閑話:シュシュとルティレ
『シュシュ。上手くやりなさい、クラスメイトとはみんな仲良くね』
バーデン公爵である父より仰せつかった言付けを、シュシュは彼女なりに”上手く”やっていた。
次期王は第一王子、第二王子、生まれの順ではなく、推薦制にするべきである。
そう主張する、王家にあって異端なバーデン公爵家。
その令嬢として常に気を張り詰めて生きてきたシュシュであったがために、”上手く”の解釈がちょっと過激だっただけだ。
すなわち、先手必勝である。攻撃されないにはどうしたら良いか。
すなわち、支配である。脳筋である。
実際に上手く行っていた。
開始一週間でクラスメイトの女子の大半を支配下に置き、隣国である男子との仲も表面上は悪くない。
それだけに軍門に下ろうとしないエカルテ・シルフィードには業を煮やした。
配下である平民グループを使ってあれこれ誘っては見たものの、一向になびく様子がない。
シュシュは焦った。
これではお父様の後半の言葉、『仲良くやる』が達成できないではないか。
魔族であるシエルに、獣人のメリア。彼女達をそのままグループに入れては、必ずどこかしらに齟齬を生み、ひいてはグループの崩壊を招く。
万全の支配体制を敷く必要があった。反発するものの居なくなったその後、有無を言わさず『皆で仲良く』させるつもりであった。
その際、他の女子とシエルの緩衝役として、エカルテの存在は絶対に必要だったのに。
「……今は、そんなことを言っている場合じゃないわね。エカルテ・シルフィード。見てなさい。わたくしの大好きだったエトワルの仇は絶対取るんだから」
夕日の差し込む、広々とした個室。貴族女子寮の自室で、シュシュはつぶやいた。
そしてそれに答えるものがあった。執事見習いのルティレだ。
「また妙なこと企んでるんですね、お嬢様」
クラスでは一言も発さない彼が、ざっくばらんに話しかけてくる。
その口調は親しげなものだった。
金色の髪に青い瞳。涼しげで美しいその容貌も相まって、騒ぐ女子も多い。
だが。本当の彼の姿を見た時、彼女らはどんな顔をするのだろう。
シュシュは内心でほくそ笑む。
「失礼ねルティレ。わたくしはいつでも勝つことだけを考えているの。それで。いつまでその姿なの?」
「一応、学校で術は解くなと旦那様に言われておりますので」
「わたくしの前では不要よ。解きなさい」
「お嬢様がそうおっしゃるならば」
ルティレが髪を撫でると、一瞬でその髪は銀色に染まる。いや。戻っていく。
肌は浅黒く、真紅の瞳を湛えている。
浅黒い肌はヴァリアシオン族の特徴の一つだ。彼は魔族なのだ。
「そちらの姿のほうが落ち着くわ。綺麗な髪よ」
シュシュが何の気なしに言うと、ルティレはちょっと肩をすくめた。
ルティレは思う。
この魔族の象徴である銀髪には、ずいぶん苦労させられたというのに。
このお嬢様は平気で恥ずかしいことを言いなさる。
彼は心から微笑んで、言葉を返した。
「ありがとうございます。お嬢様」
アポテオーズ王国は、立地的に魔石の産出に乏しい。
だがそのハンデを物ともしないのは、魔族の力も積極的に取り入れているからだ。
周辺の国々は未だ国の中枢に魔族を採用することを禁忌としているのだが、シュシュ自身にも特に魔族に思うところはあまりない。
有能ならばいいではないか。そう思っている。
例えば、第二王子の魔術教師であったフェッテも、アルカ族と呼ばれる魔族の一人であった。
フェッテ。
第二王子、エトワル。思考にその単語が思い浮かんで、シュシュははっとする。
言わなければならない事があるのだ。
「そうよ。エトワルよ。ルティレ」
「第二王子、ですか? 彼は蛮族に襲われ、お亡くなりになったとお聞きしておりましたが」
「ルーン魔術を見たの。エカルテ・シルフィードよ」
「ルーン……? まさか。お嬢様の勘違いじゃないんですか? いつものように、早とちりとか」
「あなた結構失礼なやつよね。別にいいけれど。とにかく、間違いないのよ!」
あの日、メリアに対する仕打ちを察知していたシュシュは、ヴァロッテ達の悪行を教師に密告しようと、ずっと後をつけていた。
クラスを支配する上で強力なカードになりうる。そう確信していた。
あの光景は未だに信じられない。だけど、事実だ。
エカルテの使った術式は間違いなくルーン魔術だった。
アポテオーズ王家に伝わる、詠唱を極度に短縮することに成功した、高度な術式。
長らく使用できるものはいなかったが、第二王子であるエトワルはわずか5歳のときにそれを実現してみせたのだ。
神の子。
彼をそう呼ぶ者すら居た。
噂では平民を母に持つと言われる彼であったが、それでも関わる者達の心を奪っていった。
父であるバーデン公爵もいたく彼のことを気に入っていた。
ずいぶん肩入れしていて、それを疎ましく思うものもまた、多かった。
第一王子は、お世辞にも素行が良いとは言えない。それ故に御しやすいと考える者も多かった。
さらに血筋で言えば、正妃から生まれた彼に正当性があるのだ。
バーデン公爵家に向かう最中、第二王子は殺された。
その責任を問う者が、正妃に連なる者達にいる。
それがシュシュが隣国の魔術学校に通う理由でもあった。
きな臭い王国に居ては、娘に危険が及ぶ可能性もある。
そう考えたバーデン公爵は留学という形で娘を送り出したのだ。
ヴァリアシオン族という、身体能力に優れた強力な護衛を付けて。
「! ルティレ。わたくし、わかったのよ」
シュシュが椅子を蹴って、勢いよく立ち上がる。
お嬢様はひらめいた。
「なにがです?」
「エカルテは、エトワルに術を教わったのよ」
「なるほど。あの術式を再現できるものはエトワル王子ぐらいしかいませんからね。
魔術に秀でていたフェッテなら、もしかすればというところではありますが、彼女も行方が知れませんし。それでいつどこで教わったんです?」
「彼女が、用済みになったエトワル王子を殺したんだわ!」
「……いつ?」
「え!?」
「ですから。いつ、どこで、どうやって、教わって、どうやって殺したんです? 王子の死体はちゃんと見つかって、葬儀も済ませたじゃないですか。ありえませんよ、タイミング的に。
教わるにしても、離宮にあんな女の子居なかったでしょう。警備が厳重な離宮に忍び込むことだって考えにくい。まあ、あれは中の者を外に出さないための警備でしたが」
「知らないわよ、そんなの! でもおかしいじゃない! どうしてエトワル王子にしか使えなかった術を、あんなよくわかんない子が使えるのよ!? あの子をとっちめて、バーデン家の無罪を証明して、エトワルの仇を取るの! そうすればお父様だって、他家の嫌味な連中にちくちく言われることだってないわ!」
「お嬢様はめちゃくちゃ言いなさる」眉間を抑えて、ルティレは少し考え込んでから、顔を上げた。
「とっちめるのはやめてくださいね。
とにかく。エカルテとシエルのことは探ったほうが良いのは事実ではあります。シエルも見たところアルカ族みたいですし、フェッテとの繋がる線可能性もなくはないでしょう。
言っておきますが、暴力はなしですよ。この学校、いたるところに感知結界が敷かれていて、魔術を使えば一発でばれますからね。わかっておられますか、お嬢様」
「わたくしがいつ暴力を振るったというのよ。ヴァロッテじゃあるまいし」
腕組みをして、ぷいと顔を背けるシュシュに、ルティレはため息混じりに言った。
「……俺が小さい頃は散々やられましたよ」
「!?」シュシュの顔は一瞬にして真っ赤に染まり、大きな目を見開いて、慌てて手をバタバタと振り回した。「あ、あの頃は小さかったの! あの日のことは、ごめんって言ってるでしょう! 今のあたしは、淑女なの!」
「あたしって出てますよ」
ルティレが苦笑いを浮かべると、シュシュはさらに慌てて口元を塞いだ。塞ぎすぎて今度は顔が青くなってきた。
「お嬢様。ちゃんと息をしてください」
「ぷはっ。死ぬかと思ったわ」
「とにかく。しばらくはあの二人の様子を見ましょう。何か分かるかもしれませんからね。良いですか、いきなり殴り込みに行くとかしちゃだめですからね。余計に警戒されますので。自然を装ってください」
「あなたはわたくしを何だと思っているの……?」
実際宣戦布告を済ませてしまった後なので、お嬢様は盛大に目を泳がせる。
ルティレはその様子を見て『あ、既にやったなこいつ』と内心で突っ込むも表情には出さないでおいた。
「もちろん、俺の大事なお嬢様とお慕いしておりますが」
「言ってて恥ずかしくない?」
「いいえまったく。お互い様ですよ」
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