14歳

大人になるのだ

 14歳になった。

 寝室の備え付けの化粧台の鏡前に座り、にらめっこ。

 休日の昼前。みんながでかけてしんとした寝室に、私は一人残っていた。


「……」


 …………。

 …………。

 はあ。

 目つきさえどうにかなれば。


「これでなんとか――」


 前髪を降ろして目元を隠してみる。

 余計に怖くなったよ、これ。


「――ならないよね」

 

 黒髪の下から覗くことで、三白眼気味の目つきが一層引き立つ結果に至った。

 なんか暗闇にひそむ魔獣感あるし、体はどうしたって、貧相な子供にしか見えない。

 目のせいだけじゃないのは、分かってる。


 きっかけは、なんでもない一言。

 クラスメイトの女子だったのは確かだったけれど、誰に言われたのかも覚えていない程、その時は私としてもどうでもいいことだったんだと思う。というか今までも時々言われてきたことだし。

 なのに、それは静かに一滴一滴ずつ心に溜まっていって、ある日ふと気づくと、心のなかで水たまりになっていた。


 シエルと一緒に居るところを、「子供と大人みたいだね」って言われた。

 それだけの話。

 たったそれだけで、私はこんなにも動揺している。

 私ってそんなに子供っぽいの?


「あれエカルテ?」


「んあー! もうやだ!」私は呻く。


 だめだ。髪型だってちっとも定まらない。

 もやもやに任せて髪を掻きむしった。


 ぼさぼさになった伸びた髪が全部降りてきて、顔をすっかり隠れる。

 いっそこのままの方が安心するかも。

 人に顔を見られたくない気分。


「ねえ、エカルテってば」


 シエルに肩を叩かれ、我に返った。

 自分に沈みすぎて、シエルがいつのまにか戻ってきていることに気づいていなかった。

 振り返ると、シエルが目を丸くした。


「うわ、髪ぼっさぼさ! どうかしたの?」


「な……。なんでもないっ」


 こんな状態でなんでもないわけなくて、声もどぎまぎしているのがもろ分かり。

 それなのに彼女は何も言わなかった。

 もうちょっと、ちゃんと隠せるようになれたらいいのに。私はいつもすぐ顔と態度に出てしまう。


「なおしてあげる」


 そう言って、シエルが私のおでこに手をやって、髪をかき分けていく。

 とばりがめくられ、朝日のもとに晒される。

 それが眩しくて、顕になった自分の目がなんだか恥ずかしくて、私は目をぎゅっと閉じた。


「待ってて。櫛持ってくる」


 シエルが一旦離れる気配があり目を開けた。

 床頭台の私物入れに向かう背中が見えた。

 すらりと伸びた手足。女子の中では1番高い身長。

 ほっそりとした体躯だけど、女らしいところはしっかり女らしい。

 髪をまたばっさりと切って、ショートにしていて、それが今の彼女にはとても似合っていて、とても大人っぽく見えた。

 

 15歳。

 王族と違って、儀式や何かがあるわけじゃないけれど、世間的には大人として見られる年齢に彼女はなった。

 実際にその体はそれにふさわしいように、私には思える。 


 彼女が腰をかがめているのを見ていると、今度は髪型以外のことが気になってきた。

 シエルを見ていると、どうしても自分と比べてしまう。


 クラスで2番めに小さい身長とか。やたら鋭い目つきとか。

 ちっとも大人っぽくならない、痩せっぽっちの体のこととか。

 他人に比べて妙に生理が軽いこととか。


 まるで男も女も決めきらないオレ自身であるかのようだった。

 それの量は少なく、みんなが言うようなお腹の中身をぎゅうっと鷲掴みにされるような痛みもそこまでは感じない。女子にすらなりきれていないような気がして、他人と違うのが酷く気になった。


 いやだな。

 こんな事で、うじうじしている自分が嫌だ。子供っぽいよ。

 大人だったら、きっと自分の見た目なんて気にしないで堂々としていられるはずなんだ。

 シエルのことは、大好きなのに。シエルの大人らしさは、ただひたすらに眩しくて遠い。


「髪、きれいなんだから。もったいないよ?」


 シエルが櫛と寝癖用のミスト吹きを持って、戻ってきて、椅子の背中に立った。

 シエルは私の頭に手をやり、優しく撫でてくれる。他人から見たら子供と大人って冗談めかされるのもわかる光景だ。子供になった気分だ。

 

 シエルの暖かい手で安心する自分もいる。

 それが……そんな自分が嫌だって思う私も居る。


 だって、子供のままじゃ、シエルの隣に立てない。

 ずっとこのままだ。

 このままじゃだめだって、焦る。


 もう時間がないんだ。

 フェッテと再会できたことは本当に嬉しかった。

 彼女はオレを男にする方法を探している。

 決めなきゃいけないときが、もしかしたら明日来るかも知れない。

 男か女か。

 

 オレはいつまでも子供のままじゃられない。

 大人にならなきゃ。早く大人になって、自分のことは自分で決められるようにならないといけないんだ。


 そうやって焦るほど、ぬかるみにはまっていくのだ。

 抜け出そうと手足をもがくほど、自分のだめなところが、子供っぽいところが襲いかかってきて溺れそうなんだ。

  

「そんなことない」


「あるよ。もっと自信持てばいいのに。それにしても髪伸びたね。また切ってあげよっか?」


 シエルが私の肩下まで伸びた髪を撫でる。もう少し伸ばすつもりだ。

 その方が大人っぽく見えるかと思った。なにより、その方が比べられないで済む。


「ううん。もうちょっと伸ばす」


「お揃い卒業かあ」


 シエルがちょっと寂しそうに言うのが、胸にちくりと刺さった。


「……うん」


「ほら。きれいになった。髪結ぶね」


「うん。お願い」


 髪を梳かしてくれたシエルが、そのままひとつ結びにしてくれた。

 鏡の向こうで、無造作だった髪が、首筋が見えてとてもすっきりする。心なしか表情も明るく見えた。

 自分でやるのとやり方はそんなに変わらないはずなのに、シエルはやっぱり上手だ。


 って。

 だめだよ! またシエルに頼ってる。

 こんなんだからシエルに本音を話してもらえないんだ。


「シエル!」


 がたと音を立てて、立ち上がりルト、勢いが付きすぎて椅子が転げた。

 シエルを見上げると彼女は驚いたような顔をしていた。


「うわ、びっくりした! 急にどうしたの?」


「ええと。そう。遊びに行こう! わ、私が、案内、するよ!」


 いつも向こうから誘ってもらってるし、何かをしてもらってる。

 今日こそはオレが、対等な立場で誘うんだ。

 なんでか、とても緊張する。昔は冗談めかして軽く言えたのに。


 なんでだろう。

 ほんの1年、2年前まではそこまで自分の容姿に悩まなかった。

 年を取れば取るほど、かえって動揺しやすくなっているような気がするし、些細なことで悩むんだ。

 

 些細なことって、分かってるのに、どうしても気になることばかりがどんどん積み重なっていく。

 私は、ちゃんと成長できているんだろうか。前に進めているんだろうか。



 ううん。弱気じゃだめだ。

 私だってちゃんと案内…エスコートだって出来るんだってシエルに示すんだ。


 そうしたら、シエルだって、周りだって私の事を子供っぽいだなんてもう言わない。

 私は大人になるんだ。


「おお? なんか難しいこと考えてない?」


 シエルに見透かされたようで、顔が暑くなる。つい声が大きくなって、


「考えてない! さあいこう! 今すぐ行こう!」


「さすがにパジャマは着替えようね。服選んであげる」


「忘れてた! じゃあ、お願い……ちがう! じ、じぶんで選ぶよ!」


「あ。うん。一緒に選ぼ」


「じゃなーくてー!」


 シエルがクローゼットに向かうのを手を伸ばして、駆け寄ろうとしたら転げた椅子に足を引っ掛けて、盛大に前のめりにすっ転んだ。


 古い床板が目の前にある。

 すんでのところで両手を突っ張って、なんとか顔面から突っ込むことはなかった。


「エカルテっ! 大丈夫!?」


 慌てて駆け寄ってきた彼女の手をにぎり、ふらふらと立ち上がる。

 は、恥ずかしい。

 結局シエルに助けてもらってる。


「大丈夫……」


「もう。今日なんか変だよ?」


「うん。そうだよね。うん……ごめん。私、一緒に遊びに行ってほしい……どうしても……」


「なんで謝るの! それに、行くに決まってるじゃん。エカルテが誘ってくれてすごく嬉しいんだよ、わたし」


「……うん。ありがとう」


 手を引かれて、転げた椅子を乗り越えた。

 あ。泣きそう。鼻がつんとしてきた。

 だめ。流石に、泣かない。

 自分が情けなくて悔しいのが7割。

 嬉しいのが3割。


 女っぽくもならない。

 ましてや男になるわけでもない。

 やせっぽっちの体を包み込んでくれるような服を、最近は選んでいる。

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