柴藤綾乃さんと書道部で再会・ペンギンさん泳ぎ覚えてる?

ながくらさゆき

しばふじ あやのちゃん

 僕は、同じ書道部の柴藤しばふじ綾乃さんに話しかけられた。

「ねえ、きみ。もしかして……幼稚園の時プール習ってなかった?」


「え、うん。何でそれを」


「やっぱり!」


 僕は高校入学をして書道部に入ったばかり。

 今日で部活に入って三日目だ。

 部員は全部で三人。

 僕と、三年生の書道部部長(男)と、僕と同じ一年生の柴藤綾乃さん。

 髪が長くてかわいい子。


 スカートの下に黒いストッキング、その上に短い丈の白い靴下を履いている。

 部長は黒いストッキングを履くのは、かなり個性的な女子だと言っていた。


 黒いストッキングの上にさらに靴下を履いているから、かなりこだわりを持った女子なんだろう。

 他の女子は黒いストッキングなんて履いていない。靴下だけ。


 肌色のストッキングを履いている人はもしかしたらいるかもしれないが、黒いストッキングを履いているのは校内で柴藤さんだけ。他に見たことがない。


 生徒手帳で校則をチェックしてみたら、靴下は白。ストッキングは肌色か黒と決まっていた。なので校則違反ではない。


 体育の時間はどうしているのか。ストッキングは脱ぐのか? 体育の時間だけ生足披露か?


 部長はさっきまでいたけど、バイトの欠員が出たという連絡を受けて大慌てでバイト先に向かった。


 あまりしゃべったことのない、かわいい柴藤さんと二人きりで僕は緊張していた。

 なんでこんなにかわいい女子が同じ部なんだ。

 もっとかわいくない女子と一緒がよかった。そのほうが気楽だった。


 緊張のあまり習字の筆を持つ手がブルブルふるえてしまう。文字がウネウネと波うってしまった。


 そしたら柴藤さんが急にスイミングの話をしだした。


「キミラノ・スイミングスクールのペンギンさんクラスにいなかった?」

 と目をらんらんとさせて話しかけてくる。

 目にお星さまが映ってるみたいに輝いている。


 柴藤さんはリア充なんだろうなあ。

 コミュ力あるし、髪もさらさらでツヤツヤ。

 まぶしい。

 非リアの僕はその熱でとけてしまいそう。


「キ、キミラノ・スイミングは三歳から小三まで通ってたよ。しょっちゅう中耳炎ちゅうじえんになるからやめちゃったけど。

ペンギンさんクラスは小さい子が通うクラスだったよね。確か。

僕、バタ足とペンギンさん泳ぎしかできないんだ。覚えてる? ペンギンさん泳ぎ。」


 六年も習っていたのに、クロールを習う前にやめてしまった。とほほ。


「ペンギンさん泳ぎ、覚えてるよ! 

背泳ぎでペンギンさんみたいに、おしりのあたりで手をかく泳ぎでしょ! 今でもできるよ!

わたしも、そのスイミングに幼稚園まで通っていたの! 小学校に上がるときに引っ越しちゃったんだ。

 きみの名前、なんか聞いたことあると思って家のアルバム見たら、わたしと一緒に映ってる写真があったんだよ!」


「そうなんだ、すごいね。僕のこと、よく覚えていたね。」


「ほら! その写真持ってきたんだ! 一緒に写ってるのきみでしょ?」


 そう言って一枚の写真を僕に差し出した。


 水着を着て水泳帽をかぶった女の子と小さい時の僕が写っていた。ちょうどペンギンさん泳ぎをしているところを上から撮った写真だ。

 プールの上は吹き抜けになっていて、保護者は上からプールをのぞけるようになっていた。

 僕の水泳帽には僕の名前が、女の子の水泳帽には大きな文字で

「しばふじ あやの」

 と書かれていた。


「ああ! しばふじ あやのちゃんか!」


「そう! 思い出してくれた?」


「うん! この写真うちにもあるよ。

そうか、しばふじ あやのちゃんか。

漢字だとピンと来なかったけど、ひらがなの並びで思い出したよ!」


「ふふ。久しぶりだね。うちのお母さんに言ったら驚いてたよ。」


「ハハハ。よく自由時間に水の中で、くすぐりあいっこしたよね!」


 楽しかったなあ。女の子とイチャイチャしたのは、あの頃だけだった。

 あの女の子がこんなに綺麗になって目の前にいる。もしかして、これから僕の青春が始まるのか?


「えっ? 水の中で、くすぐりあいっこ? そんなことしてた?」


「えっ、あやのちゃん覚えてないの?」


 プールの水の中で、くすぐりあって追いかけっこしたじゃないか。スイミングのコーチに「おまえら、なにやってんだ」とあきれられながら。いつも自由時間が待ち遠しかった。すごく楽しかった。

 そうだよね、あやのちゃん。


「ちょっと、おぼえてないな。あっ、もうこんな時間! 本屋さんに予約したライトノベル取りに行かないと!」


 そう言って柴藤さんは、さっさと習字道具を片付けて「じゃあ、お先に」と言って帰ってしまった。


 さっきの思い出話は言わないほうがよかったのかな。部長に相談したかったな。柴藤さんがさっきまで筆で書いていた「青春」の文字を見ながら、僕は考えていた。全くクセのないお手本のようなきれいな文字。


 柴藤さんが予約したライトノベルはどんな話だろう。その話をしたら仲良くなれるかな。

 いつかまたプールでくすぐりあいっことペンギンさん泳ぎ一緒にできたらいいな。



おわり
















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