転車にカギをかけて少し公園の中に入ると、茂みの陰に小さな子猫を発見した。全体的に真っ黒いが、おなか側は白い毛でおおわれている。顔に出ているその白黒の境目はちょうど鼻のようだ。


 子猫とはいえそれなりに精悍な顔つきをしている子だ。もうちょっと大きくなれば大人とそう変わらない大きさになるだろう。ゆっくりと手を伸ばしてみると、恐れるようでもなく近づいてくる。ふんふんと手の匂いを嗅いだかと思うと、差し出した手に体をこすりつけてきた。


「おーよちよち」


 思わず赤ちゃんをあやすような声が出てしまうが仕方がない。周囲には誰もいないし、何よりこんなに可愛い子猫を前にしてデレデレしてしまうのは不可抗力だ。反対側の手で撫でまわしてみるが、嫌がるそぶりは見せない。


「にゃー」


 それにしてもこの子は野良なんだろうか。周囲を見回してみても親兄弟らしき猫の姿は見当たらない。というか俺も大学に通うためにここに引っ越してきてから、公園で野良猫なんて今までみたことがない。


「うーん。迷子かなぁ」


 思わず抱き上げてみるも、やはり抵抗らしい抵抗はない。しばらく公園を見て回っても他の猫は見当たらなかった。


「どうしようかなぁ……」


 子猫を抱っこしていない反対側の手で頭をポリポリと掻く。我が家はすぐそこにあるワンルームのアパートだ。もちろんペットは不可なのだが、実をいうとこっそりと飼っている家があるのだ。

 迷いながらも鳴き続ける子猫を地面に下ろすことなく、公園の前に置いてあった自転車へと向かう。そのままカギを開けると、自転車を押しながら自宅へと向かった。


 悩みながらも俺の心の中ではもう決定していたんだろう。アパートの駐輪場に自転車を止めると、子猫を抱えたまま自分の部屋へと向かう。

 築年数も二十年を超えたボロアパートの一階だ。きょろきょろと辺りを見回す子猫を抱えたまま家の中に入ると、リビングの隅に置いてあるものを引っ張りだしてくる。


「さぁお前はどんな反応してくれるかなぁ?」


 一瞬だけピクリと反応するも、興味が勝ったのだろうか。引っ張り出してきた餌付け用の『ちゅーる』の封を切ると、子猫の鼻がひくひくと動き出した。

 中身を少しだけ出しながら子猫へと近づけると、興味深そうに匂いを嗅いで――パクリと勢いよくかぶりつく。


「ん?」


 と思ったら動きが停止した。


「おーい、大丈夫か?」


 あまりにも動かないもんだからちょっと心配になってきた。空いている左手で子猫の首元をこちょこちょとしてやると、ハッとしたのか首を左右に振ってきょろきょろとしている。


「なんだこいつ……」


 全猫が夢中になるちゅーるがお気に召さなかったんだろうか。


「にゃー!」


 疑問に思い始めたところで子猫がひと鳴きすると、ちゅーるへと突撃して勢いよく食べだした。


「うおおお、なんだよ、やっぱりちゅーるは最強だったってことか」


 微笑ましく眺めていたが、やがて中身がなくなったんだろう。ちゅーるから口を離すと俺の手へと飛び掛かり、もっとくれと催促してきた。


「はっはっは、残念だがもうないぞー」


「にゃー」


「おねだりしてもないものはしょうがないだろ」


 子猫の頭をなでながら言い聞かせるとちょっと大人しくなる。本当はまだあるが、あげすぎはよくないしな。アパートは一応ペット禁止だし、今家の中に入れてるのだって一時的なものだ。


「おなかは膨れたかー?」


 両脇に手を入れて抱き上げると、だらんと伸びた子猫の全身を観察する。特に怪我などは見当たらない。ふさふさの毛がもふもふだ。子猫を地面へと降ろすとわしゃわしゃと存分にもふってやる。

 なんとなく嫌がられてる気がしないでもないが、おやつあげたし別にいいだろう。警戒してる猫は近づくこともできないんだから、逃げないならきっと大丈夫。


 ひとしきり堪能した後で解放してやると、若干警戒したような視線を向けてくる。しかしおなかが膨れて満足したのか、口を大きく開けるとあくびを一つ漏らす。……と俺にもあくびがうつってしまった。


 ちらりと時計を見ると昼の一時半だ。今日は午前中だけの講義だったし、バイトも夕方からだしちょっと時間あるな。


 昨日も遅くまで起きてたし眠い。まぁちょっとくらい大丈夫だろう。昼寝をするにしても子猫をこのまま放置はできない。隅に置いてあった段ボールを引っ張り出してくると、タオルと一緒に子猫を入れてやる。タオルを物珍しそうに触っていたが、やがて眠気に負けたのかそのままコロンと横になった。


「さて、俺も昼寝するか」


 それだけ呟くと俺もベッドへと転がり――




 目が覚めると横に女の子が一緒に寝ていたのだった。

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