第五夜 「満月(十五夜)」 望(のぞみ)

 今夜 は満月。

 満ちた十五夜の月。


 のぞみはお母さんと手を繋ぎながら夜道を帰っていました。

 保育園の年長組。

 お父さんは、のぞみが年少組に入ったばかりの頃、空の星になってしまったそうです。


 でも、寂しいと思ったことは、あんまりありません。優しいお母さんと、おじいちゃん、おばあちゃんもいてくれるからです。


 お祭りの縁日の帰り、手にはホカホカのタコ焼きの入ったビニール袋。

 もう片方の手には青い水ヨーヨーが揺れています。


 ホカホカのタコ焼きは出来るだけ早く食べるのが一番美味しい。だから、お母さんに、ねだってみます。


「ねぇ、おかあさん、たこやき、さめちゃうよ」


「このさきのこうえんにベンチがあったから、そこでたべていこうよぉ」


 お母さんはちょっと困った顔をしましたが、


「お祭りだから、特別ね」

 と笑って


 小さな息子と手を繋いで、公園に寄ることにしました。


 二人が街灯に照らされたベンチに腰を下ろそうとした……その時に

 ベンチの上に薄らと青みを含んだ様な白い本が古ぼけた万年筆と一緒に置いてあるのを見つけたのです。


「きれいな、ほん……」


 のぞみが思わず、その本を手に取ると、一枚の紙がハラリと落ちました。


 ☾【月白げっぱくの本】1ページだけを、あなたの自由にお使いください。つむがれた夢の欠片かけらは差し上げます ☽


「おかあさん、これ、なんてかいてあるの?」


 聞かれたお母さんは、まだひらがなしか読めない望の為に、ゆっくりと読んでくれました。


「げっぱくのほん?」


「うーん、月の明かりみたいな白い本ってことかしらね」

 お母さんも首を傾げます。


「いっぺーじだけ、すきなこと、かいていいの?」


「うん、そう書いてあるわね」


 本の初めの数頁はページ同士が貼り付いたようになっています。

 そして、その後は白紙になっていました。


「ぼく、このほんに、かいてみたいなぁ」


「うーん、1ページだけ、ご自由にどうぞって書いてあるし、もしかしたら、お祭りのイベントとかで使われてるのかもしれないわね」


 そうしている間にものぞみは横にあった古ぼけた万年筆を手に取っています。


「ねぇ、いいでしょ。いっぺーじだけ」


 お母さんは、ちょっと苦笑いしながらもOKしました。

 後で横に一筆、お詫びを書いておこう。

 自由にどうぞって書いてあるんだし。


 のぞみは万年筆で白いページにおおきくまるを描きました。


「それは何かなぁ?」

 お母さんが笑って聞きました。


「おつきさまだよ!」

 空を見上げて元気よくのぞみは答えます。


「ふふふ、タコ焼きみたいに、まん丸お月様ね」

 微笑みながらお母さんは、望のお月様の絵の横に

 ”みんなに、いいこと、ありますように”

 と、のぞみにも読めるように、ひらがなで書きました。


そして、その横に小さく

”勝手に書かせていただきました。すみません”

とお詫びを書いておきました。



「あー!たこやき、さめちゃうよー」

 のぞみが気づいて叫びます。


「大丈夫。ほら、その本をちゃんとこっちに汚れないように、万年筆もね」


 お母さんは、月白の本と万年筆をベンチの端っこに避難させたあとで、タコ焼きの包みを開きました。

 青海苔あおのり鰹節かつおぶしにソースの匂いが食欲を刺激します。


「「いただきます」」

 手を合わせた二人は、ハフハフとまだ熱いタコ焼きを仲良く食べたのでした。


 まん丸お月様が、そんな親子二人を優しい明かりで照らしていました。


 美しく澄んだ満月の夜でした。

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