第四夜 「十三夜月」 月彦(つきひこ)

 今夜は十三夜月。

 後の名月のちのめいげつ。月光が、さやかに美しい夜。


 月彦つきひこは酷く苛立っていた。

 何もかもが思うようにいかなかった。


 月彦つきひこは母子家庭で育った。

 父親は物心つく前に亡くなって顔も覚えていない。上に兄がいる。


 小学校は不登校だった。

 中学校は休みがちだったが、それなりには通った。

 高校は一度中退してから、通信制高校を何とか卒業した。

 20歳はたちになったばかり。居酒屋でバイトをしている。


 月彦つきひこはモテる。

 端正な顔立ちに背も180cmはあるから、彼女が途切れた事はない……のだけれど付き合いは長く続かない。


 いつも、告白されて、それで付き合いだす。

 勿論、嫌いなわけではないけど、物凄く好きな訳でもない。


 それでも、付き合いだしたら、一生懸命その子の為に色々なことをする。

 ねだられればペアリングをバイト代をつぎ込んで買いもするし、相談にはいつも親身にのる。

 浮気なんかしたこともない。


 なのに何故かあれ程、自分を好きだと言っていた彼女の方が浮気したりする。

 問い詰めると泣いて二度としないという癖に、また同じ事の繰り返し。

 その癖、別れると言うと別れたくないとゴネる。


 好きになってくれたのが嬉しいから付き合う。彼女だから全力で守る。なのにどうして上手くいかない?


 今日だってそうだ。

 怒りは母の方へも向かう。


 今度の彼女は18歳。高校中退したばかり。

 バイト先の居酒屋で知り合って、やっぱり向こうから告られて付き合いだした。


 その彼女から相談されたのだ。

 母親からの暴力を受けていて家出してきたと。

 彼女も母子家庭だった。

 両親は離婚したらしい。


 月彦つきひこはそれを聞いて母にしばらく家に置いてやって欲しいと頼んだ。


 それなのに

 母は言ったのだ


「今日だけ泊めるならまだしも、一、二ヶ月も泊めることはできないよ。もし、暴力を受けているのなら、まず、行政機関に相談した方がいい。彼女も、もう18歳なら自活の道も探せるし、今は避難シェルターだってある。それに離婚したお父さんもいるんでしょう?そっちには相談できないの?別れても娘のことは心配だと思うよ」

 と


 確かに家計は苦しい。

 兄の給料と緊急時には母の貯えを切り崩しながら暮らしている。

 母の持病の医療費も馬鹿にならない。

 月彦はまだあまり稼げないので、家には、たまに1、2万を入れるくらいだ。

 母は細々と家で内職をしている。雀の涙ほどにしかならないが。


 だけど


「困っている人間がいるのに、それも俺の彼女なのに、行政機関に相談って、あんまり冷たくないか?」


 母は悲しそうな顔をして、でもキッパリと言った


「家で責任を持って面倒をみられる余裕があるならいいけど、そうじゃないのは月彦つきひこも知ってるでしょう。ちゃんと責任を持てない以上、中途半端な安請け合いはするべきじゃないよ」


 月彦つきひこは頭に血が上って叫んでいた。


「母さんになんて頼むんじゃなかった。金のことばっかり!こんなに頼んでるのに!いつもそうだ!俺は我慢してばっかりじゃないか!」


 頭の中では違うと解っていた。

 上手くいかない時でも何とか共に道を探そうと寄り添い励ましてくれた母……。


 でも、声に出したのは正反対の言葉だった。


「もう、ウチには帰らない!母さんには頼らない!見損なった!薄情者!どうせクズ息子だよ!生まれてこなきゃよかった!」


 瞬間、

 母の目が見開かれて、顔が悲しげに……歪んだ。

 母は何かにえるように覚悟するように、大きく息を吐いた後


「どう言われても出来ないことはできないよ。それじゃ本当の解決にはならない。出ていくなら止めない。もう、月彦つきひこも20歳だもんね。冷静になって考えてみてごらん」


「母さんは、月彦つきひこが気づくのを待ってる」


 と言った。



 家を飛び出した月彦つきひこはいつの間にか街灯に照らされた公園のベンチに座っていた。

 彼女は近くのファミレスに待たせている。

 早く行かないといけないのに気持ちは沈むばかりで、溜息ばかりがこぼれる。


 いい加減で行かないと…と立ち上がろうとした時に、その本が目に留まった。


 薄らと青みを含んだ様な白い本が古ぼけた万年筆と一緒に月彦の横に置いてある。


 手に取ってページを開いてみた。

 最初の数頁分くらいはページ同士が貼り付いたようになっている。

 その後には何も書かれていない白紙だ。


「何だこれ?」


 つまんねぇと閉じようとして、ハラリと落ちた紙に気がついた。


 ☾【月白げっぱくの本】1ページだけを、あなたの自由にお使いください。つむがれた夢の欠片かけらは差し上げます ☽


「バカバカしい!」


 吐き捨てるように言ってみたが、何となく気になってしまい、いつの間にか古ぼけた万年筆を手に取っていた。


「別にお遊びみたいなもんだしな」


 ”俺は彼女から助けを求められたから何とかしてやりたいと思って、母さんに頼んだのに……母さんはそれは出来ないって言った。あんなに薄情だったなんて……”


 薄情……?

 本当にそうだったか?


 何もかも上手くいかないと鼻水ぐちゃぐちゃの顔で泣いた時、黙って背中をさすりつづけてくれたのは?

 高校中退して通信制高校へ入学した時も何も言わず見守ってくれてた母さん。


 ふと、そう言えば自分は本当の意味で人を好きになったことがあったのかな、と思った。


 いつも受身で、結果が上手くいかないと他人ひとのせいにして……。

 今度だって、相談じゃなくて簡単に母さんに頼ろうとした。

 断られたら逆ギレして暴言吐いた。


 ”ごめん、母さん。俺、あんな酷いことを言いたいわけじゃなかった。でも素直になれなくて、自分のダメさを突きつけられた気がして”


 母の寂しげな後ろ姿が胸に突き刺さる。


 ”母さん、すぐには素直に謝れないけど……でも信じてて欲しい。俺、頑張るから。待ってて欲しい”


 月彦つきひこは本と万年筆をベンチに戻すと立ち上がった。


 待たせているファミレスの彼女の所に行って、行政機関への相談や離婚したお父さんに相談できないか話し合ってみよう。


 自分の力で出来ることをまず、探してみよう。


 走り出した月彦つきひこの横顔は少しだけ大人びて見えた。

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